第62話 招待と尾行
「どうも時間と待ち合わせ場所を書き間違えられたようですな」
「こういうのはあんまりしつこいと嫌がられるんだぜ」
俺は詳しいんだ。
「こちらにも事情がありまして」
「そうかい。俺にもこれから酒を飲むっていう大事な用事があるんだがな」
「あまりお手間は取りません。あなた様にとっても悪い話ではないかと」
俺たちはこういうこともあろうかとバッチリ武装している。
「だってよ。どうする?」
「毎日つきまとわれるのは良い気がしないね」
「師匠にお任せします」
まあ、招待に応じるなら今かもしれないな。
「じゃあ、せっかくなので御招待に応じようじゃないか。あんたに言ってもしょうがないが、もし、つまらねえ話だったら後悔することになるぜ」
「分かっております。それではこちらにどうぞ」
男は大仰な動きで体を四分の一ほど回転させて道を譲る。
その先にはガラガラと音をさせて立派な四頭立ての馬車が止まった。
まだ日は落ちていない。
それなのに馬車を使えるということは、とんでもない額の許可料を支払っているということになる。
俺を先頭に馬車に近づくと派手な衣装を着たフットマンがさっと扉を開けた。
中は無人か。
俺は脇に寄ってベティに場所を譲る。
「遠慮しなくていいぜ。さっさと乗って用件すましちまおう」
「ありがとうございます」
ベティはレイピアを外した。
ふかふかのクッションじゃ腰が沈み込むし、いざというときを考えてもその方がいいな。
俺も剣を外して続く。ベティは奥側の後ろ向きになる位置に座っていた。
その横に腰を降ろすと、セディが乗ってきて俺の向かいに座る。
扉が閉まって二度ほど車体が沈んだ。
派手男が御者台に乗り、フットマンが後ろのステップに足をかけたのだと思われる。
鞭の音が響いて馬車が動き出した。
セディは向かいの席で神妙な顔をしている。
あ、この顔は絶対ろくでもないことを考えていやがるに違いない。
視線が左右に動いたところからすると、俺とベティが並んで座るのを見て勝手に何か妄想しているのだろう。
夫婦で仲良く観劇にでも出かけているところかなにかに見立てる想像をしているんだろうな。
「ベティ。後ろ向きだと車酔いしやすい。向かいの席に座ったらどうだ?」
「あ、大丈夫です。それほど長い距離じゃなさそうですし」
「遠慮するな」
俺は手を取って席を移動するように促す。
「それじゃお言葉に甘えます」
うんうんと満足げな笑みを浮かべていたセディも腰をあげた。
「オトール。席を替わるよ。さっきまでフラフラだったのだからこっちの方がいい。酔いが戻ってきて粗相をしたら迷惑だからね」
「迎え酒できるぐらいには回復したからもう大丈夫だ」
俺の体を気づかっているようだが真意はミエミエなんだよな。
「まあ、そう言わずに。オトールが意地を張ることないんだからさ。ベティさんみたいに素直になりなよ」
俺の腕を取って立たせるので、面倒くさくなって素直にしたがった。
セディのやつ、お互いの位置を入れ替える際にベティの方へと俺の体を押しやがる。
席に座る際に肩と肩が触れあった。
「すまん」
謝るとベティは淑やかに笑みを浮かべる。
もぞりと尻の位置を動かして、少しだけ距離を開けた。
あー、向かいの席のしたり顔が腹立つぜ。
背もたれに思い切り体を預けて天井をみた。
揺れを吸収する仕掛けにランプがぶら下がっている。
ランプ1つとっても金がかかっていた。
「ちゃんとついてきているかな?」
「何の話です?」
「金魚のフンみたいにしつこくついてきていた尾行者さ」
「いいのかい? そんなこと言って」
「もちろん。聞かれて困る話じゃないし、たぶん気がついているだろ」
「師匠。それって、この馬車の関係者以外も尾行をしていた人たちがいるってことですよね。一体誰が?」
「いやあ、人気者は辛いね」
俺のセリフにセディがひげを動かす。
「よく言うよ。内心は面倒だと思ってるくせに」
「そりゃオッサンに執着されてもな。だいたい、関わるとろくな目に遭わない相手だぜ」
ベティが理解したという顔をした。
「そういうことですか。あの人なんですね」
「別に名前を伏せなくてもいいぜ。外にいる連中に聞かれても問題ない」
「オリベッティさんがどうして師匠を?」
セディがクスクス笑う。
「それはオトールが逃げだそうとしてもすぐに追跡できるようにさ。軍本部から出てきた後の態度からすると間違いなく逃亡する算段をしているよ」
以心伝心というのも良し悪しだな。
まあ、バッチリ図星なんだが。
「ということでだ。このお誘いにはトラブルの臭いしかしない。ここを離れる口実になれば万々歳ってわけさ」
「了解しました」
ベティが弾んだ声を出す。
「ベティさん。なんだか楽しそうだけど?」
「はい。何が起こるか楽しみです」
返事を聞いたセディが微妙な表情になった。
「ああ、そう……」
セディめ、ベティさんが朱に交わり過ぎているのを案じているな。
そりゃ見当違いってもんさ。
「セディもワクワクしているだろ?」
「どうして私が?」
「そりゃ、俺とつるむようなのは頭のどこかがぶっ壊れてんだよ。まともなやつはとっとと逃げ出す」
「自分で言っていて悲しくない? それに私も同類と思われるのは不本意なんだけど」
「そんなこと言われてもなあ。少なくともオリベッティのおっさんとか俺らを知る人間にはセディは俺の相棒って認知されてるぜ」
「それはそうかも知れないけど。別に同類じゃなくてもペアは組める」
「まあな。セディの方が俺なんかよりは人物ができてる。そりゃ間違いねえ」
「比較の対象がオトールじゃあね」
「俺なんかよりもずっと紳士的だし、性格は真面目だ」
なんだかセディのやつ急に神妙な面持ちになりやがった。
「オトール。私から金を借りたいとかそういう話かい?」
「なんでそうなるんだよ。まあ、いいや。セディは立派だ。でも、根っこじゃ俺と変わらないのさ」
「なんの論証も根拠もない説明ありがとう」
「いいじゃねえか。こういうのは……、どうやら目的地についたみたいだな」
一度停車した馬車は門が開く音とともに走り出す。
やがて減速して完全に停止した。
車体が傾ぎ元に戻る。
「到着にございます」
声が響くと扉が引き開けられた。
さっとフットマンが脇にどく。
俺はさっと馬車から躍り出る。
周囲の気配を探って特におかしいところはないのを確認済みだったが念には念を入れておかなきゃな。
剣を腰に吊るすとベティに手を貸してやる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そんなやり取りをしながらもベティは馬車を背にして立っていた。
周囲を物珍しそうに観察している。
「随分と立派なお屋敷ですね」
「ああ、そうだな」
ベティもレイピアを腰に戻した。
それを合図にしたかのようにセディも魔法銃を手にしてさっと馬車から飛び降りる。
さすがに引き金に指をかけてはいなかったが、いつでも撃てる態勢なのは間違いなかった。
立派な服装をした男が先頭に立つ。
数段の階段を上ると中からさっと扉が押し開けられた。
警戒されているのを理解しているのか、男はどうぞと言いながら先に中へと入る。
豪華な玄関だった。
天井から馬鹿でかいシャンデリアが下がり、周囲を照らしている。
左右に扉があり、その横に玄関ホールを取り巻くように2階へと続く階段があった。
男はそのまま正面へと進んでいく。
正面の壁の分厚い扉を慇懃な態度でノックした。
「お客様がお付きです」
さて、何がでてくるのやら。
俺たちは開いた扉から男に続いて中へ入っていった。
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