第参話 四君主体制〈一〉


 今現在、まともな肉体のない朔夜サクヤだが、もし身体があるのであれば恐らくこの場で人目も憚らず憤慨していることだろう、と六花リッカは思った。



 六花の最初の願いを叶えた後、二人は逃げるように村を出たわけだが、移動手段のない子供が一人で人のいる町まで徒歩で行くには距離があり過ぎて出発して早々に、道端で途方に暮れていた。そこへ偶然通りがかった商人の集団に運よく拾われ、笠を目深に被って決して顔を見せない怪しげな六花に対しても、彼等は親切に自分たちの荷車に同乗させてくれたのでなんとか寂れた村から、活気のある宿場町に辿り着いた。そこは北側から国境を越えて西の監兵領かんぺいりょうへとやって来た旅人が最初に立ち寄る町であり、故に多くの宿屋や露店が並び、その忙しないほどの活気の良さは六花の育った村にはないもので正直なところ、六花は年相応に気分が向上していた。

 彼女の巾着の中に隠れている朔夜も見えないながらも、多くの人の声に耳を澄ませては、かつての陰陽国で双子の兄と病弱な父、優しい乳母と共に暮らした皇宮のことを思い出していた。あの頃も大勢の女官たちが毎日忙しなく行き来する皇宮はどこか賑やかで、特に幼い頃に兄の赫夜カグヤと一緒になって悪戯をして怒り心頭の乳母に追いかけられた時は、みんなが愛らしい双子を横目に和やかに笑っていた。双子の母親は出産後すぐに亡くなってしまい、父親は生来あまり身体の丈夫な方ではなかったため子育てできる状態ではなかったが、幼い二人には心から信頼できる乳母と、身の回りのことをやってくれる女官たちがいたため、二人は広い皇宮の中でのびのびと自由に育った。しかし、その光景はもはや夢の中。

 朔夜が巾着の中で密かに落ち込んでいることをなんとなく察した六花は、なんとか元気を取り戻してもらおうと、偶然視界に捉えたとある芝居小屋に駆け込んだ。ここはどうやら、旅人の疲れを癒す為に作られた娯楽施設の一つのようで、きっと面白おかしい演目が行われていることだろう、と六花は予想していた。


 しかし、この行動をのちにひどく後悔した。


 初めて見る芝居小屋に心なしか目を輝かせる六花に気づいた愛想の良い客寄せの男が声をかけてきた。


「――やぁお嬢さん! 芝居を観るのは初めてかい?」

「え、はい。これは何の演目ですか?」

「今上演しているのは、題して“四君主英雄譚よんくんしゅえいゆうたん”さ! かの有名なを倒した今の四人の領主たちのお話だよ!」

「え…」


 知らぬこととはいえ、よりにもよって朔夜の前で“”だなんてなんと命知らずな、と六花が肩を震わせる。どう答えるのが自然か考えあぐねていると、腰の巾着の中から恐ろしいほどの殺気が漏れ出し、周りの人間はその存在にまでは気づかないものの、背筋に悪寒が走り周囲を見回している者も多い。客寄せの男も何かの気配に恐怖し、背筋を震わせはじめる。


「うぉ? な、なんだ? なんか、悪寒が…」

「え、き、気のせいじゃない?」

「そうかな…?」

「あ! そうだ、この芝居の“役者絵やくしゃえ”が是非欲しいんですよ!」


 六花はなんとか注意を逸らすために不意に目に付いた役者絵やくしゃえのことを聞くと、男はすぐに商人の顔に戻って六花を露店に案内する。結局、そこで特に必要でもない役者絵を六枚買う羽目になってしまい、予想外の出費に六花は肩を落とした。

 六花の限りなく少ない旅費は、村を出る時に生家の屋敷からこっそりと頂戴してきた父親の財産であり、今までの慰謝料だと思って心置きなく持ち出してきたものだが、いざ使うとなると多少の罪悪感があるのは否めない。つくづく、自分は非常になりきれないなと呆れていた。



 役者絵を買って逃げるように芝居小屋を後にした六花だったが、巾着の中の朔夜の機嫌が一向に直らないため、仕方なく早々に宿に戻ることにして部屋に入るなり、巾着の中から不機嫌な髑髏しゃれこうべを取り出して畳の上に置いた。


「…はぁ。ばれるかと思って冷や冷やしたよ」

「…すまない。どうしてもあ奴の言葉に我慢できなくて」


 流石に往来で素人に気づかれるほどの殺気を漏らした失態に反省しているようで、朔夜は素直に謝罪した。それでも朔夜が怒る理由もわからなくはないので、六花は落ち込んだ朔夜を膝に乗せてつるつるとした頭部を優しく撫でて慰めた。


「まぁ、しょうがないよ。私も母様のこと悪く言われたら怒るもん」

「それもあるが、僕達に反旗を翻したが後世、英雄扱いなのが気になる。今彼等はどうしているのだ?」

「あ、そっか。死んでたから、その後のことは知らないのか。じゃあ、説明するね」


 その時手元に丁度良く、先程買った役者絵があったことを思い出し、朔夜への説明にそれを活用することにした。しかしその選択は間違いだった。

 二人の目の前に広がる六枚の役者絵に朔夜の機嫌はみるみるうちに低下していき、その重圧に六花は素知らぬ顔をするしかなかった。膝の上の朔夜の機嫌は最悪に近かったが、興味はあったので恐る恐る不機嫌の原因を聞いてみた。


「…えっと、何がお気に召さないのでしょうか?」

「なんで敬語? いや、自分の顔がなんだか閻魔のような描かれ方なのはいいんだけど…」

?」

「…赫夜カグヤの顔が、こんな醜い般若みたいな描かれ方なのが気に入らない」


 朔夜を指している役者絵の顔も、赤ら顔の閻魔のような如何にも悪の権化とでも言いたげな描かれ方をしているが、そんなことには目もくれず朔夜は兄弟の方の表現の酷さにひどく心痛めていた。しかし本物の赫夜を見たことが勿論ない六花は、興味本位で彼の片割れについて初めて聞いてみた。


赫夜カグヤさん、てどんな人だったの?」

「赫夜は、六花みたいに綺麗で美しいまるで真雪のような髪と、宝石のように輝く真紅の瞳、なによりその美貌! 顔の部位パーツすべてがまさに完璧で、生きた芸術といっても過言ではない。すごく気位と自尊心が高かったけど、それも赫夜を引き立たせる魅力の一つなんだよ。整った顔に浮かぶ美しいあの高飛車な笑み、今でも昨日のことのように思い出す。あ、勿論声もまるで上品な琴の音のようで、聞いていてとても心地良いんだ。それと、それとね!」


 その熱意ある朔夜の、通称『赫夜カグヤ語り』は、それから一時間以上続き、終わった頃には六花の顔からは疲労が滲み出ていた。気づけば日も暮れてしまっていたことに気づいた朔夜は、ようやくそのことに気づいて一旦自慢話を止めた。


「おっと、今日はこのくらいにしないと話が聞けなくなる」

「そ、そうしてくれると嬉しいよ。それにしても、朔夜は本当にお兄さんのことが好きなんだね」

「…うん。生まれた時も、玉座を継いだ時も、も、僕は何度でも赫夜のことが好きになって、ずっとずっと、好きでい続けてる。例え死んだ後だったとしても、赫夜を一番愛してるのは僕だ、って絶対の自信があるくらいね」


 死んだ後もそこまでしてたった一人を愛し続けることのできる朔夜を羨ましく思い、同時にそんな朔夜から愛する人との時間を奪った今の四人の領主のことを自分勝手な同情で憎らしく思えてきた。しかし六花が領主たちを恨むのもあながち筋違いというわけでもなく、十年後の反乱の後に彼等の広めた“噂”によって自分がどんな目に遭ったかを思い出し、腹の底から沸々と湧いてくる怒りを抑えながら本題の話を始めた。


「…じゃあ、始めるね。まず十年前の反乱だけど、元陰陽国いんようこくに大軍を率いて進軍した領主四人のことは勿論知ってるよね?」

「あぁ。僕達の陰陽国が建国した時、最初に忠誠を誓った四人の臣下たちの末裔だ」


 十年前の七夜月ななよのつき(7月)に朔夜と赫夜が継いだ国『陰陽国いんようこく』に反旗を翻し進軍してきた反乱軍の四人の大将のことを、のちの世で四君主よんくんしゅと呼ぶのである。彼等はそれぞれ四方の領地を治めている。

 北の『執明領しつみょうりょう』を治める“玄武一族”

 東の『孟章領もうしょうりょう』を治める“青龍一族”

 南の『陵光領りょうこうりょう』を治める“朱雀一族”

 西の『監兵領かんぺいりょう』を治める“白虎一族”

 この四つに分かれて統治し、均衡を保っている。その先祖は陰陽国の初代王の双子に一番最初に忠誠を誓って臣下となった『玄水ゲンスイ』『伽藍ガラン』『紅緒ベニオ』『白瀬シラセ』の四人である。


「――そうです。反乱の後始末が終わった後、四人の領主たちは集まって今後の統治方法について話し合いを始めました。しかしその話し合いは中々に熾烈なもので、完全に閉会するまでに約二年かかったそうです」

「そりゃそうだろうね。今まで四つの領地の統括は陰陽国が中心となって行っていたわけだから、次は誰がその任を負うかで揉めるわけだ。下手したら次に攻められるのは自分の一族になるかもしれないから」


 陰陽国が建国してから約千年ほどの間、この地の龍神の封印のことも、四つの領地の均衡の維持のことも、すべての責任を朔夜たち『烏兎一族』に背負わせてきた領主たちは、いざ英雄となったものの次にその責任を誰が背負うかで揉めたのだ。

 最初に白羽の矢が立ったのは、反乱に際して他の領主たちを説得した『青龍一族』の当主、“青帝せいてい”こと青林セイリンである。しかし彼はその時の領主の中では一番年若く、自分では分不相応であると述べ辞退した。

 次に名前が挙がったのは、若い青林を補佐した一番の年長者の『白虎一族』の当主、“白帝はくてい”こと白楽ハクラクである。だが、残念ながらかの老人は皇宮に突入した際の赫夜の暴走によって既に亡き者であり、跡を継ぐことになった孫もまだ十代の若造であるという理由で誰も首を縦には振らなかった。

 次は自ら名乗りを挙げた、元陰陽国の兎君・朔夜と烏師・赫夜二人の父方の祖父であった『玄武一族』の当主、“玄帝げんてい”こと玄冬ゲントウである。だが勿論のこと、敵側の双子の祖父で元陰陽国左大臣“冬牙トウガ”の実父であった男に後釜を任せることには不安があったため、自然的に否決された。

 最後に残ったのは、商業についてならどこの領地にも引けを取らない南の領地を統治する『朱雀一族』の当主、“炎帝えんてい”こと朱華ハネズである。しかし白楽同様、先の戦乱で亡き者となった先代の跡を継いだ彼女は御年なんと三歳。そんな彼女を当主とするかどうかすら怪しい状況で、全員の上に据えるなど以ての外であった。

 話し合いが行き詰ったその時、青林が一番平和的な代案を述べた。


「――それが、『四君主体制よんくんしゅたいせい』 つまりは中心には誰も置かずに、各々はそれぞれの領地だけを統治しましょう、ってこと」

「まぁ、無難な提案だな。一番上に立てる人間が現段階でいないのならば、お互いに干渉せずに自分の領地を今まで通り守ってきたほうが何より平和的だ」

「この統治体制で重要なのは、“領地同士の争いは絶対にしない”ことと、“月一で四人の領主全員で集まって集会をする”ことで、これを守ってきて今の世があるの」


 そしてその集会で一つ決まった案件があり、それこそが『白髪赤目の子供に対する理不尽な制裁』についてである。四君主体制が確立してすぐのその頃はまだ、かつての陰陽国の双子を信奉する者が多く、四人の領主たちに対する非難も多かったため、領民たちの中には『白髪赤目の子供は烏師の生まれ変わり』と思う者もいてその無関係な子供を大義名分に発起しようとする者もいた。そんな不穏分子の排除を目的に、白髪赤目の子供の悪い噂が流され始めた。だが当の本人の六花にとってはいい迷惑であり、そのせいで生まれて一年足らずで生まれたことを後悔されてしまった。


「ほんとにいい迷惑よ。いくら英雄とはいえ酷いと思わない?」

「彼が恐れているのは発起しようとする領民だけではないのだろうね。その噂を流したは別にあると僕は思うよ」

「本当の理由? どんな?」

「… だ」


 朔夜は少なくとも、反乱の際に暴走した赫夜がその場で死んだとは思っていない。四君主が赫夜を倒した、と明確に記録されていないところをみると、あの時の混乱に乗じて赫夜の逃亡を許してしまい、まだ生きているかもしれない赫夜の報復を恐れ、彼等は噂を流してあわよくば誰かが赫夜を見つけてくれることを願ったのだろうと、朔夜は考えていた。

 しかし未だ消えない噂を思うに、どうやらまだ赫夜は見つかっていないらしい。そのことを察し、朔夜は心の奥でほっと胸を撫でおろす。


「…そうなると、彼等より早く赫夜の居場所を探さないと。ついでに僕の身体の在処も一緒にね」

「そうだね。さすがに私もそこまで詳しいわけじゃないから、やっぱりもっと人が多いところで情報収集した方がいいかも」

「ここから一番近い都は?」

「そりゃ勿論、監兵領かんぺいりょうを治める白虎一族の御殿もある“奎都けいと”でしょう」


 六花は現在地から奎都けいとまでの道筋を説明するために荷物の中から先程市場で買っておいた地図を取り出す際、転がって一緒に飛び出してきた竹筒を目にしてある大切なことを思い出して突然立ち上がった。


「あ! そうだ、お風呂行かなきゃ」

「え、今?」


 地図と役者絵を散らかしたままの畳の上に朔夜を置いていくと、竹筒を手にそそくさと部屋を出ていった。恐らく昼間のまだ誰もいない大浴場に向かってあろう六花を気長に待つことにした朔夜は、気づかれないように小さく溜め息をして退屈しのぎに畳に散らばった役者絵を眺めることにした。


「…しかしいつ見ても酷い出来だ。僕の顔、そんなに怖いかな?」


 今は肉体を無くした白骨の見た目であるため誰がどう見ても怖いの一言だが、生前の朔夜の容姿については少々自画自賛になるが、多少の自信がある。これでもかつての宮中での呼び名は『月光の君』であり、漆黒の髪の中に光る碧い両眼の美しさがまるで闇夜に浮かぶ月のようだと持て囃されていた過去がある。赫夜にだって容姿に関してもとても褒められた記憶があった…。



 ❖ ❖



「――…朔夜サクヤの髪は、いつ見ても綺麗だね」


 そう言って朔夜の髪を掬い上げて指先で撫でる少年の姿を横目に、朔夜は筆を走らせる手を止めて微笑んだ。


 兎君ときみの御所である『禁裏きんり』の本来であれば宮中の女房の休息に使われる上局うえつぼねの部屋で静かに与えられた政務に励む朔夜の膝には、先頃から緋袴を纏った両足を投げ出して豪奢な蘇芳色の打掛を広げた赫夜カグヤが頭を預けている。折角の美しい出で立ちであるというのに、本人はまったく気にしていない様子で、つまらなさそうに開いた半蔀はじとみ越しに見える澄み渡る青空を見上げている。この上局は今や、まだ幼い双子の唯一二人だけで寛げる憩いの場であった。


 前の文机の硯箱の中に筆を置くと、退屈そうに朔夜の髪をいじる赫夜の方に振り返って仕返しに赫夜の白い髪を一房掬って口付けてみせた。


「…赫夜カグヤの髪も綺麗だよ。まるで降り積もった新雪みたい」

「ふ。朔夜は私を褒めるのがうまいなぁ。――ねぇ、政務はそれくらいにして、私と遊ぼ」

「しょうがないな…。まったく、赫夜は我が儘だ」


 軽く嫌味を言ったつもりだったが、赫夜にはまったく効果がない様子で逆に意地悪く口元を歪めると、朔夜の髪から指を離したと思えば突然ごろりと寝転び、朔夜の膝に自分の頭を乗せて猫のように腹にすり寄ってきた。甘える猫ような赫夜の行動に一瞬驚いた朔夜だったが、すぐに優しい笑みに戻って膝に預けられた白い髪を慣れた手付きで撫でれば、それに満足した赫夜が流れる白の間から輝く紅の瞳を覗かせた。


「…ほら、もっと私を撫でなよ」

「いつまで?」

「私が満足するまで。だって私は、我が儘な猫だからな」


 寝返りを打って真正面から朔夜を見上げる赫夜の表情は悪戯の成功した子供のようで、はたまた母親を独り占めして甘える子供のようで、普段決して見せない『素の顔』をした片割れに朔夜は無意識に満足気な笑みを浮かべた。

 双子として生を受けた二人だが、二卵性双生児である赫夜と朔夜の容姿はあまり似ていない。髪や目の色は勿論、顔の作りも赫夜は母親似で朔夜は父親似である。記憶にはいないが、二人の亡くなった母親は幼い頃かなりの男勝りで悪戯好きなじゃじゃ馬だったと幼馴染の乳母から伝え聞いていたため、もしここに母親がいたのならば赫夜と同じ顔で笑うのだろうか、朔夜は密かに想像して微笑んだ。

 しかしどっちにしても、赫夜の顔は誰から見ても絶世の美貌だと、我ながら呆れるほどの兄弟溺愛者ブラコン発言を頭の片隅でしていた。そんな良い意味で浮世離れした美しさを放つ片割れの顔が、後世まさかあんな酷い状態で出回ることになるとは、この時は露ほども想像していなかった。



 ❖ ❖



 そんな昔の輝かしい思い出に浸る死人の朔夜のもとに、いつの間にか血色の良くなった六花が帰って来ており、返事のない朔夜を心配そうに覗き込んできた。突然の眼前に広がる六花の顔にも勿論驚いた朔夜だったが、それより驚いたのは浴場帰りでまだ水気を帯びた六花の髪だった。問題はその色だ。


「えぇ? 何その髪色?」

「ふふん、どう? これはどこからどう見ても、立派なでしょう」


 誇らしげに顎を上げて腰に手を当てる六花の頭髪は、先程までの真っ白な白髪から一変して、生前の朔夜と同じような艶のある黒髪に変わっていたのだ。見事に様変わりしたその髪を見せつけるように六花はその場でくるりと回ってみせ、肩ほどの黒髪をふわりと舞い上がらせた。それを見てようやく、朔夜は先程六花が手にしていた竹筒の存在を思い出した。


「…あ。あの竹筒の中身は」

「そう。黒い染め粉が入ってたの。いつまでも笠を被って隠しておくわけにもいかないからね」


 先程の話題にもなった悪質な噂のせいで往来を堂々と歩くことのできない六花が行動するには、せめて一番目立つ髪だけでも、と思い至ってのことだった。それまで思い出していた赫夜の白と重ね合わせた朔夜は、少し残念そうに「似合ってるよ」と褒めてみせた。その言葉の裏の本音に気づいた六花も、少し寂しそうに自分の髪をいじりながら呟いた。


「…本当のところ、母様の褒めてくれた髪だから染めるの嫌だったんだけど、仕方ないことだもの」

「…いずれ、六花を苦しめる噂を僕が綺麗さっぱり無くしてあげるから」

「うん。ありがとう」


 新しく願いができた六花は朔夜を抱き寄せると、黙って寄り添ってくれる朔夜を胸の中に抱きながら静かに涙した。

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