第伍拾壱話 歪む太陽 不忠の誘引〈三〉



 時同じくして、


 西方『監兵領かんぺいりょう奎都けいと

 領主居城『白虎城びゃっこじょう』御殿



 北の『執明領しつみょうりょう』が大雪に怯えるその一方で、西の気候は比較的穏やかで、雪も降らなければ暑くもない。領民達の頭を悩ますのは、偶に思い出したかのように襲ってくる大雨くらいのものだ。

 大雨の前兆とも言える湿った空気と湿度の粘り気にじっとりと汗をかきながら、城お抱えの料理人たちが夕餉の支度で火を起こしているのを一瞥して横切ったのは、老中の“伯都ハクト”である。特に何を急いでいるわけではないが、自身の業務が一旦片付いたので手持ち無沙汰に城中の見回りをしていた。

 屋敷に帰る気は起きない。帰ったとて、


 ふと昔の面影に想いを馳せた伯都だったが、すぐに騒がしい足音に現実へと引き戻される。何事かと顔を上げれば、前方から焦燥顔の異母兄あに――白楽ハクラクが駆け寄って来ていた。


「殿、そのようなお顔で如何した?」

「お、おぉ! 伯都、丁度いいところに!」


 そう言ってしがみついてきた白楽に嫌な予感がして、それは瞬時に的中した。


「な、なんでしょう?」

「“はくしゅう”が…、孫の“白秋ハクシュウ”を探してくれるか?!」

「“若”ですか。はて、若は今の時間確か道場の方では?」

「それがおらんのじゃ! どうやら稽古もサボってどこかへ行ってしまったようで!!」


 “白虎一族”の当主、白楽ハクラクの孫、白秋ハクシュウのサボり癖は今に始まったことではない。隙を見てはしょっちゅう稽古を抜け出し、大好きな乗馬をしたり叔母の部屋に遊びに行ったりしていた。今日もきっとそこら辺にいるだろうと、あまり動じていない伯都だったが、一方の白楽は姿の見えない孫に気が気ではなかった。それもその筈、白楽は数年前に

 それは兎も角、稽古をサボりがちな白秋の逃げ場に関して、伯都はいくつか心当たりがあった。


「部屋にもいないのであれば、大好きな厩舎か、若しくは最近気落ち気味な“鈴蘭スズラン様”のところでは?」

「厩舎にはおらんかった。それと…、鈴蘭か。あやつの気の毒さは幼い白秋でも感じ取れているということか…」

「はい。ここ最近、鈴蘭様のお部屋から楽しげな話し声が聞こえてきますので、おそらく」

「…“子”を亡くし、“夫”まで亡くした鈴蘭あやつが、一体どうしたら立ち直ってくれるのか、未だに頭を悩ましておる」

「……」


 当主の長女である鈴蘭スズランはつい半年ほど前、愛する者をほぼ同時に亡くしていた。一人は、この手に抱くことすら叶わなかった我が子。もう一人は、十六歳差という年齢の壁を超えて夫婦となった愛する夫。立て続けに義実家の当主と後継を失った鈴蘭に、跡を継いだ義弟は留まることを了承したが、彼女の憔悴し切った状態に白楽が自らの手で城へと連れ帰った。しかしその後も回復することのない鈴蘭の様子を心配してか、甥の白秋はよく彼女のもとを訪れていた。

 その予想された行き先に希望を抱き白楽が踵を返そうとしたところ、先に捜しに出ていた家臣が早足で帰参した。


「殿、どうやら姫様のお部屋にもいらっしゃらないようでございます」

「あぁなんということだ! 一刻も早く見つけるのじゃ!!」

「は、はい!」


 最後の望みも絶たれた白楽は青褪めた顔を押さえながら家臣たちを連れて走り去って行った。その背中を気の毒そうに見送った伯都は、ある目的地に向かって迷いなく歩き出した。

 歩き出した伯都の足は御殿の奥へ奥へと進み、そこはもう既に城主の家族の居住空間の中であった。普段あまり足を踏み入れることのない場所ながら、伯都はその昔足繁く通い慣れたその場所へと向かう。そこは御殿の奥に位置し当主の寝室に近いながらも、数十年前より誰一人として足を踏み入れようとはしなかった禁忌の場所、それは、。つまり、白秋の生みの母親の名残を残す場所である。

 しかし、先代の正室であり嫡男を授かりながらも、彼女の存在は口に出すことすら“禁忌”であり、亡くなってから四年経った今でも、ここに近づこうとする者はいない。白秋一人を除いては。

 ぴたりと閉じられた襖を開けると、案の定そこには見慣れた小さな背中があった。とても行儀の良い姿勢で部屋の真ん中に座り込み、襖に背を向けながら部屋の奥に飾られた打掛を一心に見つめていた。金の生地に芙蓉の花の模様が散りばめられた豪奢で美しい女物の打掛。それはかつてこの部屋の主人であった女性の物であり、女の為に先代当主が誂えさせたもの。誰もがそれを身につけて歩く彼女を羨ましいそうに見つめては、「奥方様と上様は本当に仲睦まじい」と口を揃えてため息混じりに呟いた。伯都はそれを、ことを不意に思い出した。

 伯都が来たことなどとっくに気づいているであろう白秋が微動だにしない為、仕方なく声を掛けた。


「…若、捜しましたよ。まさかこんなところにいらしたとは」

「…ふん、白々しい。お前は最初から僕がここにいることくらい見抜いていただろう。でも敢えてお爺様には言わなかった、だろ?」

「おっしゃる通りです。ですので、未だ大殿は若をお捜しです。早く戻って差し上げてください」


 未だ広い屋敷の中を駆け回っているであろう主君の姿を思い浮かべ気の毒に思った伯都がそう進言するも、白秋は一歩たりとも動く気配はなかった。それどころか振り向く気配すら見せず、背を向けたまま話題を変えた。


「…伯都、今はお前の事をただの“大叔父”として質問する。母上は…、先の奥方の“芙蓉フヨウ”は、どんな人だった?」

「……奥方様は、大変美しい方でした。常に凛々しい姿で、思った事は相手が例え誰であろうとはっきりと言う。そしてなにより、誰にでも分け隔てなく優しかった」

「僕の憶えている母上とは似ても似つかないな。僕が見たことのある母上は、いつも冷たい無感情な顔で僕のことを横目でしか見ない。伸ばした手もやんわりと避けられて、抱き締められたことなど恐らく一度もない。そんな…、氷のように冷たい人だ」


 当時の城内のことは正直、伯都もあまり記憶にない。その頃、とある衝撃的な出来事によって完全に憔悴しており、心配した兄が暫く療養するよう気を利かせてくれていたからである。その為白秋が生まれてから四年もの間のことは殆ど知らない。その間、白秋はずっと母親との関係に悩んでいた。


「他の誰に聞いても答えは同じ。“美しい母上” “旦那様にとても愛された奥方” …そんな答えばかり。でも皆一様に、この場所を避ける」

「それは…」

「…母上は、僕が四つの時にいつの間にか部屋ここから姿を消していた。そして半年後、死んだのだと人伝に聞いた。その間、一体どこで何をしていたのだろうか」


 誰に向けられているわけではない白秋の疑問は、答えのないまま空中に消えていく。その答えを、伯都は誰よりもよく知っていた。しかし、それを語る事は今後一度たりともないだろう。

 両親二人からこの世に置き去りにされた白秋はその孤独感を埋めるように、将又、自分を残して逝った母親へ恨みつらみを吐き出すように、偶にこの場所をひっそりと訪れていた。それを知っているのは、伯都のみ。

 やがて満足したのか、ゆっくりと立ち上がった白秋は伯都の方を向くと薄く笑った。その顔はなんとも、幼い頃の悪戯好きで無邪気な白楽の顔に瓜二つだった。


「…さて。じゃあ僕はこれから叔母様のところに行ってくるよ」

「鈴蘭様の…、殿のところではなく?」

「うん。だって叔母様、僕のこと“自分の子供の代わり”にしてると元気になるんでしょ?」

「…若はお優しいですね」

「…違うよ。こういうのはただの、傷のなめ合いって言うんだ」


 そう自虐的に笑った年齢不相応な又甥を見送ろうとした時、くるりと振り返って「そうだ」と言い忘れていたことを思い出す。


「年が明ける前にお爺様が陰陽国に行かれるだろ。付き添い、代わってくれない?」

「は、それは一向に構いませんが。またどうして?」


 聖地の一年の幕下ろしの時期、どの領地も忙しくなるが明ける前に一度、陰陽国に集まるしきたりがある。年が明けてから初めての顔合わせは少なくとも一ヶ月後、その前に近況報告と無事年を越せるよう、烏兎両名から労いの言葉を貰うのだ。

 この行事には毎年、領主の白楽と付き添いとして一番信頼の厚い伯都が出向いていたが、今年は自分が行きたいと言い出した。その理由を聞くと、白秋は何かを思い浮かべては恍惚とした表情を浮かべて答えた。


「半年ほど前に初めてお目にかかった、朔夜サクヤ様。あのお方にもう一度会う為。そして願わくば、一言でいいから言葉を交わしたいからだよ」


 自身の夢想の中では既に言葉を交わしているのか、思い浮かべて笑う白秋に伯都は引き攣った顔で「そうか」としか、返すことができなかったのだった。



 ❖ ❖



 双星歴千六十九年(2059年) 春待月はるまちのつき(十二月)初旬



 各領地に囲まれた渓谷の要塞に守られた陰陽国が外界と繋がる四つの山道は、初代領主たちが陰陽国を行き来する為に切り拓いたものであり、それ以外に道はない為迷わず陰陽国に行ける、とする者も多い。

 実は陰陽国の周囲には濃い霧が立ち込めており、これは自然発生したものではなく、“烏師”による『結界術』である。領主たちに比べ明らか武力に劣る陰陽国は、万が一領主の軍勢から攻められた場合勝機はない。その防御対策として、烏師の結界術が施されている。その為何の許可もされていない者が立ち入ろうとした際は、術によって山道の入り口まで強制的に戻されてしまう。ここを通り抜けるには、領主それぞれが継承してきた“通行手形”や、国司こくしなどが所持する陰陽国民の“役人手形”、そして国司から発行された一時的な“一般手形”のどれかが必要である。この手形の木簡には烏師自ら施した“結界術を阻害する力”が宿っており、これを持つ者は結界の力を無視して、陰陽国内に入ることができる。


 領主たちが所持する“手形”は数に限りがあり、精々領主とその家族分、あとは数名の家臣分しかない。故に大行列による陰陽国への出向に関しては、予め国司に人数分発行して貰っている。これには随分と骨が折れるが、今回の年明け前の召集は毎年最低人数で出向くことが殆ど。

 今回『青龍』も例に漏れず、領主一人と護衛一人の最低人数であった。だが実は、少し前に城内で起こった事件の影響で過保護になった家臣達が同行すると頑なに進言し続け、出立の二日前に渋々山道の入り口まで同行を許可した。その後のことは護衛である大老――涼風スズカゼに任されたが、家臣達はいつまでも名残惜しそうに背中を見送っていた。

 青龍城内で起こった事件、その事について領主――青林セイリンは一つ、ある悩みを抱えていた。


 出立前、同行すると進言してきたのはなにも家臣達だけではなかった。その人物というのが、青林の父――隠居の“青山セイザン”である。それを必死に止めたのが、青林と継室の逃水ニゲミズ


「――私も共に御目通りをするぞ、青林」

「何をおっしゃいます。そんな状態で山道を歩けるわけないでしょう」

「そうですよ殿。この前も突然城内で倒れたばかりではありませんか」

「止めるでない、青林、逃水。遠路はるばる烏兎様のことを伝えにきてくれたあの“牢番”が、これでは浮かばれぬ」

「…私はその話、初耳でした。何故当主である私にそのような大事なことを教えてくださらなかったのですか?!」

「……お前は賢い、そして誰よりも真っ直ぐで誠実だ。故に一度疑い出せば修正するのは難しい。若いお前に、烏兎様を疑うようなことをして欲しくなかったのだ」

「ではつまり、父上も今回の“牢番殺し”、“各村の異変”、“天守の異変”、その全てに烏兎、もしくは“烏師”が関わっていると、お考えなのですね?」

「滅多な事を言うな! 例えそうだとしても、いっときの事だ! 決して烏師様の機嫌を害するような発言はするなっ」

「しかし――っ」

「青林っ! 我ら青龍の“家訓”を思い出せ。何があっても、烏兎を裏切るような真似は許されない!!」


「――良いな!?」


 青林にそう告げた瞬間、青山は大量の吐血ののち深く眠りについた。薬師の話ではもう随分と弱っており回復の見込みはない為、絶対安静とのことだった。そんな父親を連れて行けるわけもなく、青林は例年通り涼風だけを連れて山道を馬で進む。

 道中父に言われた事を思い出しては大きな溜め息を繰り返す青林を心配した涼風が優しく声を掛ける。


「殿、あまり思い詰めなさるな。大殿にも深いお考えあってこその発言だ」

「…いや、父上にとって所詮私は半人前の頼りない当主なだけだ。一人では心許ないから、父上が裏で出しゃばる。要は、信用されてないんだ」

「そのような…。少なくとも私にとって一番の主君は貴方しかおりません。乳兄弟であるという贔屓目を除いても」


 幼い頃涼風の母を乳母として育った青林は昔から誠実で真っ直ぐで、超がつくほどの真面目だった。不誠実なことに関しては決して妥協を許さず、先代と共に村々を視察しに行った時など、弱い者いじめをしている年上のガキ大将に正面から喧嘩を売りボロボロになりながらも倒してしまった。のちにガキ大将の親からは額が地面に埋まるくらい謝られたが、青林は先代のきつい鉄拳を頭頂部に受けていた。

 どれだけ涼風が止めても突っ走るその姿を思い出し、今も変わっていないな、と密かにほくそ笑んだ。

 そんな涼風の心中なぞいざ知らず、乳兄弟という言葉で涼風の隠居した父の存在を思い出した青林がある事を聞いた。


「そういえば今回の天守での事、お前の父には報告したのか?」

「いえ。事後処理に忙しく、実家には帰っておりません」

「そうか。これが終わったら報告を頼む、春風ハルカゼの意見も聞きたい」

「畏まりました」


 気づけば随分と山深くに入り込んでいたようで、二人の眼前の景色に突如不自然な霧が立ち込め始めた。布でも舞っているのかと錯覚するような濃い霧の中に躊躇なく足を踏み入れた青林は一度馬を止めると、懐から“手形”の木片を取り出して翳した。青林の手から繋がった青い組み紐の下でゆらゆらと揺れるそれは、やがて奇妙な“鈴の音”を二人に運んだ。


 ちりん、ちりん、りん、ちりん、


 深い霧の向こうから聞こえてくる微かな鈴の音。その音は手形を持った青林にしか聞こえておらず、すっかり忘れていた涼風も懐から同じような木片を取り出すと、彼の耳にも鈴の音は届いた。その音は一箇所に集中しており、まるで二人を手招きするように鳴り続けている。それに従って二人は再び馬を歩かせた。鈴の導きの聞こえない馬が混乱しないように宥めながら慎重に霧の中を進み、一番濃い場所を抜けると突然視界が良好になった。


「…抜けたか」


 そう呟く青林の視線の先には、深い森の入り口とその向こうには『螺旋門らせんもん』が堂々と聳えていた。目的地を目の前に安堵する二人に門の方から呼び掛ける声が唐突に響いた。


「青林殿――!」


「…朱鷺トキ殿、か」


 門前には一歩早く到着していた“朱雀すざく一族”の当主、朱鷺トキが青林のことを待っていた。その傍らには青林のように一人の付き人を付き従えており、記憶が正しければ確か“老中”の、名前は――、オオトリ。男は気安い朱鷺とは正反対に礼儀正しく頭を下げた。


「道中お疲れ様でした、青帝せいてい様」

「…あぁ。貴殿も主人に付き合わせてしまったな」

「おいおい、まるで私が我が儘みたいじゃないか」

「その通りだ、朱鷺殿。態々こんなところで私の到着を待つ必要はなかったはずだ」

「まぁまぁ、そう言うなよ」


 そう言っていつもの調子で気安く青林の肩に腕を回した朱鷺だったが、青林の肩口に並んだ朱鷺の顔に不意に陰が落ちた。そして後ろに控える鳳に聞こえない程の声量で簡潔的に耳打ちした。


「…あいつはただの“監視役”だ。常にあいつの目が光ってる屋敷にいるのが窮屈なんだ、察してくれ」

「そ、そうか…」


 どうやら冗談ではない様子の朱鷺に青林は背後の鳳をちらりと一瞥した。澄ました顔で控えている男は一見無害そうに見えるが、朱鷺からすればただの厄介なお目付け役と言ったところだろう。朱雀城の人間関係は複雑だと以前朱鷺からそれとなく聞いていた青林は一言、大変ですな、とだけ返した。


「そうなんだよ。今回、結局あいつの同行を拒否し切れなかったせいで、朱槿シュキンを連れてこれなかった」

「朱鷺殿は息子の教育に余念がないな。いつも自分に同行させているだろう」

「…先代の悪習をここで絶やさねば、“朱雀”はいずれただの木偶人形と化してしまう」

「……」


 普段柔らかな笑みを絶やさない朱鷺の珍しく強張った表情に初めての恐怖心を抱いていると、パッと肩に回された腕が離れ朱鷺は鳳のもとへ戻っていた。そして何事もなかったようにいつもの柔和な笑みを浮かべた。


「では行きましょうか。朔夜殿下が首を長くして待っているでしょうから」

「…あぁ。今日は朔夜様だけなのか?」

「聞いた話によると、赫夜カグヤ様は暫く后土殿こうどでんに籠られているらしい。本日はお越しにならないだろう」

「他の領主たちも到着しているのだろうか?」

「青林殿が到着される前にすれ違ったのは西の白楽ハクラク殿でした。本日は珍しく、同行者にお孫さんを連れていましたよ」

「それは珍しい。白楽殿の孫といえば、元服の儀に参列していた、白秋ハクシュウ殿か。一目見ただけだが、立派な青年だった」

「一方で北の玄冬ゲントウ殿の嫡男は…、なんというか、色々面倒そうだな」

「あぁ、あの…」


 二人が言葉を濁すのは無理もない。陰陽国左大臣の次男“冬牙トウガ”のおかげで兎君の覚えがめでたい玄冬だが、どうやら嫡男の人格には恵まれなかったようで、最初に生まれた長男の“幽玄ユウゲン”を跡取りに据えたものの、彼は決して人格者というわけではなく、それどころかとんでもない問題児であった。その理由はすぐに二人の目の前で証明された。


 少々の急ぎ足で御所内の紫微宮しびきゅうに到着した二人が最初に目にしたのは、用意された円座の存在を無視して不遜にも寝転ぶ幽玄ユウゲンの姿。そしてそれを永遠と咎め続ける顔を真っ赤にした玄冬ゲントウだった。


「幽玄っ不敬であるぞ! この儂の面目を潰す気か!?」

「はぁ? まだ殿下は到着してねぇんだからいいじゃねぇか。俺は二日酔いで頭が痛えんだよ」

「だから酒も程々にしろとあれほどっ」

「あーあーうるせぇな。そんなに文句言うなら、俺じゃなくて“真冬マフユ”を連れてくればよかっただろうが!」

「お前には次期当主としての自覚がないのか!!?」


 もはや聴く耳などとうに放棄している幽玄に対し珍しく声を荒げる玄冬に、“白虎”の白楽ハクラクは勿論、陰陽国の公卿たちも苦笑するしかなかった。言い争う二人より前に座る身内の冬牙トウガも、特に助け舟を出すわけでもなく寧ろ呆れに満ちた溜め息をつくばかり。

 なんとも混沌とした状況に青林も思わず口角が引き攣る。


「こ、これは…、そろそろ止めに入らないと殿下がお見えになるぞ」

「放っておけばいいさ。玄冬殿も烏兎の外戚だからって普段から鼻につく態度ばかりなんだ、少しくらい恥をかいてもいいんじゃないか」

「そ、そうか…?」


 あまり納得はできなかったが、一先ず頷いた青林は朱鷺の言う通り言い争う二人を放って自分の円座に腰を下ろした。

 二人の到着によりこの場の来客たちは全員揃い、後は兎君が来るのを待つばかり。


 そしてついに玉座の背後の扉が開いた。その音に言い争っていた玄冬たちも流石に閉口し、姿勢を正した。しかしその音には何か違和感があった。


 。その答えはすぐに全員の目の前に現れた。開かれた扉から紫微宮に入り、決められた玉座に腰掛けその姿を示したのは、“黒”と“白”、二つの御尊顔。


 まず、“黒”が言葉を放つ。


「――皆の者、大義である。年の瀬も迫り多忙の中集まってくれたこと、心から感謝する」


 そして、次に“白”が労いの言葉を放つ。


「本日は私も同席致しますが、政に不慣れな私に何卒よろしゅうお願い致します」


 とても十五の若者とは思えない程の落ち着きを払った二人に、公卿たちを始め全員が一斉に頭を下げた。


「本日もよろしくお願い致します、両殿下!」


 全員が兎君――朔夜サクヤだけでなく、烏師――赫夜カグヤの登場に驚く中、青林だけは一つの違和感が頭を過っていた。

 それは、“声”である。


「―――――赫夜様のお声は、…?」

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