第63話 会談

 案内された部屋はこれまた豪勢な部屋である。

 左右の壁には大きな絵が飾られていた。

 たぶん有名な画家の手によるものだと思うが、そうじゃないにしてもこのサイズなので製作には手間暇がかかっているに違いない。

 当然価格も相当なもんだろう。


 奥側には椅子が三脚あり、その向こうに馬鹿でかい重厚なデスクがあった。

 さらにその奥はヒダをたっぷりと取った分厚いカーテンと窓がある。

 昼間ならさぞや華麗な庭が見えるのだろうが、日の暮れた今では俺たちに姿を映し出しているだけだった。

 それもそのはず、室内は天井から無数のランプで照らされ真昼のように明るい。


 窓とデスクの間にはがっしりとした体つきの初老の男性が立っていた。

 俺たちを案内してきた男は足音を立てずに壁際に下がる。

 足元もフカフカの絨毯だった。

 俺たちと初老の男の視線が交錯する。

 しばらく沈黙が続いたが、男が先に会話の口火を切った。


「良く来てくれた。私はイーサン・ジロンドと言う」

 良く通る人に命令するのに慣れた声が響く。

 ふーん。ここ首都アールデンで知られた屈指の実業家か。

 そう言えば、オリベッティのおっさんに随行していった何かのパーティで見たことがあるような気がする。


「まあ、かけてくれたまえ」

 俺はさっさと歩み寄り椅子に腰掛けた。

 これまた手彫りで細かな細工がされている高価そうな椅子である。

 背もたれが高いが、細身なので着剣したまま座れるようになっていた。

 ケツが当たる部分の革張りの感触も、十分な詰め物がしてあるのか申し分ない。

 左右の椅子にセディとベティも着座した。


「俺たちのことは良く調べてあるだろうから自己紹介は省略させてもらうぜ。お互いに忙しい身だ。それで、用件を聞く前に人払いをしてほしいね」

「ああ、彼は私の秘書だ。当然今日の話の内容は事前に知っている。同席は容赦してもらえると有難い」

 俺はチラリとセディの方に視線を向ける。


「20かな」

 次にベティに目をやると首を傾げた。

「数まではちょっと」

 俺はイーサンにニンマリと笑いかける。


「まあ、俺のような無頼漢と会うのに人数を揃えたいという気持ちは分からなくはねえが、見えないところに人数を伏せておくというのは感心しねえな」

「何のことです?」

「そこの窓は立派だな。結構値段もしそうだ。2千ギルダぐらいか。試しに吹き飛ばしてもみていいかい。相棒はこれ見よがしに構えたりしねえが、今の姿勢から撃つのに瞬きする時間しかかからねえよ」


 俺とイーサンが睨み合う。

 緊張は秘書が破った。

「申し訳ありません。私の一存で勝手なことをしました。失礼します」

 秘書は近くの背の高い窓を開けると外に出ていく。

「解散しろ!」

 大きな声が響いて大勢が動く気配がした。


「これは失礼した」

 イーサンは顔色一つ変えずに言う。

「いえいえ。当節、人を使うというのも大変だろうぜ」

「どこも優秀な人材なら引く手あまたでしょう」

「なんだ。俺たちを雇いたいって話だったのか?」


「いえ、今日お招きしたのは、とある筋からの依頼の仲立ちをするためです」

「へえ、あんた程の大物に使い走りをさせるとはよほどの相手だな」

 俺の当てこすりにも全く反応しやがらない。

 いい加減面倒になってきたが短気は損気とこちらから問いかけるのは我慢する。

 別に聞きたくはねえけど話をしたければ聞いてやるぜ、という姿勢を示した。

 周囲の人間が忖度してくれるのに慣れた権力者には地味に効くはずである。


 俺はあごひげを爪でぴっと抜く。

 すげえ、普通のやつより3倍ぐらい太くて立派だ。

 取っておいて後でセディに自慢しようかな。

 絶対に呆れると思うけど、少しは面白がってくれそうな気もする。

 2本目に足りかかろうとしたところでイーサンが重い口を開いた。


「あなたと手打ちをしたいと言っている」

「ほーん。で、本店、支店どっちの意向だ? ああ、聞くまでもない。そりゃあ支店だよな。流石に俺に本店が関心を示すことはないだろう」

「そうでもないようですよ」

 イーサンの野郎、嫌な含み笑いをしやがる。


「まあ、いいや。手打ちってんなら別に構わないぜ。そっちが手を出してこないなら、俺は何もしない。そう伝えておいてくれや。これだけのことを伝えるのに大仰なこった。じゃあ、帰っていいかい?」

「ちょっとお待ちください。そんなに簡単に言われても困ります」


「いやいや、交渉成立だぜ。困ることはないだろ? それともあれか。僕はもう怒ってないよ、キャピ♡って血判状を書いて欲しいのか?」

「なんだよ、キャピって」

 さすがにツッコミを我慢できなくなったのかセディが呟いた。

「可愛くていいだろ。敵意がない感じがするじゃねえか」


「失礼。つまりは提案を真面目にはとらえて頂けていないということですな」

 イーサンはこれっぽちも申し訳ないという感じをさせない声を出す。

「そんなことはねえよ。マジもマジ、大マジさ。だけど、こういう約束にどうやって信用力を持たせるんだ? 所詮は紳士協定だろ。俺の言葉が信じられないならそれまでさ」


「ですから、先方は詫び料をお支払いする用意があると申しております」

「いらね」

「は?」

 間髪入れぬ返事についに許容量の限界を超えてしまったらしい。

 イーサンの声のトーンが微妙に変わっていた。


 自分で言うのも変だが俺みたいなのの相手も大変だよな。

 行動理論が商売人と根本的に異なるから理解しがたいだろう。

「俺がもらう筋合いの金じゃねえし、今後の俺の行動を縛るものなら受け取りは御免被る」

「手打ちに乗り気ではないと思われるかもしれませんぞ」


「なら、元の状態に戻るだけじゃねえか。そうでもねえか、今後俺と俺の周囲につまらねえちょっかいがあって誰の差し金か分からねえときには、この話を持ち掛けてきたところを有力候補と考えさせてもらうぜ。まあ、あんたも使い走りなら使い走りらしく俺の言ったことを片言隻句も漏らさず伝えりゃいい」


 俺は両脚に勢いをつけて立ちあがる。

「ああ、面倒な役目をさせられているあんたには同情するぜ。俺みたいな風来坊に同情されること自体がムカつくかもしんねえけどな。そうそう、見送りは結構だ」

 俺、ベティ、セディの順に部屋を出た。

 玄関ホールには秘書の男が何事もなかったかのように佇立している。


「どちらまでお送りしましょうか?」

「んじゃ、元の場所まで頼もうか」

 建物を出ると先ほどの馬車に乗り込んだ。

 走り出すとセディが苦情を言う。


「もうちょっと言い方ってものがあると思うんだけど」

「イーサンが気分を害するってか? 大丈夫、もともとしがらみで引き受けざるを得なかった話だ。俺みたいな小者のことなんざ明日には忘れているよ」

「私やベティさんにも迷惑が及ぶかもしれないんだよ」


「そのときは思い知らせてやれよ。背後にいるダナンと違って金はあっても武力はねえんだ」

「そのダナンと組まれたらどうするのさ?」

「だから、アガタ王国内で活動するエージェントが次々と俺たちによって邪魔されて困ってるから今日の会談になったんじゃねえか。あいつらはプロだ。コストに見合わねえ俺たちにちょっかいは出さねえよ」


「ヒトはそこまで合理的な判断で動くとは思えないけど」

「今日、これだけ手間暇をかけたこと自体がメッセージさ」

「まあ、軍人のオトールがそう言うなら一応そう信じてあげるよ」

 セディが話を切るとベティが話しかけてきた。


「よく窓の外の人数分かりましたね」

「俺も人数までは分からなかったよ。セディが20っていうからそうだろなって顔をしただけで」

「なあんだ。私だけ鈍いのかと思っちゃいました」

「気配に気づくだけで上等さ。セディが凄すぎるんだよ」


「詫び料を受け取らなかったってのは、ダナンのお金を受け取るとまずいからですか?」

「それもあるけど、さっき言った通りだぜ。将来の行動を縛られる金はいらねえ、ってだけさ。イーサンも意外とこういう呼吸が分かってない」


「どういうことです?」

「なんか適当な仕事を俺らに依頼して、それに上乗せする形で報酬を出せば良かったんだよ」

 セディがしたり顔で頷く。

「そう。オトールは結構面倒くさいんだ」

「そりゃ違いねえ」

 俺が応じると、3人で顔を見合わせて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る