第肆拾捌話 徒花の棘〈六〉


 祭事からひと月後誰よりも意気消沈し、まるでこの世の終わりを迎えたかのような顔をした男の顔を見る羽目になり、尚且つそれを宥めなければならない面倒な役割を負ってしまった桔梗キキョウは、頬杖を着きながら目の前の男の泣き顔を虚ろな瞳で観察し続けた。

 今桔梗の目の前で悲嘆に打ちひしがれているのは、彼の同母兄あにでありつい最近“参議さんぎ”に就任した、釣鐘ツリガネ。柔らかな雰囲気を持つ桔梗とは反して軽薄でその言葉のすべてが薄っぺらい飄々とした性格で、何より浮名を流し過ぎていた。

 そんな男がおいおいと泣く姿に、正直言って面倒としか思わず他に身を寄せる場所はなかったのか聞いた。すると男らしからぬ返答が返ってきた。


「何も弟宅ここで泣くことないだろう。どうせ兄上のことだ、他にも慰めてくれる女は星の数ほどいるんだろ?」

「…今はいない」

「は」

「少し前まで少納言殿の娘のところに入り浸っていたんだが、父親にばれて追い出された後、娘は国司のもとに嫁いでしまった」

「そりゃ懸命な判断だな。その娘さんがお前のせいで人生を棒に振らなくてよかったよ」


 それでも過去に失恋して死なれた女は数知れないが、と心の中で付け足した。


「っそれに! 今日ここに来たのは泣くためだけではない。桔梗、お前に一言物申したい!」

「なんだ?」

「何故、蛍袋ホタルブクロの入内を許した?」


 そうまさに、これこそが釣鐘を号泣させた要因である。

 時は遡ることひと月前。その場にいた者達を震撼させた、隠君子の舞の場。久々に執り行われる祭事故か、選ばれた舞姫たちは選りすぐりの美女や美少女ばかりで、参議の席に座っていた釣鐘は勿論のこと、その隣の野分ノワキも舞台に立った蛍袋に釘付けだった。噂ばかりが一人歩きした蛍袋の美貌が証明され、改めて求婚の意を固めた二人だったが、悲劇はすぐそこまで迫っていた。


「“何故”って言われてもなぁ。朔夜サクヤ殿下のご指名だ。無下に出来るわけないだろう」

「そ、そりゃそうだけど…。あぁ! なんで入内してしまったんだぁ、蛍袋!?」


 今回の波乱に満ちた隠君子節会いんくんしのせちえは、まさに釣鐘にとってこの世の終末。姪としても女としても一途に可愛がってきた蛍袋の入内に衝撃を受けた彼は、祭事の後からずっとこの調子で桔梗の邸に入り浸っていた。

 しかしその苦労は左大臣の冬牙トウガも同じのようで、義兄が入内のせいで使い物にならない、と少し前に出仕した際に愚痴っていた。幾許かやつれた様子だった冬牙を思い出しては同情の念を抱きながら、桔梗は目の前の使えない兄に一喝入れた。


「…いい加減にしてください。こうして蛍袋が入内してくれたことにより、我が家は烏兎一族との姻戚関係への道が開かれたのですよ。寧ろ喜びに打ちひしがれるべきです」

「うぅ…」

「あまり馬鹿なことばかりしていると、推薦してくださった界雷カイライに見捨てられますから、お気をつけて。わかりましたら、自宅で蛍袋に無事御子が産まれるよう、祈願でもしておいてください」

「と、ときみ、との、御子…?」


 しかしどうも諦めがつかないようで、蛍袋がいつかは朔夜の子を産むかもしれないという事を想像しては、さめざめと泣き崩れた。


 そんな兄をもうどうしようもできない桔梗は席を立つと、自身の邸の寝所に戻りそこに置かれた唐櫃からびつの中から一枚の文を取り出した。それは祭事の前、舞姫として御所に出仕した蛍袋から届いたもの。この文と共に真っ赤に熟した真葛さねかずらの実が添えられており、それを見た瞬間、彼女の意図を察した。


『今こそ好機なり』と。


 その文を合図に桔梗はある行動に出た。



 隠君子節会より二日前。

 御所に出仕した桔梗は兎君である朔夜サクヤに自らの娘の“和歌”を献上しに参上していた。

 本来、舞姫たちを選別する際に歌われる“和歌”は兎君や神官たちが選ぶものだが、偶に桔梗のように自ら進呈する者もいた。実は進呈する行為も親側からの兎君への“根回し”の一つであり、より自分の娘に興味が向くように両親は娘に一番相応しい和歌を選ぶのだ。斯くいう陽春ヨウシュンも朔夜に和歌を自ら届けておりその帰り道、偶然にも桔梗とすれ違った。

 上機嫌な様子の陽春はにこり、と笑みを浮かべながら会釈した。


「これはこれは、桔梗殿。このような場所でお珍しい」

「こんにちは、陽春殿。…えぇ、少々野暮用で」

「左様ですか」


 桔梗の野暮用に深く突っ込むこともなく、もはや役目を終えてすっきりした顔の陽春はそのままその場を去っていった。

 そんな二人のやり取りを物陰から密かに観察していた冬牙トウガは、能天気な陽春とは違って、桔梗の出仕の理由を察していた。が、敢えて何も言わずにその場を後にしたことを桔梗は知る由もない。


 朔夜のいる青朗殿せいろうでんに到着した桔梗は魔の御簾の側のトモエより少し離れた廂に腰を下ろすと、御簾の向こうの朔夜に深々と頭を下げた。


「失礼致します、殿下。本日は舞姫に選ばれました我が娘の“和歌うた”をお持ちしました」

「ご苦労、桔梗。早速、拝見するとしよう」


 齢十五とはとても思えない落ち着いた口調でそう告げた朔夜は巴に命じて桔梗からの和歌うたの書かれた紙を受け取った。

 “蛍”に因んだその和歌うたを確認した朔夜は桔梗の感性センスを褒めた。


「良い和歌うただ。さすが桔梗」

「ありがとうございます。時に殿下、宮中は今や祭事の準備で忙しいようですが、その中でも特に

「…ほう。一体なんと鳴いているのか?」

「…“雨露に濡れた樹木はなんとも醜い” と」


 桔梗の話はとても珍妙な内容だったが、その言葉の中から意図を汲み取った朔夜の纏う空気が一変した。どんよりとした空気を放ちながらも、朔夜の口調は穏やかそのもの。


「そうか。きっとその子雀たちには美しさがわからぬのであろうな。直々に教示すべきかな?」

「いえ。そのように鳴くだけしか脳のない子雀に教えを説いたところで、理解はできますまい。それよりも、その子雀に揶揄された哀れな“樹木”に、我が娘が幾許かのお慰みをして差し上げたい、と申しておりました」


 桔梗は今宮中に留まっている蛍袋の文の通り、この場で娘の存在を仄めかした。その裏の意味も朔夜だけでなく巴にもお見通しなのだが、朔夜は素直に賞賛した。


「ありがとう、流石は桔梗の娘だ。その気遣いの心だけ有り難く貰っておくことにしよう」

「ありがとうございます」

「…さて、折角の労いの言葉を貰ったところだしな、何か“礼”をせねばな」

「畏れ多いことでございます。采配のほどは殿下にお任せ致します」

「…うん。蛍袋には、“其方の舞を楽しみにしている”と伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 そして用を終え、桔梗は深々と頭を下げた後その場から去って行った。

 その終始、二人の会話の意図が掴めなかったトモエは腑に落ちない表情を浮かべながら首を傾げる。その様子に流石の朔夜も呆れた溜め息を溢すのだった。


「…はぁ。其方はもう少し、腹芸を身につけた方が良さそうだな」

「…申し訳ありません」


 この鈍いところは、見事に母譲りなのであった。



 ❖ ❖



 元服されたばかりの朔夜が後宮に后を迎えた。


 その話は瞬く間に御所内を駆け巡り、末端の女官たちの耳に届くのも時間の問題だった。

 話を耳にした女官たちや臣下たちの次の話題は、“誰が選ばれたのか”ということ。

 やはり最初に名前が挙がったのは、分家の姫である『夕陽ユウヒ』だったが、入内の話に反して気落ちした様子の陽春ヨウシュンが度々宮中で目撃されたことから、彼女ではないことが確定した。

 ならば今回名前も挙がらなかった国司こくしの娘たちだろうか。否、それは無いと一人の男が語った。過去に国司の娘が兎君に見初められ入内した際、それに伴って父親も宮仕えに就任してきた。もしそうであるならば、何かしらの人事異動の噂が立つはずだ、と主張した男の言葉により、この候補も外れた。

 残ったのは、『梅枝ウメガエ』と『蛍袋ホタルブクロ』の二人。そして梅枝が既に宮中にて朔夜のお気に入りの女房であるため、必然的に入内してくるのは桔梗の娘であることが確定した。

 ようやく正体が分かった時、大半の者たちは納得いかない表情を浮かべたという。正直、桔梗の娘の前評判はあまり良くなかった。“自分の容姿を棚に上げて婚期を逃した行き遅れ” と人から人へと流れた噂が収束してまとめられた評価が独り歩きし、宮中内に知れ渡っていた。誰もが面倒な女が入内してくる、という認識だったが、その考えはすぐさま覆ることになる。


 蛍袋が入内してから十四日ほど経ち、御所は普段の落ち着きを取り戻していた。その先暫く目立った行事もなく、後は三ヶ月も先の年明けを待つばかり。

 今回義兄の面子のために隠君子の舞姫を務めた梅枝ウメガエも通常の女房の仕事に戻ったが、一つだけ大きな変化があった。それは、梅枝が后である蛍袋付きの女房になったことである。蛍袋は他にも入内の際に伴ってきた女房“瓊音ヌナト”がいたが、もう一人信頼できる人物をつけて欲しい、という要望があり、朔夜直々に梅枝が推薦されたのだ。

 正直面倒だと思いながらも、朔夜からの勅命を無視するわけにもいかず、渋々承諾した。就任した当初はどれだけこき使われるのだろう、と心配していた梅枝だったが、どうやら想像や根も歯もない噂よりもずっと、気遣いのできる女性だったことをここ最近になって知った。

 そして丁度、蛍袋に関する事柄を同僚の女房に嬉々として語る女が向かいから歩いて来た。どうやら相方の女房がその女の羽織っているうちきを褒めたところ、その話に発展したようだった。


「本当に? 本当にその袿、“蛍の君”からいただいたものなの?」

「えぇそうよ。お衣装の片付けを手伝ったら、お礼にってくださったの」

「まぁなんて懐の深い方なのかしら。やはり殿方の噂もあてにはなりませんわ」

「まったくよ。分家のお姫様が入内していたらと思うと、ゾッとしない」

「本当だわ。殿下も年上の蛍の君を大層気に入っておられるようで、このまま御子がお生まれになるかもしれないって、専らの噂よ」

「そうしたら、あのお姫様も入内してこないし一石二鳥よ」


 二人の愉快な世間話を横切り遠ざかっていく笑い声を背中で受けながら、安直な女房たちに呆れてため息をついた。

 これで噂があっという間に広がれば、蛍袋の評判は益々鰻登りとなり、周囲の御子誕生の期待は彼女に向かう事になる。それで一番得をするのは、もちろん彼女の父である桔梗。全てはあの親子の掌の上であることに、周囲は気づくどころか喜んでいる。

 それは一応、“左大臣の義妹”としての立場にある梅枝にとって複雑な状況であった。梅枝に義兄・冬牙を出世させる気などさらさら無く、ましてや協力してやる気もない。だが、冬牙の地位が危うくなれば実家の両親も困る。自分の事は二の次の薄情な両親だが、ひもじい思いをさせるのは些か良心が痛むというもの。そんな謎の同情から、実家の為、延いては冬牙の為に、蛍袋優勢のこの状況を打開しようと密かに画策していた。

 何か、彼女の弱みになるものを探さなければ、と考えに耽っていた梅枝はいつの間にか自分が目的地に着いていたことにようやく気づいた。

 蛍袋に与えられた後宮での住まいは、一番格の高い『水芹殿すいきんでん』の次に格式高い『蘭香殿らんこうでん』。その前で惚けて立っている梅枝を同じく蛍袋付きの女房『瓊音ヌナト』に咎められた。


「何ぼーっと突っ立っているの? 用があるならさっさと入りなさい」

「あ、し、失礼致しました」

「…ふん」


 瓊音は眉尻を吊り上げそっぽを向くと先に母屋の中へと入っていった。

 彼女は主人の蛍袋とは反対に気難しい性格で、他の女房の誰とも仲良くする気はないようだった。そんな瓊音だが、主人に対しては従順なようで梅枝へのきつい当たり方を咎められあからさまに肩を落とした。


「――瓊音、お前はいつも言い方が刺々しいわ。お気をつけなさい」

「…はい、申し訳ありません」

「…ごめんなさいね、梅枝。箱入りの私のもとで育ったものだから、まだまだ礼儀がなってないのよ」

「い、いいえ。考え事をしていた私にも非がありますから、お気になさらず」


 穏やかで丁寧な口調で謝罪する蛍袋に梅枝は慌てて首を横に振った。あの程度で怒れるのなら、恐らく実家あの家にだって縛られることはなかった、と大らかな自分の性格の原因を思い出し苦笑した。

 そんな梅枝の頭の中を覗くように、的確に蛍袋は彼女の実家について質問した。


「…そういえば、この前小耳に挟んだのだけれど。梅枝には“子”がいるのでしょう?」

「…何故それを?」

「少し前に衣装の片付けをしてくれた方が教えてくださったの」


 それを聞いて犯人はすぐに思い当たった。多分、いや絶対にさっきすれ違った女房に違いない、と。どこでも誰にでもおしゃべりの絶えない彼女に内心恨み節を呟きながら、梅枝は表情を変えず淡々と答えた。


「はい。“誰の”という質問には答えられませんが、息子が一人おります。今は実家で妹夫婦が育てておりますが」

「そう。…でも不思議ね」

「何がでしょう…?」

「如何して貴女の子なのに、名前に“木”と“冬”が入っているのかしら?」

「っ…!」


 惚けているようで的確なその指摘に梅枝は思わず押し黙ってしまった。それがこの場において、何よりも“肯定”を表しているというのに。


 蛍袋この女は知っている。


 それに気づいた瞬間、隠していた蛍袋への敵対心を露にした梅枝は強張った表情で余裕の笑みを浮かべる目の前の女に対抗した。しかし逆に必死な梅枝に蛍袋は余裕の笑みを浮かべた。


「…だからなんだというの? 息子の名付けをしたのは義兄あによ。自分の名前から一文字使うのはおかしくないわ」

「ふふ、あら別に脅そうってわけじゃないのよ。ただ一つ聞いてみたいことがあるのよ」

「…なにかしら?」

「…“恥も、外聞も、世間の目も、すべてを捨てて、好きな人の子を産んだ気持ちはどんなかしら” ?」

「……」


 それまでの笑みを湛えた口角がキュッと締まり、真剣な眼差しで問いかける蛍袋に今までの揶揄するような意図ではないと確信した梅枝は、率直に今の自分の気持ちを応えた。


「… “正直、私にとってあの子は復讐とあの男への当てつけの為に産んだ存在だけれども、今はとても後悔している” とだけ言っておきます」


 失礼します、と用件である頼まれ物を瓊音に渡すと梅枝はさっさと出て行ってしまった。蘭香殿らんこうでんから逸早く遠ざかりたい梅枝の足音は普段の何倍も重く、ダン、ダン、と重い足取りは周囲を遠巻きに注目させた。


 内心とても腹立たしかった。

 “蛍袋”に対してではない。“”に対してであった。全ての事情を打ち明けている朔夜にさえ、ここまで感情的に本心を晒したことはない。御所ここに来る時に決めたのだ。


「――もう、何も愛さない。もう、何も守らない。いつでも心に能面を被る」と。


 …だから、この手に抱いたあの子のぬくもりも、もう欲したりしない。



 ❖ ❖



「残念、逃げられてしまったわ」


 そう言いつつあまり残念そうではない様子で肩を竦める蛍袋は、名残惜しそうに梅枝が去っていった方を見つめながらぼやいた。


「…せっかく、お友達になれると思ったのに」

「蛍袋様。彼女も御所では兎君の寵愛を奪い合う“敵”ですからね」

「あら。でもほらよく言うじゃない? “類は友を呼ぶ”って」

「はぁ…?」

「…あの方も私も、なのよ」

「意味わかりません」


 普段から含みの多すぎる蛍袋だが、その日は一段と意味不明なことを話していた為、理解するのを諦めた瓊音は奥へと引っ込んでしまった。



 そう。彼女と私は、“類の友”


 叶わない恋に縋りつき、その影ばかり追って生きている、憐れな花。実を結んだ分、彼女の方が花として成功しているけど、私は違う。


 永遠に実を結ぶことのない、だ。



 私の幼少期はとても小さな祖父母の邸で育った。小さいながら町民から見れば立派な邸だったと今では思う。それでも私にはとても窮屈で、息苦しい場所だった。

 母親は私を産んだ後早くに亡くなった。その為私は邸で母方の祖父母に育てられたが、実はその時まだ父の顔を知らなかった。五つの誕生日を迎えても会いに来ない父を私は勝手に死んだ者と考えていた。

 そして私を育てた祖父母。彼らは見栄ばかりの能無しだった。大した地位にもいないのに高慢で、無駄な散財癖があった。そんな祖父母にとって娘の残した私はいずれ名家に嫁がせる為の“駒”に過ぎず、孫として可愛がってもらったことなど一度もない。

 しかしそんなある日、一人の男が私のことを迎えに来た。突然現れたその男に祖父母が何やら非難めいた罵声を浴びせていたが、そんな些末な雑音さえ耳に入らない程、私はその男に見惚れていた。物腰柔らかく穏やかな笑みを浮かべながらも、眼鏡の奥の私と同じ深い紫色の瞳が冷たく光っている。今まで祖父母が紹介してきた無骨で無知な男共とは違った印象のその男性に、私が見とれて惚けているとそんな視線に気づいた彼はギャーギャー喚く祖父母を放って歩み寄ってきた。まだ小さな私の前に跪いてそっと手を差し伸べて言った。


「――初めまして、私は桔梗キキョウ。これから君と暮らす、だ」

「………え」



 それが、人生初めての“恋”が終わった瞬間だった。



 初恋は父、そんなありきたりな過去の想いは今となれば笑い話。

 …となれば幸せだった。


 私は初恋の衝撃を拭いきれぬまま、父と娘として暮らし始めた。暮らしてみて最初に気づいたのは、見た目は完璧な父だけれどもその実、生活力が皆無だったこと。勿論身の回りのことは女房たちがやってくれるが、それにしても日常生活はとてもだらしない。だが、それで幻滅するほど私は夢見がちではない。父との生活に慣れたとうの頃には、まるで世話焼き女房のように父の世話を率先して行った。

 でも本当の理由は、どこにも嫁にいきたくなったから。こんな父親離れの出来ていない娘など、一体誰が貰いたがるだろうか。まぁそんな物好きも多少はいたが、そんな者たちに靡くことはない。


 やがて私が十三になった頃、父が一人の友人を連れてきた。

 変わり者の父に親友と呼べる人がいるとは驚いたことだが、それよりもその友人というのが父とは全く正反対の勤勉な堅物だったこと。その男の名は、界雷カイライ。私の二度目の“恋”である。

 私は次こそこの恋を成就させるため、積極的に界雷殿にお酌をした。口数の少ない人だったが、まだ幼いのに父の世話をする私に興味を持ちぽつり、ぽつり、と話し始める。


「…君は確か、桔梗の娘の…?」

「はい。蛍袋ホタルブクロと申します」

「そうか。いくつになる?」

「今年で十三です」

「それは、と同い年か」

「……?」


 そして二度目の“恋”も玉砕した。



 でも、そこで諦めないのが私。その後界雷のことを徹底的に調べ上げた。彼の家族は二人、一人は彼の唯一の妻『揺籃ヨウラン』。一夫多妻が常の今の世で珍しく愛妻家の面を持つ彼の妻は特別美人というわけではないが、穏やかで思慮深い女性だった。しかし、恐らく自分が同年代であったら勝負は五分だったと確信できる。

 もう一人は彼の唯一の嫡男『トモエ』。私と同じ年に生まれた彼の跡取り、顔を見たことはないが見た目だけなら界雷殿によく似ていると聞いた。だが、息子で妥協する気はなくあまり調べなかった。


 彼の理想の家族、それを壊すことはできない。


 だから決めたのだ。陰から彼を支えるひとになろう、と。


 その邪魔をするのであれば、例え分家の”お姫様”であろうとも容赦はしない。


 私は入内し、兎君の子を、出来れば双子を産み、界雷かれとひいては父の役に立つ。

 その為なら、どんな人が相手だろうと“棘”を刺す。



 それが、私の生き方だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る