第65話 お別れ

 さて、事態は急展開をしたわけだ。

 俺は新たな認識票を受け取って宿への帰り道で思案をする。

 オリベッティのおっさんと話しながらも、イーサンとの会談の帰り道にセディが言い出したことがずっと引っかかっていた。

 俺と一緒にいることがセディやベティへの迷惑になるかもしれないという指摘はある意味において正しい。


 今まではそれでも良かった。

 だが、今や俺の前に立ちふさがるのはダナン共和国という国家である。

 一個人が立ち向かうには巨大な存在だった。

 さすがになんとかなるだろうと本気で思うほど俺もおめでたくはない。

そろそろ潮時なのかもしれねえな。


 俺にとって都合のいいサイコロの目が出続けてきているが、いずれは肝心なときにとんでもなくひでえ目が出るかもしれない。

 その時に取り立てを食らうのが俺だけなら構わねえが、今だと二人を巻き込んじまう。


 オリベッティも調子の良いことを言っているが、あのおっさんだって軍人だ。

 おやっさんの意志に反する命令を俺に下さざるを得ないこともあるだろう。ダナン共和国関係の任務だってありえる。

 どうも不本意だが俺の名前が広まりつつあった。


 ちと目立つ場所で活躍しすぎちまったな。

 有名な料理店を借り上げてドンチャン騒ぎをしたので自業自得か。

 俺が生き方を変えれば良いんだろうけど、それじゃあ生きている意味がない。

 よし。


 俺はその足で魔術師協会へ行く。

 いつも不思議な雰囲気の場所だが、今日はいつもに増して静かだった。

 呼び鈴を鳴らしまくると、若い魔術師がようやく出てくる。

 蛙の魔女ベガじゃないことにほっとした。

 一般人には高度すぎるプレイを迫られても困ってしまう。


 いや、まあ、そんなにイイと力説されるとちょっとだけ試してみるかという気持ちにならなくもないが。

 ベルを鳴らしまくったことに文句を言われるかと思ったが相手は俺の顔を見ると一応詫びを口にした。


「申し訳ありません。ちょっと立て込んでまして」

「そいつは悪かったな。ちと頼みがある」

 俺は先日のドルネーの件で稼いだ金や物の処分を頼んだ。

 現金の一部を引き出し、俺の当面の旅費とする。

 オリベッティからの借金も色をつけて返済されるように手配した。

 残りの現金は二等分にしてセディとベティの取り分に加える。


 魔法の品については一つだけ持っていくことにして、あとは適当に二人へ譲るようにした。

 まあ、繊細な細工のティアラなんぞをセディに遺しても引きつった笑みを浮かべるだけだろうからな。こいつはベティにしよう。

 まてよ、意外とセディでも似合うか?


 頭の中で着用した姿を想像して思わずニヤニヤした。

 ふと我に返ると目の前で若い魔術師が怯えた目をしている。

 え? そこまで気色悪いか?

 こほんと咳払いをして、残りの品を振り分けした。


 額にして1万5千ギルダ相当になる。

 その日暮らしの俺が遺すものとしちゃ悪くはないはずだ。

 若い魔術師に礼を言って魔術師協会を出る。

 さてと、宿に戻りますか。

 数が減ったものの今日も俺をつけているやつがいる。

 ご苦労なこった。


 しかし、これが俺一人でオリベッティに会いに行った理由でもある。

 セディは臨時任官されているから軍本部に入れるが、ベティはそうもいかない。

 どんな組織にも跳ねっ返りはいるし、スタンドプレイをするのがいるだろう。

 ベティを一人にしておくと、そういう欲にかられるアホが出かねなかった。

 これは本人の能力というよりも世評の問題である。


 セディは嫌がるだろうが、俺と一緒の期間が長いので悪名がそれなりに知れ渡っていた。

 まあ、実際のところ、俺のやったことの共犯であることは紛れもない事実である。

 セディとコンビ解消するのは淋しいが、ベティだけを外すということに絶対に応じないはずなので、俺にできることは俺がソロ活動に戻ることだけだった。


 何食わぬ顔をして宿屋に戻る。

 ロビーに陣取っていた2人が俺に気づいた。

「オトール。随分と時間がかかったね」

 セディは特に何かを探るような顔はしていない。

 単に感想を言っただけのようだ。


「オリベッティさん、何の話でした?」

「ああ、概ね世間話だ。それで、この俺が昇進だとさ」

「それは凄いじゃないですか。ぜひお祝いしましょう」

「いや、この間散々飲み食いしたし別にやらなくていいんじゃないかな」


「ダメですよ。それとこれとは別ですから。師匠に分けてもらったお金もありますから私が出しますよ。ぱーっとやっちゃいましょう」

「どうも、昇進が不本意らしいね。まあ、それでも人の厚意は素直に受けるもんだよ」

 無駄金を使わせたくないんだが、ここで固辞すると怪しまれそうだ。


「それじゃ、後で飲みすぎだって苦情を言ってもしらねえぞ」

「任せてください。さっきも言ったように懐は豊かなんで。それじゃ支度してきます」

「昇進祝いということなら、私もお金を用意してきた方が良さそうだね」

 ベティとセディが連れ立って2階の部屋に上がっていく。


 その隙に俺は帳場に声をかける。

「宿代は前払いしてあると思うけど足りてるかい?」

「もちろんです。まだ、10日ほどは頂いてます」

「そうか。なら良かった」

 声をかけたことを詫びて俺はソファで2人を待った。


 これで気になることはもうないかな。

 後は気取られないようにするだけだ。

 支度をしてきた2人と一緒に宿を出る。

 ベティが慎重に選んだお店に入った。


 翌日、まだ薄暗いうちに起き出して身仕度を整える。

 こういうときは個室なのが助かった。

 セディと同室だと気づかれずにすむためには眠り薬でも盛らなくちゃならない。

 先日の宴会から持ち帰った酒の瓶がまだ残っていたが、全部を持っていくのは諦める。


 セディからもらったドリームキャッチャーをどうしようか考えたが、置いていくことにした。

 なんか裏切るような真似をして出て行く俺が持っていていいものじゃない気がする。


 そーっと部屋の扉を開けて廊下に出た。

 俺の部屋は1番階段に近い位置にある。

 足音を殺して階下に降りた。

 宿の表玄関はまだ施錠させているが、通用口は通ることができる。

 バネ錠になっているので、俺が出た後は自然に鍵がかかるはずだ。

 建物の外に出て振り返る。


 それじゃあな。

 縁があったら50年ぐらい経ってから会おうぜ。

 ヨボヨボの爺さんになって昔話をするんだ。

 俺はまだ静まりかえった小路を進んでいく。

 大通りに出ると荷馬車が行き交っていた。


 もう少しすると日が昇る。

 それまでに配送を済ませて規制区域外に出なくてはならないためか、せわしなく騒がしい。

 お陰で無駄に感傷に浸らなくてすむ。


 さてと、どっちに行くかな。

 前もって計画していたわけじゃないから何も当てがないんだよな。

 まあ、とりあえず西から来たことだし東に行くか。

 てくてく歩いているうちに日が昇った。

 周囲の建物では一日の活動を始めている気配が満ちはじめ、通りを歩く人の姿が増え始める。


 それは前触れもなく起こった。

 目の前の空間が揺らいだと思うと、見たことのあるような爺さんが姿を現す。

 えーと、白の塔にいたんじゃないかな。

 爺さんが腕をつかんだと思うと、軽いめまいと吐き気の後に俺は魔術師協会のホールに立っていた。

 なに? どゆこと?


 協会長とベガが出迎える。

「オトール殿。急ぎの仕事を頼みたい。事情は後で彼女から聞いてくれ」

 俺を連れてきた魔術師が場所をどいた。

 ベガの手を取った協会長が歩み寄ると俺の手首を掴む。

 景色が変わると見慣れない場所にいた。

 鬱蒼と木が茂り周囲の空気が暖かい。


「ど、どういうことだ?」

 俺の質問には答えずに協会長は姿を消した。

 改めてベガの方を見ると帽子を被らず涼しげな格好をしている。

 髪の毛に指をクルクルと絡めながらしゃべり出した。


「えっとお、なんか呪いで魔法が使えなくなっちゃったみたいなのよねん。それで、私が魔法を使えないと大変なことになるみたいな」

「それで俺になんとかしろと?」

「そうよん」

「ここは?」

「バルクーダかな。ここに呪いの元があるらしいわん」


 始めて訪れた場所で、魔法を使えない変な女とそんな不確かな情報でなんだか分からない物を探せと?

「無理すぎるだろ」

「だから、凄腕ちゃんの仲間にもお願いするって」

 おい、待てよ。


 少し離れた空間が歪んで、4つの人影が現れる。

 すぐに2人は姿を消した。

 後に残されたのは凶悪な笑みを浮かべたセディとベティ。

「待て、話せば分かる」

 セディが無造作に距離を詰めると俺をぶっ飛ばした。


 -おしまい-


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