第58話 大宴会
「ということで、あまり長い挨拶しても早く飲みたい皆さんを待たせるだけなので。というか、俺も早く飲みたい」
俺の言葉に笑い声が起こる。
「皆さんのご協力により、不届き者を捕まえることができて感謝しています。本日はそのお礼を兼ねた祝賀会なので遠慮なく飲み食べしてくれよな。それじゃ乾杯!」
次々と唱和の声が上がって杯が掲げられた。
俺はクイとグラスを空けると着座する。
すぐに次の一杯が差し出されたので受け取りぐっと呷った。
なにしろこれからは俺が知らない間に世話になった方々に挨拶をしなければならない。
まずはサマラーンなどの西方諸国の出身の人々だ。
祖国を荒らしていたキャプテン・マローンの一味を掃討した俺たちはちょっとした有名人となっている。
俺たちの功績はここ首都アールデンまで到達していた。
その名声を活用してオリベッティからの手紙をだまし取ったニセ士官捜しをセディが依頼したという次第である。
あいにくとアールデンに滞在する西方諸国の人々に若い女性は多くない。
そのせいか俺と熱い一夜を過ごそうという申出がなかったのは残念だった。
それでも故郷に残してきた妻や子供、妹に危害が及ばなかったことに対して礼を言われる。
「ほんの恩返しのつもりで協力させてもらいました」
「いやあ、恩返しだなんて。あいつを見つける手助けをしていただいて助かりました」
「いえいえ、人相書きを配っただけですから。そっくりな顔を描かれたベティさんのお手柄です。まさに才色兼備ですね」
横にいるベティは少しはにかんで頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、褒めすぎですよ」
で、なんで当人でもないセディのやつが誇らしげにしているんだか。
こんな会話を繰り返すうちに、話し相手の顔に浮かんでいるものに気がつく。
あ、これは結婚式で若いカップルを目にしたときに浮かべるやつだ。
なるほど。
そりゃ若い女性からのお誘いがないわけだな。
周囲から俺たちはそういう目で見られているのか。
いやまあ、魅力的なベティのパートナーとして相応しいと思われるのは光栄なことなんだろうけど……。
西方諸国の人々の次はバルクーダ人の一団が俺たちを待ち構えていた。
挨拶もそこそこに口々に次の仕事の際には声をかけてくれとアピールしてくる。
なんのことだと思っていたら、ンジャーニが俺のことを太っ腹な雇い主と吹聴したらしい。
しかも、とても幸運な男だとかなんとかとも喧伝したとのことだった。
確かにあの一件ではンジャーニに多めに金を渡しはしたけど、別にいつでも金払いがいいわけじゃないんだがな。
あまりに真剣な態度に笑顔がひきつってしまった。
俺の幸運にあやかろうというのかやたらと俺に触ろうとするのにも閉口する。
肩に触れたかと思うと恐らく抜けた頭髪と思われるものを大事そうにつまみ上げていた。
え、呪いをかけるのに使ったりしないよな?
ベティとセディが両脇を固めて居なかったら髪の毛を抜くやつもいたかもしれない。
なんというかこういうところなんだよな。
バルクーダの人々が忌避されがちなのは。
ンジャーニはそういう面では付き合いやすかった。
まあ、余計な噂を振りまいてくれたのは勘弁して欲しかったが。
他のお客さんにも挨拶をしなければいけないと言って一団から離脱する。
「師匠、大人気でしたね」
「女性なら良かったのにという顔をしているよ」
「うるせえ。あれは女性がやっても引くぜ」
次に向かったのは繊細な容姿をした数人のグループだった。
賑やかな店内でもそこだけは静謐な雰囲気を保っている。
エルフの男女が静かに食事をしていた。
「やあ、楽しんでます? 騒々しいところですいませんね」
声をかけると優雅な動きで立ち上がり挨拶を返してくる。
一人の男が代表して話をした。
「シルヴァンは私の弟の子になる。シルヴァンの探し物を手伝ってもらいオトール殿には非常に感謝しています」
ヒトの多い場所に居を構えるだけあってエルフにしては社交的な男と礼を述べあいお互いの健康を祈る。
和やかに話をしているとシルヴァンの伯父は、目元に悪戯を思いついたような色を浮かべた。
「そういえばオトール殿は宝の地図に造詣が深いと伺いました。最近手に入れたものですが労力をかける価値があるか不明なのです。こちらをご覧頂けますか?」
横にいるセディがさり気なく俺の脇腹を小突く。
痛い。ちょっと力入れすぎだろ。
もう俺が作ったものはもう残っていないはずだぜ。
笑顔を作ってシルヴァン伯父に応ずる。
壁際の柱の陰で取り出した地図を拝見した。
ふう。
俺の作ったものじゃない。たぶん。
良く見ようとかがみ込む俺にシル伯父がささやく。
「あなたに深い関心を抱いている連中がいます。お気をつけて」
「ふーん。で、こいつの出所はどこなんだ?」
「エスト」
「そうかい。なかなか興味深いが真贋の見極めは難しいな。いいもん見せてもらったよ」
エストはエルフの言葉で東を意味する。
つまりは地図にかこつけてダナン共和国の奴らが俺を狙っているという警告をしてくれたわけだ。
「もしご興味がおありでしたらお譲りしますが」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
やれやれ。
ダナン共和国に関しては胸に手を当てて考えるまでもなく思い当たる節しかない。
でも、仕掛けてきたのはあちらからだし逆恨みもいいところだぜ。
こういう場に相応しくない渋い顔をしていたのだろう、セディが声をかけてくる。
「まさか、またオトール画伯による作品が見つかったわけじゃないよね?」
「うんにゃ。ちょっと考え事をしていただけだ」
礼を述べてその場を離れた。
せっかくのご馳走と美味い酒があるのに辛気臭くしていては失礼ってもんだ。
一通りの挨拶が終わったので、俺たちも主卓につくことにする。
さすが大金を払っただけのことはあった。
左隣では黄金の魚亭という名前に負けない数々の魚料理にセディが目移りしている。
ニシンの燻製にタラのフライ、マスのソテー、ウナギの蒸し焼きに鯛の塩釜焼と所狭しと並んでいた。
一方の右隣りでは、ドレスアップをしたベティが泡の弾ける黄金色の葡萄酒の入ったグラスを上品に傾けている。
どこぞのお嬢様がご降臨されたと言っても通じそうな気品を漂わせていた。
俺が良く知らない若い男に名前を呼ばれてグラスを掲げている。
相手はなんか甘ったるい笑みを浮かべた野郎だった。
「なあ、ベティ。今飲んでいるそいつを俺にもくれないか?」
「あ、いいですよ。ちょっと待ってください」
ベティは身体を伸ばして少し離れたところのボトルを手にする。
俺の持っているグラスを見て微笑を浮かべた。
「そのグラスで飲むんですか?」
「ああ。少しばかり混じっても俺は平気なんだ」
「それもそうですけど、ちょっと大きすぎません?」
確かにベティの手にしている細長いものの3倍は入りそうな大きさがある。
それでもベティはそれ以上は何も言わずに注いでくれた。
鼻を近づけて香りをかぐ。
「いい香りだ。と言っても良し悪しは俺にはよく分からないけど」
「繊細な味がしますよ」
グラスを傾けて口に含んでみた。
うん。酒だ。
残念ながら俺には酒の細かな違いは分からない。
まあ、いけ好かない野郎が離れていったので目的は達成できた。
「そういや、さっきも聞いたがあの偽者を捕まえるのにベティの似顔絵がすごく役に立ったんだよなあ。助かったぜ」
「そんな、改まっていうほどのことは何もしてないです」
ベティは謙遜してみせる。
「いやいや、とっつかまえてみれば本人に生き写しだったぜ。あの手配書のお陰ですぐに見つけ出すことができたのは間違いないさ」
「だったら良いんですけど。少しぐらいはお役に立たないとね」
「すげー役に立っているぜ」
俺は手にしたグラスを掲げるとベティも同様にして、触れるか触れないかという位置まで寄せてきた。
俺はグラスを引き寄せるとぐっと飲み干す。
「師匠。ペース速すぎです」
「そうだよ。オトール。少しはベティさんのきれいな飲み方見習いなよ」
セディが横から首を突っ込んできた。
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