第54話 まさかの再会

 木陰から躍り出た俺たちは館までの距離を順調に稼ぐ。館まで半分ぐらいのところで前方から警告の叫び声があがった。

「敵襲だ。6人で迎撃しろ! あいつらを近づけるな。囮かもしれない。他の方向も気を付けろ」

 俺たちの方に抜き身の剣を持った連中が向かってくる。


 館の守りについている人数は多いが館の全方位に人を配置しているので、一方向当たりの人数はそれほど多くない。俺たちに対処するために他の方向から人を集める時間稼ぎをするために前に出てきたというところかな、と想像する。6人の隙間から後方の玄関付近にまだ数人の姿が見えた。こうなったら順番に排除していくしかないだろう。


 まずは右手に持った燧石式ピストルをぶっ放す。俺たちに向かってくる相手の真ん中の奴を狙った。大きな音が響き、喉のところに赤い花が咲いたようになった男が昏倒する。俺は撃ち終わったピストルをベルトに突っ込んで走る速度をあげた。押し包むように横に広がっていた一団の真ん中に空いた箇所に体をねじ込むと向かって左の敵の剣を弾き、肘の内側に斬りつける。


 右方向に視線をむけるとベティが鋭い突きを繰り出して、相手をのけぞらせていた。俺たちは生じた間隙を縫うようにしてそのまま走り続ける。無傷の4人は捨て置いた。ここでこいつらの相手をしている時間が惜しい。館に向かって残りの距離を詰めた。

「よし。もっと速く!」


 前方で待ち構えているのは4人。こいつらを排除して館の中に入らないと、後ろに残してきた4人と前後から挟撃されて面倒なことになる。8人全員を倒せなくはないだろうが、その間にドルネーが戻ってきたら万事休すだ。扉の前にいた一人が何かの指示をすると建物の中に消える。


「セディ!」

 俺の声に反応して光条が伸びて、残っていた3人のうちの一番でかい男が倒れた。俺は腕を勢いよく振ってスピードを上げると、隣の者が倒れて狼狽する剣士にそのまま突っ込んで飛び蹴りを食らわせる。吹っ飛んだのは無視して横に向きを変えてジャンプし、最後の一人に肉薄すると脚を大きく広げて踏み込み両脛を薙いだ。


 俺の体を飛び越えてベティが進み、俺が吹っ飛ばして地面に転がした奴の心臓に逆手に持ったレイピアを突き立てる。いい動きだ。俺が斬りつけた男は後ろに倒れて尻もちをつき苦痛に顔を歪めた。すぐには歩けないだろうと判断して、玄関の扉に駆け寄る。ドアノブをガチャつかせたが押しても引いても動かない。くそ。中に入った奴が鍵をかけやがったな。


「セディ! ドアの蝶番だ!」

 相棒は心得たもので当たりをつけた位置に魔法銃をぶっ放す。

 まずは上側、次いで下側の二か所に穴を開けると、重厚な扉がぐらついて自重でばたんと外向きに倒れた。

 ナイスだぜ。


 これからどうするかだが外にはまだ4人もいる。こっちを俺が引き受けるべきだろうな。

「セディ、中へ。妨害装置を頼む。ベティは援護だ」

 まずはベティが中へと入り、セディが新たな結晶を魔法銃に込めながら続いた。

 俺は口を開いた扉のところでくるりと振り返り、ようやく落ち着いてきた4人組に相対する。


「さあて。あの世に行ったのに続きたいやつはどいつだ?」

 陳腐な台詞だが意図は伝わるはずだ。こういうときに容貌に威厳があるといいんだが、あいにくと俺にそんなものはない。

 どうすっかなあ。ダメもとで言ってみるか。

「こう見えても、それなりの腕なんだぜ。お前らを一度に相手できるくらいにはな」

 剣を構えながら笑いかけた。


「こいつは……」

「ひょっとすると、あの男が言っていたあれなのか?」

 取り囲んでいた連中が急に青ざめる。

 あ? 俺の笑顔ってそんなに気色悪いってか。こんのやろー。


 一人が逃げ出すと残りもあっという間に散り散りになった。座り込んでいたのも手で地面をつかむようにして這いながら逃げ出す。

 納得いかねえが、今はそれどころじゃねえな。セディもついているし不覚を取るとも思えないが、中にまだ敵の控えがいるかもしれない。

 中に向かおうとするところでセディの緊迫した声が響いた。


「オトール!」

 あいつがこういう声を出すことは珍しい。

 急いで中に入ると驚きの光景が広がっていた。

 先に中に入って扉を閉めたのと同一人物と思われる男が床に倒れ伏している。これは別に構わない。


 ベティが歯を食いしばりながら、左肩を手で押さえていた。その手は血で濡れている。

 そして、ベティの喉元に鋭い刃先を突き付けているのは、なんとゾッドだった。

 ゾッドはぎこちなく頬をゆがませる。

「どうした。オトール。死ぬほど驚いたような顔をしているな」


 どういうことだ?

 間違いなくホラディン山の廃城で俺はゾッドを倒したはずだ。

 なのに俺の目の前で無用に舌の根を動かしてやがる。あいつに双子の兄弟が居たって話は聞いたことがねえ。

 そこから導き出される結論は……。


「あのドルネーって魔女、ネクロマンサーなのか」

「それだけじゃないぞ。ドルネー様は混沌の力を俺に与えてくれた。俺はもう以前の俺とは違う。無敵の力を手に入れたのだ」

 わはは、とゾッドは音階のずれた笑い声をあげた。


 チラリとセディの方に視線を走らせる。魔法銃の尾栓が折れた状態だった。結晶を詰めなおす途中だったらしい。

 俺も剣を手にしているが、ベティを人質に取られたような状態では動くに動けなかった。

 俺は事態を打開すべく、ゾッドを挑発することにする。


「無敵になったのなら、人質は不要だろう。ベティを放せ。それとも人質なしには俺と戦えないってのか?」

「実にくだらんな。俺がわざわざ有利な状況を捨てる間抜けだと思ったのか?」

 まずいな。死ぬ前よりも知性も強化されてるっぽいぞ。以前だったら絶対に俺とサシで戦おうとしたはずだ。


 ゾッドはこれ見よがしに剣を動かし、ベティの首筋にすっと傷をつける。

「この女の首をはねるのはたやすいが、物事には順番があるな。ここで一番危険なのはオトール、お前だ。まずは貴様を始末しよう」

 過大評価頂き光栄だぜ。


「折角のご指名なんだが、実力からすればセディの方が厄介だと思うけどな」

 俺のセリフにセディのため息が重なる。

「その猫の銃は確かに面倒だ。しかし、連射ができるわけじゃない。おい、こっちへ来い」

 ゾッドはセディを近くに呼び寄せると俺に向かって魔法銃を構えさせた。


「それじゃあ、オトールの野郎の間抜け面を吹っ飛ばせ。オトール。動くなよ」

 ゾッドめ。考えやがったな。

 魔法銃は強力かつ実体弾ではないので、魔法使いでもなければ防ぎようがない攻撃だ。ダメージを受けたくなければ基本的にはよけるしかない。

 まあ、この距離でも頑張れば俺は避ける自信はあるが、ベティを人質に取られていた。


 そして、セディはゾッドに背を向けている。俺に向かって射撃後、新たな結晶を装填するよりは、ゾッドの剣の方が速く届くだろう。

 いや、どうかな。セディが本気になれば射撃後俺の方に跳躍しつつ体を捻りながら次弾を籠めることはできそうだ。

 

「セディさん!」

 ベティが叫ぶ。

「わははは。こいつはいい。こんな面白いシーンが見られるとはな。女。心配しなくてもすぐに二人の後を追わせてやるぞ。ああ、すぐではないかもしれないがな。さあ、早くオトールをぶっ飛ばせ」


 セディはカチリと音を立てて、尾栓を元に戻した。魔法銃の筒先を上げて俺の顔に標準を定める。

「早くしろ! お涙頂戴のシーンにはもう飽きた」

 ゾッドの叫び声に無表情なセディは引き金にかけた指を引いた。


 

 

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