第伍拾参話 歪む太陽 不忠の誘い〈五〉
それは言うなれば、『地獄のような光景』であった。
その光景を思い出すだけで今でも重い溜め息しか出なかった。勿論、その場にいながら止めることが出来なかった自分にも非があるが、口を挟める状況でなかったのもまた事実。
まるで一瞬にして北の地に来たかのようにピシリ、と凍りついた空気の中、燃えるように赤い
それは今から三日前。
各領主たちを陰陽国に招集し、年を越す前に毎度行う会合を開いた時のこと。
出席者は各領主たちと、陰陽国の公卿ら、そして国主である
しかし赫夜の突拍子のない行動など今に始まったことではなく、既に免疫がついていた領主達と公卿は即座に頭を下げ、『殿下』ではなく『両殿下』と改め出迎えた。互いの玉座に着き一言感謝の意を唱えた二人だったが、その時朔夜は“ある違和感”に気づいた。
低い。確かに赫夜の声が低くなっている、と。
しかしこの場でその動揺を露わにするわけにもいかず、平静を装いながらもちらりと赫夜を盗み見た。一見いつも通りに見えたが、玉座から一歩下がって待機する乳母――
その後は意外にも順調に進んだ。
初めに、今年の各領地ごとの農作物の献上量を明らかにし、誰よりも優っていた領地の長には褒美を与えるという恒例行事。
次に来年の既に決定している行事についての説明。来年はついに朔夜、赫夜の『即位の儀』が待っており、陰陽国全体はその準備に追われていた。
そして最後に、領主たちによる各領地の近況報告である。この時期一番熱の入った報告をするのは決まって、北の『
はずだった。
しかし今回は話し終えた
「玄帝殿。今年は我等『南』が『北』の民を支援させて頂いてもよろしいか?」
朱鷺による提案に玄冬はすぐさま飛びつき、普段の傲慢不遜な態度を潜ませて深々と頭を下げた。
さて、問題はこれだけ周囲の視線を受けながら未だ微動だにしない青林だ。近況報告は『北』から右回りに行われ、玄冬の次は青林の番。これが瞑想などではなく居眠りだった場合、青帝は前代未聞の大恥をかくことになるのだが。
そんな朔夜の心配は杞憂に終わり、ゆっくりと両目を開いた青林が、朔夜の方を真っ直ぐ見つめながら報告を始めた。
「―――両殿下に御報告させていただきます。つい
「そして、関係は定かではありませんが、
「この二つの異常に関して、是非とも“烏師”である赫夜様の意見を聞かせていただきたく存じます」
そう。青林はこの場で父に口止めをされていた出来事を全て明らかにしようと画策していたのだ。父――
大胆な青林の行動に内心ハラハラしながら見守る
その場にいる誰もが、視線を赫夜に集中させると、それまで黙したまま座していた赫夜がふっ、と笑みをこぼす。
「…というと何か? お前はこの私が犯人だと疑っているわけか?」
「いえっ滅相もありません! しかし、この異常過ぎる現状に是非とも烏師様の意見をお伺いしたく」
「…残念ながら、今社殿に篭られている大叔母からは何も聞かされていない。それに、他の領地からはそのような報告は受けていないが?」
「…っ左様でございますか」
何も知らない、と白を切られた青林はこれ以上問い詰めれば確実に赫夜の機嫌を損ねると考え、渋々引き下がることを決意した。しかし彼もただで引き下がるわけではなかった。
「最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「…半年程前、陰陽国から逃げ延びてきたと証言した“元牢番の男”に、覚えは?」
「…」
それは青龍城の中で暗殺された陰陽国の牢番“
だが肝心の赫夜と朔夜の方に目立った異変は見つからず、公卿たちも何のことかと首を傾げる者も多い。
が、一人だけ青林の視界の端に止まった人物がいた。
その人物は“蛙”の名前を聞いたその瞬間、一瞬だけ口角を震わせた。これが意味することは、頭中将の巴が何かを知っているということ。朔夜の傍らに控えている重臣の
しかし問い質そうと青林が口を開く前に、赫夜によって遮られた。
「はて、何のことやら。“牢番の男”? などという者は知らぬ」
「……左様でございますか、では失礼致します」
これ以上は何も聞くな。そう言われている気がした青林は大人しく引き下がった。結局、この場を持ってしても孟章領の問題は何一つ解決などしなかった。
そしてそんな気落ちした青林に更に追い討ちを掛けるように、赫夜が独断で領主たちにある事を命じた。
「――ひとつ、ここで申しておきたいことがある。
「…!?」
「産まれてくるとは…、つまり
赫夜の唐突な発言に、后の座を先越された分家の
「いやそれはまだだが、私は早いに越したことはないと思っている」
「先代の失踪、跡取り問題、それらを解決する為に烏師の“禁忌”を破ってまで私たちを産んでくれた母。その思いに報いる為にも、弟には立派な双子をもうけてもらいたい」
「…その為には、公卿らだけではなく領主たちの協力も不可欠であると、私は考えている」
全員が見守る中、すらすらと自分の意見を述べる赫夜の姿に、公卿や領主は皆聞き入っていたが、並び座る朔夜だけは驚いた表情のまま固まっていた。
そして徐に立ち上がった赫夜は朔夜のもとに寄り添うと、真っ直ぐ青林の方を見つめながら告げた。
「よって、孟章領の問題については“青龍一族”に一任する。今後この話題を公場で発言することは罷りならない。良いな?」
皆が赫夜の発言にどよめく中、赫夜からキッパリと見放されたのだと確信した青林は思わず声を上げた。
「お待ちください! “柱”の異変では青龍の家臣が一人犠牲となっております! 今後何事もないという確信を得られない以上、烏師殿下に見てもらうより他に道は―――」
「―――青林、聞こえなかったか? その話はもう終わった。お下がりなさい」
「っ……はい」
食い下がる青林を冷たくあしらった赫夜はもうこれ以上の発言を彼に許すことはなく、青林は悔しそうに唇の端を噛み締めながら渋々引き下がったのだった。
その様子を見つめながら満足そうにほくそ笑む赫夜の横顔を盗み見ていた朔夜は、一体社殿で何があったのだろうか、と密かに疑問を抱き始めていた。
それがやがて、二人を絆に密やかな亀裂を生むのだと気づいたのは、朔夜が身体を失った後だった。
❖ ❖
地獄のような会合のことなど露知らず、後宮の女官達はその日もこぞって『
蛍袋が年が明けた後に
「――うん、これはもういいでしょう。そこの、
「あ、ありがとうございます! 大切にさせていただきます!!」
「良い良い、
「はい」
蛍袋の女房――
全ての不要な装束を片付けた蛍袋はすっきりとして顔で愉快そうに瓊音に話しかける。
「ふふ。これで
「左様ですか。しかし早急に新しいお召し物を新調致しませんと、朔夜殿下をお迎えすることもできませぬ」
「勿論わかっているわ。今日中にでもお父様に催促の文を書かなくちゃ」
心なしかどんな時よりも嬉しそうに筆を取る蛍袋を横目に、瓊音は先程綺麗さっぱり片付けられた装束たちを思い出しながら苦笑する。
「にしても、呑気なものですね。彼女たちは自分たちに下賜された物も“意味”が本当にわかっているのでしょうか」
「…さぁ。少なくとも、彼女たちの父親や夫には伝わっているでしょうね」
そうほくそ笑む主人の横顔を見つめながら、相変わらず父親に似て抜け目ない、と密かに関心した。
入内してからこの方、蛍袋はのんびり過ごしているように見えてその実裏では人脈作りや印象操作に勤しんでいた。それらの努力は全て、烏兎の双子の母となる為の布石。
その中で瓊音が内心懸念していたのが、分家の存在。
「…今回入内のはこびとなったのは蛍袋様だけでしたけど、分家の
「恐らくね。今宮中は朔夜殿下たちの即位の儀の準備に追われているから、少なくとも入内はその後だと思うわ。…でも、尺たる問題ではないわ」
「一応分家の姫様で、朔夜殿下と年も近いですよ?」
「ふふ、瓊音。
「…愚問でした」
今はまだただの我儘娘である夕陽など恐るるに足らずと断言した蛍袋だったが、実は他に懸念している人物がいたことを吐露する。
「ただ…」
「ただ?」
「目下の問題は、
「赫夜さま…」
蛍袋が赫夜の存在をどう攻略しようか策を巡らせている中、瓊音だけは別の感情を抱いていた。
後宮に入ったとはいえ、蛍袋に仕える一女官でしかない瓊音と烏師である赫夜の接点は殆どない。そんな中でも一度だけ、赫夜と直接に言葉を交わしたことがあった。
それは蛍袋が入内して間もない頃、赫夜の居所である『
御簾越しに挨拶する蛍袋の後ろに控え頭を下げるだけの瓊音は正直、早く終わって欲しいと内心思っていた。
しかしその考えはすぐに改められた。
「二人とも、面を上げよ」と、赫夜の声が凛と響く。蛍袋が許しを得て
昔住んでいた北の
その美しさに思わず頭を下げるのを忘れた瓊音に厳しい
「―――瓊音! 無礼ですよ」
「……っ失礼いたしました!」
「殿下、申し訳ございません。この者は幼い頃から邸仕えで少々世間知らずでございます故、何卒寛大なご処置をっ」
「…よい許す。蛍袋、其方は本日より兎君の后の一人として、自覚を持って努めるよう頼む」
瓊音の粗相を許し蛍袋に事務的な一言を告げると、用は済んだと言うように赫夜は身を翻し御簾の向こうに戻っていった。その背中に蛍袋は深々と頭を下げながら「精一杯努めさせていただきます」と応えた。
その後の瓊音の思考は赫夜の存在で埋め尽くされたと言える。
赫夜に対し、瓊音が一番に感じたのは強い『憧れ』。自身より年若いはずなのに大の大人に対しても物怖じせず凛とした態度で堂々としているその姿は、同じ女としても憧れたが、仮にもし“男”だったのならば瓊音の憧れはすぐに『恋情』に変わっていたことだろう。
なんて冗談まじりの感情の裏で、もう一つの想いが瓊音の中で見え隠れしていた。それは、
『きっと自分ではあぁはならなかった』 と。
誰にも話す気のない感情に思い耽っていると、御簾に小柄な人影が突然浮かび上がった。忍び足でこそこそと怪しい動きの人影から蛍袋を守ろうと前に出た瓊音だったが、不意に捲られた御簾の向こうから覗いた顔にギョッとして後ずさった。
「っさ、くや殿下?」
「しーっ、大きな声を出すな。
そう言って御簾の隙間から入り込んできたのは、蛍袋が今一心に仕える兎君、
「殿下、いかがなさいましたか? 巴殿もいらっしゃらないようですが」
心配そうにキョロキョロと巴の姿を探す蛍袋に突然詰め寄った朔夜は真剣な面持ちで用件を端的に呟いた。
「…蛍袋、君の衣裳を少しの間貸してくれ」
❖ ❖
年末の合議から一夜明けた翌日。
数日後には年の終わりを迎える為、女房たちが邸の掃除をしたり、元旦の準備に追われている。誰も彼もが忙しさにあたふたする中、当の主人である“
普段面倒なくらい口達者で忙しない印象の主人の姿に皆驚愕しつつも声を掛けることは出来ず、見兼ねた妻の“
「旦那様。皆が多忙にしている中、何をしていらっしゃるのですか?」
「…あぁ、遊糸か。すまぬ、しかし今はどうにも気力が…」
「一体なんだというの? 先日の出仕以来、ずっとこの調子ではありませんか」
年が明ける前の領主たち交えた合議だとしか聞いていない遊糸は、その中でどんな話し合いが繰り広げられたのかまったく知らなかった。事情を把握していない彼女の為に陽春は「実は…」と詳細を掻い摘んで説明した。
最初は真剣な面持ちで聞いていた遊糸だったが、徐々にその瞳は輝きを増し始め、話終わった頃にはぱっと表情を明るくして喜んだ。
「――まぁ! では赫夜様も兎君の御子を望まれておられるのですね。よかったですわ」
「“よかった”? 何がよかったのだ?」
「“何”ですって? 考えてもご覧ください。生まれてこの方、一時たりとも朔夜様から離れず、弟に何かあろうものなら“
年の変わらない
「何を申すか! 唯一の障害であった赫夜の許しを得た今、宮中の誰もが殿下と
喜びに浸る妻とは裏腹に項垂れて頭を抱える夫の姿はまるで蛙のようで、浅はかで卑しい下心に溢れた陽春の本音に、遊糸は心底嫌悪の眼差しを向ける。
遊糸からすれば、今更嘆いたところで分家の地位などほぼ無いにも等しいというのに。そんな下心が見え隠れしているせいで朔夜たちから嫌われているなど、陽春は露ほども知らないのだろうと、心中で夫を憐れんだ。
年甲斐もなくおいおいと泣く夫をただ見つめていると、遊糸を探していた初老の女房が現れた。
「奥様、お客人が到着しました」
「わかりました。私の部屋に通しておいてちょうだい」
遊糸の指示に畏まりました、と一礼した女房が去って行くのを一瞥し興味を示した陽春が客人について尋ねた。
「“客”? 一体誰だ」
「あー…、えっとほら、数ヶ月前に流罪になった“
「あぁ、それが?」
「その敗醤殿の娘御なんですよ。家長がいなくなった今、何かと困窮しているようなので相談を…」
咄嗟に出たただの出まかせをすらすらと噛まずに述べた遊糸は今まさに自分を褒め称えたかった。
勿論“客”というのが敗醤の娘、というのは真っ赤な嘘であり、本当の正体については陽春に告げられない事情があるためその場は適当な嘘で誤魔化した。しかし実際に敗醤亡き後の彼の家族は随分と困窮しているというのはあながち間違いでもなく、本当のことをうまく混ぜ込んだ嘘は、陽春を納得させるに至った。
「…そうか。恩を売っておいて損はない、うまくやりなさい」
「え、えぇ、勿論。ではこれで失礼します」
うまくやり過ごせた遊糸はほっと胸を撫でおろしながらその場を後にした。
向かうのは、例の“客人”が待つ場所に。
女房に案内されて通されたのは、遊糸の寝所である西の対。常ならば夫婦の寝所は同じであることの方が多いが、遊糸の強い希望により十年前から寝所は別である。その理由としては諸説あるが、一番の起因は長女である“
一人静かで気ままに過ごしているであろう遊糸の姿を想像しては、“客人”は密かにほくそ笑んだ。女房の話ではすぐに遊糸もここへやって来ると言っていた為、大人しく待ちぼうけていると、くすくすと堪えきれない笑いを零しながら、念願の遊糸が到着した。楽しそうに笑みをこぼす遊糸に、客人はどうしたの、と穏やかに尋ねた。
「――あら、どうされたのですか?」
「ふふっ、ごめんなさいね。聞いてくれる?」
未だ笑いが治らないまま、遊糸はことの発端を語り出した。それは彼女がここへ向かう途中のこと、次女の“
「夕陽ったら、ここに通されるあなたを見かけてあまりに“美人”だから嫉妬したんですって」
「…それはそれは、光栄です」
「ふふっ、その嫉妬してる相手があなただとも知らずにねぇ、
名前を呼ばれようやく俯いた顔を上げた黒髪の少女は、薄化粧に笑みを浮かべて自慢の碧眼を細めた。
遊糸の言うように、今彼女の目の前にいるのは女人の装いをした紛れもない“
「まさか想い人に嫉妬するなんて、私の娘もまだまだね」
「…夕陽は曲がりなりにも貴女の娘ですから、精神年齢が追い付けばきっと
「是非そうなって欲しいものだわ。このままじゃ嫁の貰い手がなくなっちゃう」
そう言って苦笑した遊糸は用意させてあったお茶請けの栗をつまむ。そしてようやく笑いが治まった遊糸は本題を尋ねた。今日ここに朔夜が訪問することは事前に文で知らされていたが、その用件までは聞かされていなかったのだ。
「それで、一体なにを聞きにここへいらしたのですか? そんな大層な変装までなさって」
「…あぁ。今、唯一先々代の後宮を知っている人からどうしても話を聞きたくて」
「先々代…、私と
「はい。先代は在位が短すぎて参考にならないので、良ければ僕らの
朔夜の質問の意図を汲み取った遊糸は、ぴたりと動きを止めて朔夜を凝視する。陰陽国で兎君に仕えるにあたり、后妃たちが何よりも先に教えられるのは、“双子の御子”と“それ以外の御子”の違い。そして肝に銘じなければならない。自身の子が、いつか龍神様に盗られてしまうことを。
そうして後宮からひとり、またひとり、と消えていった
「それは…、赫夜の“心変わり”も関係しているのかしら?」
「…はい。あんなにも蛍袋が入内してから機嫌が悪かったのに、突然“御子を期待する”と言い出すなんて、何かあったに違いありません」
「確か赫夜は、そろそろ
兎君の
「…そういえば、亡くなったお父様が双子が生まれず焦っていた時期は生まれた御子たちになんの障りもなかったのに、双子が生まれた後から突然上の御子たちが次々に病死していったと聞いたことがあるわ」
「その時期の間に変わったことがありましたか?」
「そうねぇ。上の姉様の話だと、双子が生まれるまではしょっちゅう後宮にお戻りになっていた叔母様が、ある日を境に社殿に籠るようになった、と言っていたかしら」
「…ではやはり、“烏師”は何かしら関係があるということか」
朔夜も実は陰で“烏師”の動向を疑っていた。常に社殿に籠り、その御役目の詳細について一切の他言を許されない烏師が、一体社殿で何を行なっているのか、それがどれほど後宮に関わっているのか。一度幼い頃に
朔夜の“烏師”という言葉からふと思い出した遊糸が、神妙な顔で語り始める。
「…そうだわ、あの日、
遊糸が思い出したのは、まだ父親が在位していた頃、次々と亡くなっていく弟妹たちを看取り、やがて自身も衰弱し切っていた
いつもと変わらない静かな午後の日差しが差し込む御所の一角に、寝たきりの朝顔の為に后妃が用意した部屋があった。
この頃の御所といえば、次々に薨去する兎君の御子たちの母親が各々に心身を病み、宿下りする者や命無くして御所を去る者が多く、華やかに賑わっていた御所は見る影のないほどに閑散としていた。結局最後まで御所に残ったのは后妃の
その父が御所を出る前、よく通っていたのが慕ってやまない后妃との間に生まれた、
朝顔の与えられた部屋は御所の西側にある寝たきりの彼女が一人で過ごすには広すぎる『
遊糸も一番仲の良い姉妹であった為、高い頻度で見舞いに訪れていた。
その日も女房に言って用意させた柿を持って彼女のもとを訪れた。衰弱した朝顔も食べやすいように小さく切られた柿を遊糸が手ずから口に運び、朝顔も嬉しそうに顔を綻ばせながらゆっくりと咀嚼する。
「どうですか? 固くはないですか?」
「えぇ、大丈夫よ。ありがとうね、遊糸」
「いいえ。姉上には沢山お世話になりましたから、これくらい恩返しさせてください」
当時まだ十になるかならないかの遊糸が健気に世話を焼く姿に、この朝顔は嬉しいと同時に安心感を抱いていた。
「…いつの間にかこんなに大きくなっていたのね。これなら、もう、
「な、なんでそんなことを言われるのですか…。姉上がいなくなったら、とても悲しいです。きっと、
徐々にか細くなる声で朝顔に縋る遊糸の小さな
「…遊糸。最初の弟、
最初に急死したのは、双子を毒殺しようとした第七子の“
次は心配性な実母の計らいで降嫁の決まっていた、第六子の“
その次に、双子に陰湿ないじめをしていた第五子の“
その次に、妹を失って発狂し自ら毒を飲んだ第四子の“
「…そのすべての死を、
「そんな…っ」
「それに、
「なにを?」
朝顔は青白い顔を更に蒼白にして震える渇いた唇で、恐怖に満ちた“言葉”が紡がれた。
「おによ。あれは…、そう、言うなれば、“
「あれは、
「きっともうすぐ、ここへやってくる…」
だから、とか細い声で続ける朝顔は細くなった指で遊糸の腕を弱く掴み、最期の力を振り絞った声で必死に訴えた。
「遊糸、あの“鬼”は、この
それが、彼女と交わした最期の言葉だった。
それから二日後、
話を聞いた
自ら流させた暗殺者の血に塗れた鋭利な爪がきらり、と輝かせたのは、赫夜を社殿まで運ぶ為に同行し殺された、哀れな神官達だったのを、朔夜は今になって鮮明に思い出していた。
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