第55話 大乱戦

 俺とセディの視線が交差する。

 セディの魔法銃から光条が伸びた。全てがゆっくりと動いている。

 ゾッドが笑みを浮かべ、ベティは声にならない叫びをあげた。

 俺は剣を顔の前に立てる。


 青い光は剣に吸い込まれて消えた。

 ゼンカーディが俺に遺してくれた剣は本当に優秀だな。

 握りを弄りながら剣を振り抜く。

 剣から放たれたものが直撃し、ゾッドが血を吹きながら真っ二つになって倒れた。


 同時にセディは結晶を入れ替えながらホールの奥に向かって駆け出している。

 高くそびえるオベリスクの前の空間が歪んでドルネーが姿を現した。魔女でも転移酔いはするらしい。その青ざめた顔がみるみるうちに紅潮する。

「留守宅にネズミが……。あの老いぼれ共の差し金ね!」


 その時、横手に回り込んでいたセディが魔法銃を放った。

 目蓋の裏にしばらく焼き付くような眩く質量感を伴った白銀色の光線がホールを貫く。

 そして俺の位置から見えない何かにぶつかった。

 ドルネーの顔が歪む。

 余裕は消え失せ、矢継ぎ早に何かを唱え始めた。


 オベリスクの前がドルネーが転移してきたときよりも大きく歪む。

 魔術師協会の面々が姿を見せた。

 ドルネーは目の前に作り上げていた赤い球体を魔術師達に叩きつける。

 表面を黒い蛇のようなものがのたうついかにも危険そうな球体が大爆発を引き起こした。


 煙が晴れると魔術師たちが倒れ伏している。

 はあ? ふざけんなよ。あれだけ大口叩いておいて、魔法一発でオネンネとかありえないだろ。

 ドルネーが哄笑をあげた。

「次はネズミの番だ。さて、どいつから……ちっ」


 ドルネーの顔目がけて飛んできた氷の柱を左手の一振りで砕く。

 オベリスクの方を見ると魔術師たちが散開して呪文を唱えていた。

 ああ。さっきのは幻覚か。

 全く紛らわしいことしやがるぜ。

 とりあえず、俺たちはお呼びじゃないのは確実だ。こんな規格外の魔法の打ち合いに巻き込まれたら命がいくつあっても足りやしない。


 セディとベティを連れて脱出しよう。そういえばベティは?

 真っ二つになったゾッドの側の床に倒れていた。

 そちらに駆け寄ろうとすると、ドルネーが指を鳴らす。

 とたんに床が抜けた。

「どわっ」

 変な声が出て俺は建物二階分ほどを落下する。


 なんとか姿勢を保ち足から着地した。

 ドルネーと魔術師たちの戦いを横目に状況を確認する。

 セディとベティはどこだ?

 見回すとセディがベティを床にそっと置くところだった。

 側に駆け寄るとベティは血まみれで意識が無い。


 セディがじろりと俺を睨んだ。

「弟子の面倒を見るのは師匠の仕事じゃなかったのかい?」

「いや、すまん。正直俺も余裕が無かった」

「まあ、いいけどさ」


 よく見ればベティの胸はゆっくりと上下しており、頬に触れてみると身じろぎする。

 良かった。

 命に別状はないらしい。

 ほっとするとセディが警告の声を発した。


「オトール」

 それと同時に魔法銃が放たれる。

 顔を上げるとでかい斧を持った筋骨隆々とした何かが頭を吹っ飛ばされたところだった。

 さらに周囲を見ると、変異種と魔術師たち、ドルネーの三つ巴でバトルロワイヤルが展開されている。

 ドルネーのやつ、変異種を全部はコントロールできていないじゃないか。

 こいつはやばそうだ。


 俺はベティを壁際まで引きずっていく。

 隙間に体を押し込むとその上に覆いかぶさった。

 俺の頭の側にセディが片膝立ちで銃を構える。

 周囲に油断なく視線を送りながらセディは尋ねてきた。


「魔術師たちに加勢しなくていいのかい?」

「そいつは契約外だぜ。それにあんな化け物連中の戦いに首を突っ込むのは、おっちょこちょいの馬鹿野郎だけだ」

 セディはうんうんと頷いている。

 相棒、意見の一致をみたな。


「自己紹介どうもありがとう」

 抗議しようとしたら、俺の体の下でベティが苦しそうな声をだした。

 目を開くとぼんやりとしながらも笑みをみせる。

「師匠、やっとその気になりました?」

 俺は体を起こすとベティの前髪を整えてやった。


「怪我は無いんだな?」

「あいつにちょっと斬られただけです。返り血を一杯浴びちゃいましたけどね。滅茶苦茶グロかったです」

「ああ、そいつは悪かった。あのときは夢中でな」

「分かってます。それで、まだ全部片付いたわけじゃないんですよね?」


「その通り。あいにくと規格外の連中のドンパチに巻き込まれないように縮こまっている最中だ。そのまま姿勢を低くしてろ」

 面倒くさいが立ち上がって剣を構える。

 ちょうど魔法の流れ弾が飛んできたので、剣で受け止めた。

 今までは感じたことがない振動が剣から伝わってくる。

 こりゃあ相当強力な魔法らしい。


 目の前で繰り広げられる激戦を眺めながらセディとの会話を再開した。

「なんかさっきすげー酷いことを言っていなかったか?」

「そう? 何の話だっけ?」

「おっちょこちょいの馬鹿野郎が俺の自己紹介ってやつだよ」


 セディはクスクスと笑う。

「だって、そのままじゃないか」

「いま戦ってるのは巻き込まれて仕方なくだろ」

 前に出て再び魔法を受け止めた。

 なんか容量一杯になっている気がして、でかい図体の合成獣キメラに向かって剣を振る。


 カチンコチンに凍ったと思ったら、蛙の姿になり、そしてバラバラに砕け散った。

 ちきしょう。少なくとも片方は蛙の魔女ベガの魔法じゃねえか。

 犯人の姿を探すと黒い帽子をひょこひょこさせながら魔法を元気に放っていた。

 魔法が命中すると相手は蛙の姿に変わる。魔法の対象はきっと変異種だと思うんだが効果の発揮には全然関係がなさそうだった。

 とんでもねえ魔法だな。


 床が抜けて変異種を集めていた地下室に強制的に移動させられ、当初は魔術師側も混乱していたが、徐々に優劣が明らかになってくる。

 さらにダメ押しで数名の魔術師が転移してくると、勝敗の天秤はさらに大きく傾くことになった。


 魔術師の中にはまったく攻撃行動を取らないものがいると思っていたら、ドルネーが憎々しげに叫んだので理由が明らかになる。

「くそっ。転移ができない。オベリスクに何をした!」

 仕掛けはよく分からないが転移を妨害する魔法をかけているようだった。


 次々に変異種が倒され、あとはドルネーを残すのみとなる。

 ただ、そこからも少々しぶとかった。

 サークレット、イヤリング、ネックレスに、腕輪と指輪、ドルネーは色んな装身具を付けていると思っていたが、これが全部魔法の品だったらしい。


 ドルネーに向かってくる魔法を消去し、指から光の矢を放って、魔術師の一人の肩を貫きさえした。

 だが、この局面になると手数がものを言う。

 他の魔術師が絶え間なく魔法を投げつけドルネーの注意を引きつけている間に、魔術師協会長の爺さんが詠唱を完了した。


 ドルネーを中心に見えない暴風が吹き荒れる。

 まだ魔力を使い果たさずに残っていた魔法の品が一斉に弾けて粉々になった。

 服の下に隠し持っていたものもあったようで、服もあちこちが破れて肌が露出する。


 セディがため息をついた。

「オトール。鼻の下」

 おっと、思わず凝視しちまったらしい。いやあ、実際の年齢は知らんけれども、見た目としちゃなかなか立派な胸をしてるもんだからさ。


 最後にベガが高らかに呪文を唱えると、ドルネーは蛙の姿になった。

 ベガは元ドルネーの蛙に近寄るとむんずと捕まえる。

 これで決着がついた。

 蛙の魔女ベガが顔の前に蛙を持ってくると、にんまりといい笑みを浮かべる。

 俺はこれからの未来に思いをはせ、心からドルネーに同情した。

 

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