第57話 無心

 ドルネーの拠点を潰す手伝いをした二日後、俺たちはとある民家を訪問する。アールデン市の郊外に位置するごく普通の一軒家だった。ノックをして家主に扉を開けてもらっても良かったのだが、とても熱烈に会いたくて少しも待てない気分だったので、もっと直接的な方法を取る。


「セディ、頼むぜ」

 魔法銃から光が伸びて鍵がある部分に穴を開けた。ドルネーの屋敷と違って蝶番まで吹っ飛ばす必要はないだろう。俺は物陰から走り出ると、穴に手を突っ込んで扉を引き開けた。


「なんだてめえは?」

「名乗るほどのもんじゃねえよ。ダナン共和国の手先の皆さん」

 俺の呼びかけに四人の男は顔色を変える。

 その間に俺は距離を詰めて手足を繰り出した。


 一人の顎を下から拳で振り抜く。

 派手にぶっ飛んだそいつとそれに巻き込まれたもう一人は無視して、別の一人の腹に回し蹴りをくれてやった。

 最後の一人はセディに魔法銃を突きつけられてバンザイをしている。


 俺にぶん殴られた男がぶち当たった奴はすたこらと裏口を引き開けて逃げ出す。

 そしてすぐに片手をもう一方の手で押さえながら後ずさりして戻ってきた。

 裏口にベティが姿を現す。

「さあ、大人しく中に入りなさい」


 準備してきた荒縄で四人を要領よく縛り上げていった。

 表の扉をぶち破ってから、時間にしてエールをのんびり一杯やるぐらいしか時間がかかっていない。

「自分で言うのもなんだが、妙に手慣れているのが怖いな。押し込み強盗を生業にしているんじゃねえかって思い始めちまうぜ」


「オトールが言うと冗談に聞こえないね」

「いやあ、道を踏み外したらそういう人生もあったかもな。意外とそっちの方が大成してたりして」

「前科は贋作づくりだけで十分だよ」


 おっとまた藪をつついて蛇を出しちまったか。

 折角、偽の宝の地図の話題を忘れていたようだったのに思い出させてしまったようだ。

 俺は慌てて縛られている連中に要求する。 


「あー、ということでだ。五千ギルダほど融通してもらえるかな?」

「それで見逃してくれると言うのか?」

「うんにゃ。俺の用が済んだらリボンを付けて軍本部に引き渡す」

「それじゃあ、何のメリットもないだろ。ふざけるな」


 俺はにやりと笑って一人の男の肩に手を回した。

「なあ、あんたは一応軍に所属していたから知っていると思うけど、我らが王国の誇る軍の収容施設には色々とランクがあるよな」

 男はびくりと体を震わせる。


 こいつはオリベッティのおっさんから預かった手紙の名宛人を騙った男だった。

 一応は本物のアガタ王国の軍人である。

 かねてから隣国のダナン共和国に鼻薬をかがされていて小遣い稼ぎをしていたらしい。


 そして、今回は俺を騙して手紙を巻きあげるように依頼を受けたというわけだった。

 この場にいる残りの三人はその取引の相手方である。

 つまりは俺が留置場に滞在させられる原因を作った連中というわけだった。


 本当ならとっととずらかっているはずだったのだが、俺を釈放するためにセディやベティが似顔絵をバラまいて人探しをしたせいで身動きが取れなくなっている。

 隠れ家に潜んで脱出の機会を窺っているところに、俺たちが乗り込んできたという次第。

 もちろん俺の目的は王国に弓を引く者の捕縛ではなく迷惑料の徴収である。


 アールデン市で美味いと評判の料理屋を貸し切って飲めや歌えやの宴会をするのに必要な金額を聞いたところ五千ギルダだった。

 ごく普通の一家四人が一年間生活できる金額である。

 それだけ豪勢な歓待をしてくれるなら、俺も恨みを忘れることにやぶさかではない。

 

 男は俺の顔を見ながら聞いてきた。

「つまり、比較的平穏な収容所に入れるように取り計らってくれるということか?」

「そこまでは約束できんな。俺の影響力を行使しまくってお前たちを最低ランクの収容所に送り込むのをやめてやるってとこかな。何しろ、いつでもなぜかんだよなあ、あの収容所」


 男は目を見開いて俺の言った意味が通じた様子をみせる。

「分かった。ちょっと我々だけで話をさせて欲しい。私はいい取引だと思うが金を持っているのは彼らなのでね」

「そうかい。じゃあ、さっさと説得するんだな。近所の通報で巡視隊でも来たら取引はできなくなるぜ」

「分かった」


 俺は四人から離れてセディとベティのところに向かった。

 ベティが小声で聞いてくる。

「ねえ、師匠。彼らからお金を受け取ったりして大丈夫なんですか?」

「んー、どうだろうな。まあ、問題はないんじゃねえか」


「でも彼らってダナンのスパイと内通者なんですよね」

「そうだな」

「そんな相手からお金を受け取ったら一味だと思われるんじゃないですか? 後で当局にそのことをバラされたりとか」

「バレなきゃ問題ない」


 セディはやれやれという顔をするが口は挟んでこなかった。

 俺はベティに説明する。

「どうせ奴らがここに隠し持っている金は王国に没収される。だから奴らにしてみれば俺に払おうが払うまいが金の行き先が変わるだけなのさ」


「それはそうですけど」

「後から俺に金を払ったと言いだしたところで証明のしようもない。まあ、以前だったら俺が急に五千もの大金を使ったら出所を怪しまれる。でも今は俺は魔術師協会の仕事を見事に果たして報酬を受け取ったばかりだからな。その一部を使ってどんちゃん騒ぎをしたところで『後先考えないあのバカだしな』で終わる」


「それだけの金があるんだったら何もあの連中から奪わなくてもいいと思うけどねえ」

 ようやくセディが口を開いた。

「なあセディ。あの北の方のクソ寒い中で話した内容を忘れたのか? 他人の金で豪勢に飯を食おうって。それを励みに頑張ったんじゃねえか。俺はあいつらから金を貰う正当な理由がある」


「私の報酬から出しても構わないよ」

「師匠、そういうことなら私も出しますよ」

 二人のセリフを俺は否定する。

「それじゃ、駄目だ。お前達は相棒であって他人じゃねえからな」


「それを言われちゃうとねえ」

「え? 私も相棒ってことでいいんですか?」

 僅かに頬を緩めるセディとあからさまな喜びの表情を浮かべるベティを眺めながら、俺は大きく頷いた。

 よっしゃ。説得成功だぜ。


「それで、軍の収容所の酷いところってどんなところなんですか?」

「うーん。とにかく酷い。何がどう酷いかはちょっとベティには言えない」

「えー、教えてくださいよ」

「勘弁してくれよ。こんな俺でもレディに話せないってことはあるんだからさ」

「それって、つまり、そういう……」


 ちょうどタイミングよく虜囚連中から声がかかった。

 俺はこれ幸いと俺を騙した男のところに戻る。

「で、結論は?」

 男は金の隠し場所と取り出す方法を白状した。

「なんなら全額持っていってもらっても構わないですよ」


 俺は早速聞いた場所に向かって千ギルダ入った袋を五つだけ持ってくる。

 隠し場所にはまだ相当残っていたが手を付けなかった。

 俺が五袋しか手にしていないことに男は意外そうな顔をする。

 まあ、これはケジメの問題なんでね。


 それに現実的な別の理由もある。

 ダナン共和国のスパイの拠点に活動資金が全然ないというのは当局から変だと思われてしまうだろう。

 大金が残されていれば五千ギルダが無くなっていることに気づきすらしないはずだ。


 俺は五千ギルダをベティに預ける。

「それじゃ、ベティ。先に宿に戻っていてくれ」

「分かりました」

 これで万が一軍本部で所持品検査をされても問題ない。

 俺とセディはスパイ連中を離れた場所に待たせておいた馬車に引き立てていった。

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