第伍拾陸話 落日の玉座〈二〉


 閑静な年明けだったはずの陰陽国の宮中は、思いがけぬ来訪者のせいで呼び出された慌てふためく官吏たちで溢れかえっていた。

 陰陽国始まって以来初めての出来事に誰も彼もが対応をこまねいている中、迅速な対応の後静かに上役の昇殿を待っていた中納言の藤内トウナイは、参議さんぎ野分ノワキの「左府さふ右府うふが到着されたぞ!」という叫び声を合図に声のした方へ駆け出した。

 紫微宮しびきゅうの正面に現れたのは邸に通達が届いた、左大臣“冬牙トウガ” 右大臣“界雷カイライ” 大納言“桔梗キキョウ”の三人。まだ詳しい事情を知らない三人に、代わって対応した藤内が事の詳細を語り始める。


「お待ちしておりました」

「藤内。単身乗り込んできたという青帝せいてい殿はどこだ? 早急に要件を聞かねばならぬ」

「はい。こちらに直接いらした青帝殿ですが、殿下のお支度も終わっておりませぬ故、一時的に陰陽国内の別邸に移っていただきました」

「そうかよくやった。流石は冬牙トウガ殿が推薦した者だ」

「お褒めいただきありがとうございます、界雷カイライ様」


 知らせを聞いた界雷たちは紫微宮に着くや否や一触即発の事態かと懸念していたが、藤内の迅速な対応能力により事なきを得ていたことに三人はほっと胸を撫で下ろす。

 実際はこのような仕事は大納言の陽春ヨウシュンがするべきなのだが、当の本人は青帝の剣幕を目の前に狼狽することしかできなかったことは、藤内たち当事者だけが知るところである。他の公卿たちもあまり役に立たず、同じく中納言の華岳カガクはしきりに南の陵光領りょうこうりょうの動向を気にし、参議さんぎ野分ノワキ釣鐘ツリガネに至っては完全な酩酊状態での昇殿であった。その様子を一目見て把握した冬牙は無言で藤内の肩を叩いて労った。

 紫微宮には未だ朔夜サクヤたちの姿はなく、空っぽの玉座を見上げながら所在を藤内に問う。


「両殿下は?」

「朔夜殿下は青朗殿せいろうでんにてお支度中でございます。赫夜カグヤ殿下は…」

「どうした?」

「実は昨夜から体調を崩され、紫藤殿しとうでんにて療養中とのことです。乳母の揺籃ヨウラン殿と、急ぎ駆けつけた先々代烏師の十五夜イサヨ様が付き添っておられるそうです」

十五夜イサヨ様が、后土殿こうどでんを出られたのか?」


 実は朔夜たちの二代前の御代の烏師うしである十五夜イサヨは、歴代の烏師と比べても后土殿にいることの方が多い人物であった。その証拠に彼女の代の紫藤殿しとうでんはとても閑散としており、偶に女官たちが掃除をするくらいで人の気配のない場所だったという。

 その十五夜イサヨの姿を冬牙は未だかつて一度も拝謁したことがない。若い頃から出仕していた界雷でさえ二、三回程度。そんな彼女の登場に冬牙はある懸念を抱く。


「…まさか、赫夜殿下の容態が芳しくない…ということは?」

「いえ、それはないかと。それでしたら朔夜殿下が真っ先に見舞っている筈ですから」

「朔夜殿下は何も言っていなかったのか?」

「はい。それどころか一度たりとも顔を見せに行っていらっしゃらないそうです」

「それは妙だな」


 それまで超がつくほどべったりだった二人の不仲な姿は後宮でも度々見かけられているようで、年が明けてから最初に届いた義妹の梅枝ウメガエからの文にもそのようなことが記されていたことを思い出す。現状で烏兎の不仲疑惑まで噂されるようになったら、と考え冬牙は痛む頭を抱えた。


「はぁ、殿下たちにどんないざこざがあったか知らないが、よりにもよって“例の噂”が流れている時に…」

「…皆口にすることはありませんが、真偽に対して少々疑心暗鬼になっているようです。寧ろ青帝殿が飛び込んできたのは、かと」

だと?」

「根も歯もない噂など、この場で嘘だと明白にさせてしまえばよろしいのです。確かにこの噂、国を揺らすには十分な効力がありましたが、肝心の証拠が一つもない。ならば、あとは殿下自身の口からこの噂が本当であると宣言すれば、皆頷くより他ありません」


 藤内の言い分は最もであり、今この現状にあるのは不確定要素ばかりのただの“噂話”であり、飛び交っている憶測も赫夜と朔夜が否定すれば簡単にひっくり返る。そうすれば恥をかいて罰を受けるのは陰陽国の国司に危害を加えた青帝ーー青林セイリンである。

 全てが陰陽国こちら側に都合が良い状況の中、冬牙は未だモヤモヤとした疑念を胸の中に留めていた。


 突如として流れはじめた噂、


 烏兎の不仲、


 青帝に噂を流した出所、


 そしてそれら全てを知ってから知らずか沈黙を貫き通す、界雷カイライの存在。


 皆の注目が烏兎に向かう中、冬牙の疑念は真っ直ぐ界雷に向けられていた。

 恐らく、界雷は、冬牙は根拠のない確信を抱いていた。


「…腹を割って話す必要があるかもしれないな」

「はい?」

「いや何でもない。藤内、両殿下の支度が終わり次第、青帝殿をお呼びしろ。お前の言う通りなら、我々に万に一つ敗北はない」

「承知いたしました」


 皆が今か今かと主の到着を待つ紫微宮。その扉の向こうでは、まるで嵐を告げるように遠くから雷鳴が轟いていた。



 ❖ ❖



 覚悟は、既に決まっていた。

 もしこの疑念が杞憂に終わるというのならば、間違いなくその場で腹を切らされる。だがそうなったとて後悔はない。全てはこの地に生きる者たちの未来の為。例えこの日この場で命を落としたとしても、私の血は子供達が繋いでくれる。


 しかし、それがもし真実だったとしたならば…、



「―――覚悟を決められるのは、御二方になるやも…」


 来訪した時には既に怪しい雰囲気を纏っていた黒雲は、いつの間にか雷鳴を轟かせ地面を叩くような大粒の雨を降らせ始めた。軒から滝のように流れ落ちる雨音を聴きながら、しんと静まり返った屋敷の中で一人瞑想に耽る青林セイリンは、ゆっくりと両目を開くと目の前に置いた愛刀を見つめた。幼い頃に父から貰い、共に研鑽を重ねてきた大切な相棒。結局、父の程の剣の才覚はなく周囲を落胆させる結果となったが、愛刀の手入れだけは一日たりとも欠かさなかった。そんな愛刀――小夜嵐さよあらしを見つめていると、激しい雨音に混ざって水が跳ねる足音が青林の耳に届いた。ばしゃばしゃ、とぬかるんだ地面にできた水溜りを踏む音は次第に近くなり、やがて屋敷の門が開かれ庭から雨具を着た遣いの男が現れた。


「青帝殿、急ぎ紫微宮へお越しくださいとのことです!」

「承知した」

「牛車の用意はございます、どうぞお乗りください」

「かたじけない」


 青林は愛刀を腰に挿すと用意された牛車に乗り込んだ。

 視界が白むほどの激しい雷雨の中を歩く者などおらず、無人の道を急ぎ足で向かう牛車は普段よりも早く宮城きゅうじょうの門『東天紅門とうてんこうもん』の前に辿り着いた。この雨の中立たせておくのは忍びないほど濡れた門衛たちの横を通り過ぎ、奥へと進んだ先にある『上弦門じょうげんもん』の向こうに、目的の紫微宮が建っている。

 紫微宮の前で止まった牛車から降りた青林を出迎えたのは、頭中将とうのちゅうじょうの肩書きを持つ界雷の息子、トモエ


「お待ちしておりました。どうぞ中へ」

「…失礼する」


 勝手知ったる場所ではあるが、青林は巴の案内されるがまま足を踏み入れ、その姿は大多数の視線を釘付けにした。

 玉座の前に左右四人ずつ分かれて座る公卿の面々は普段とは違い、玉座に背を向けて座り、その八人の視線の中心にぽつりと用意された円座こそが、青林の席である。烏兎だけでなく公卿達からも注視される場所に臆することなく腰掛けた青林の顔は冷静だった。いわば彼はこの場において“異物”。この陰陽国の安寧を脅かす存在に他ならない。この場にいる全員から敵視される青林だったが、彼の視線は依然として未だ空の玉座だけを捉えていた。

 そして青林が参上したことにより、ようやく二つの玉座に烏兎が座った。月の彫られた玉座には少しやつれた顔をした朔夜サクヤ。太陽の彫られた玉座には―――


 ―――真っ赤な礼装に身を包んだ、十五夜イサヨが堂々と座した。


 それを目にした瞬間、誰もが目を丸くし誰よりも先に青林が抗議の声を上げた。


「失礼! そちらは赫夜カグヤ殿下の場所ではございませぬか?」

「えぇそうです。しかし我が後継である赫夜は容態が優れぬ故わたくし十五夜イサヨが代わって其方との面会に応じた」


 当事者である赫夜の不在。それが意味するのは、この噂の真偽についていくらでも隠蔽可能だということ。本人がいないことにより赫夜の様子から真偽を察することは出来ず、更に赫夜より今現在位の高い十五夜イサヨの登場で青林の言葉を押し通すのは難しくなった。十五夜が噂を否定したならばそれに対し抗議の声を上げられる者などこの場には誰一人としていない。

 これは青林にとってほぼ負け戦の戦場。しかしここで怯むわけにはいかなかった。


「…かしこまりました。では本日は赫夜殿下の名代である十五夜イサヨ様に青龍代表の私からお伺いしたきことがございます」

「ん、聞こう」

「率直に申し上げます。各領地で頻発しております死体の起き上がり、それによる人死にの被害、謎の疫病の流行、気候の唐突な変化、そして昨年我が領地にて起こりました“封印の一時的解放”について、これらの原因に心当たりは?」


 青林の口から次々に並べられた各地の異変、怪事件を改めて耳にした公卿達は各領地の現状が想像より遥かに切迫していることを実感した。そして聞く限りその内容の半分が自然現象ではありえないものであり、公卿達の視線も自然と十五夜に向いた。白羽の矢が立った十五夜本人は眉一つ動かすことはなく、あくまで冷静で淡々と異変一つひとつについて説明を始めた。


「…まず一つ其方らに謝らねばならぬことがある。それは近年、、それを隠し続けていたことです」

「っそれは真ですか?」

「勿論。今は烏師ですが本当ならば次代に席を譲っているはず。それがこの年まで烏師を務めた皇女ひめみこは他に例がなく、まさか年をとるに連れて烏師の力が弱まるなど、初めて知りました」

「気づいた時には狼狽し、己の老いに失望しました。それら私情に阻まれ伝える機会を逃しましたが、この様な事態になってしまった今、口を噤むことは出来ないと判断した故の告白です」


 全ての原因は自分にあると非を認め、「誠に申し訳ござません」と素直に頭を下げる十五夜の姿に公卿たちは勿論のこと、隣に座る朔夜も目を剥いていた。殊勝な十五夜の姿に便乗してこれを機に黙っていた冬牙が声を上げる。


「滅相もございません。確かに各領地ではその影響により罪も無き者たちが苦しんだことでしょうが、十五夜様の心中を察すればこそ一人を糾弾することなど出来ますまい!」

「そうでしょうっ青帝せいてい殿!?」


 少し演技めいた冬牙の主張に当の青林は黙ったまま真っ直ぐに十五夜と朔夜だけを見つめた。青林はまだ、納得していなかった。突然の十五夜の告白によって有耶無耶にしようとした、噂の真偽を青林はまだ求めていた。


「…あらゆる異変が仮にもし原因が十五夜様にあるとして、それらを後の世で解決するのは赫夜カグヤ殿下です。その殿下が“烏師たる資格がない”などということがあれば、問題は振り出しに戻ります」

「……」

「私が知りたいのは、今後青龍の当主として両殿下に忠誠を誓い続ける為の確かな“証拠”です。両殿下の“信頼”がなければ忠義など全う出来るはずもありません」

「それは…っ」

「朔夜殿下、十五夜様、今ここではっきり仰ってください。あの噂は、嘘か真か!」


 二人を強く問いただす青林の勢いにグッと押し黙った十五夜は、ちらりと隣で静聴する朔夜を一瞥する。これまで一言も発することのなかった朔夜の表情は硬く、その苦悩を表すように眉間には皺が寄っている。玉座そこに座ってから一度たりとも口を開いていない朔夜の第一声を公卿や青林が待ち望んでいる中、十五夜は何か得体の知らない不安を肌で感じ取り、このまま朔夜が黙ったままでいてくれることを心中で願った。

 しかしその願いも虚しく、小刻みに震える朔夜の唇が薄く開かれた。


「…

「なっ、わからない、ですと…?」


 朔夜の出した返答は、『是』でも『否』でもなく、『不明』の言葉。これには流石の青林も驚きのあまり目を見張り、予想していた答えの斜め上をいかれた十五夜は唖然とするしかなかった。公卿らも冷や汗をかいた分、脱力して口が開いた。一瞬呆気に取られた青林だったが、すぐに不明瞭な朔夜の返答に対して意を唱えた。


「殿下、戯言はおやめください! 選択肢は二つ、答えは一つしかございません!」

「…わからぬのだ。今は、何が正しいのか。何が間違っているのか。何が、…っ」

「朔夜、其方…、?」


 苦悩を吐露する朔夜の様子から、彼の抱える問題が今目の前にいる青林の持ち込んだものではないことに逸早く気づいた十五夜が尋ねると、朔夜は恐る恐る隣の十五夜を見つめて告げた。


「…お婆様。“龍神の呪い”とは、一体なんなのですか?」

「っ!?」


 朔夜から問いかけられたのは、予想もしていなかった疑問。歴代の烏師が宿。陰陽国が始まってから二代目の時から続く、兎君の御子たちに定められた運命。

 それに対する疑念を朔夜はいつの間にか抱いていた。十五夜も、赫夜さえも知らぬ間に。


「そ、それは、一体どういう…」

「そのままの意味です。何故、我ら兎君の御子は双子以外、皆一様に早世しなければならないのか。それは一体、


 ずっと胸の奥にしまっていた疑念を一度吐き出してしまった朔夜は、それによってようやく覚悟が決まったのようで、真っ直ぐな眼差しで十五夜を見据えた。普段穏やかな朔夜からは想像も出来ない威圧感に遥かに年上である十五夜も言い淀む。


 明確な答えを出さず無音な時間が続いた、その時。

 玉座の後方、後宮に通じる扉が何者かによって勢いよく開かれた。そして響く、この場にいるはずのない人物の怒号。


「―――この赫夜カグヤを差し置いて一体何をしておる!?」


 自ら扉を開け放ちその場に登場したのは、臥せっていると噂の赫夜カグヤだった。以前よりもまた少し声が低くなった赫夜はその身体の変化などものともせず、いつもの高飛車な態度で十五夜のもとに歩み寄ると、冷たい瞳で彼女を見下ろした。


「…大叔母様おばあさま、そこをおどきください。そこは、私の席でございます」

「赫夜。あなたの今やるべき事は疲弊した心身を癒す事。今すぐ紫藤殿しとうでんへお戻りなさい」

「もう回復致しました。後は引き継ぎます」

「無理をして悪化すれば、それだけ“継承の儀”が滞ります。即位の儀が近い今、一刻も早く継承を済ませなければなりません」

「だけどこれは私の問題だ。青林を納得させられなかった私の力不足。だから次こそは…」

「……なにを、するつもりですか?」


 この状況に対して何か妙案がある、と言いたげに微笑みを浮かべる赫夜に得体の知れない不安感を抱いた十五夜が問い詰めるも、赫夜は答える事なく背を向けた。そして呆然としている青林の姿をしっかりと見据え嘲った。


「…青林よ、お前も馬鹿なことをしたものだ。例え私に不信感があったとしても、人質を取るまでに迂闊な男だとは思わなかった」

「無礼なことは百も承知。しかしここまでの強硬手段でなければ、殿下の口から真実を聞く事は不可能であるという判断を致した次第でございます。故に、後悔はありません」

「…ほぉ、それではまるで“例の噂”とやらが本当の事のように聞こえるな。一体誰が何の為に広めた噂か知らぬが、その愚かさを死の間際まで後悔することだろう」


 左耳の碧玉の耳飾りをしゃらり、と揺らしながら首を傾け微笑む赫夜の姿は寒気がする程美しく、怒りを孕んだ真紅の瞳に見据えられた青林は自然と冷や汗を流した。

 静かな激情を湛えた瞳は青林から逸らされることはなく、ゆっくりと持ち上がった右手は青林の姿を前にぴたりと止まり、白い人差し指が彼の姿を指差した。

 その行為の意味は同じ烏師である十五夜にしかわからず、意味を知って尚、彼女の大きな制止する声が響く。


「っ赫夜! !!」


「では、見せてやろう。我が“鬼道きどう”の恐ろしさを―――」


「『我ら神聖なる陰陽の龍神の血を統べる者。その名、赫夜カグヤの名の下に命ずる。蒼き竜旗りゅうきをその背に掲げ、東の玉座を頂きし厳格なる王。その名、青林セイリン。自らの卑き蛮行を認め、この場にて責を果たすが為、―――』」


「っ?!」


 凡そ同じ人間とは思えない禍々しい気を放ち、呪いのように紡がれた言葉は青林の耳に確かに届けられた。しかしその場にいる誰もが何が起こっているのか理解できなかった。

 鬼道きどうとは、既に命絶えた死体を鬼神きしんとして使役し操るのが主な術。あくまでも操れるのは死体だけだというのに、赫夜は自信満ちた様子で当然のように青林に“命令”した。それを目にした界雷カイライは、もしや人間も操ることができるのでは、というある仮説に辿り着き、同じ考えに至ったであろう冬牙トウガ桔梗キキョウは顔を青くした。

 赫夜の自信が本物なら、青林はこの場で自ら腹を切る。神聖な御所の中でそんなことをさせるわけにはいかない、と逸早く動き出した界雷だったが、その制止は別の声にかき消えた。


「せいりん殿―――っ!!」


「―――殿下。私を馬鹿にしておいでか?」


 だがしかし、界雷の不安は杞憂に終わった。振り向いて見た青林の姿や様子に何ら変わりはなく、寧ろ訝しげな表情で赫夜を見つめていた。

 一方で赫夜は一体何が起こったのか理解できない、といった様子で呆然としていた。その背後では同じく烏師である十五夜イサヨも困惑した表情を浮かべている。


「そ、そんな…。赫夜は確かに鬼道を使ったというのに。“拒絶”された? …いや、どちらかと言えば、?」

「そんなわけない! 私は確かに青林に術をっ!?」


 赫夜の焦りようは尋常ではなく演技でないことは見てとれた。しかしこの余裕のない様子こそ、青林からすれば確固たる“証拠”であり、ある“憶測”を生むのに十分過ぎた。


「…殿下。何をなさろうとしたかは分かりませんが、これは立派な証拠ではありませんか?」

「何がだ?」

「殿下。もしや、殿下が皇子みこであるが故に、?」

「っそ、そんなことは…!」

「殿下、もうやめましょう。これ以上陰陽国の恥を晒されまするな」

「――っ青林、貴様!」


 今まで従順な忠臣であった青林に散々コケにされ頭に血が上った赫夜が逆上し叫ぼうとした、瞬間。

 ガン、と大きな音が紫微宮内に響き渡り、その場にいる全員がぴたりと口を閉じた。暫く響き渡った音が止み、しんと静まり返ったところで青林が口を開く。


「…殿下、腹をお決めください。私は当に決まっております」

「…何?」

「本日、私は真偽を確信しました。故に今後一切、私は両殿下にこうべを垂れることはなく…、そして宣言します」



「我等領主及び国民を謀り、偉大なる烏師の歴史を欺いて世に混乱を齎した罪により、我ら先祖に代わり、―――烏兎を玉座から廃する!!」



 そして、青林の手の中密かに握られていた人形ひとがたの紙はビリッと破られ、それと同時に、孟章領もうしょうりょうでは大勢の陰陽国民の首が落とされた。

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