第53話 寒く辛い待ち時間

 森を切り開いた空き地にその館は建っている。

 ごくごく普通の中規模の建物だった。

 階数は二階建てで左右に翼が広がっており、真ん中の部分だけが他よりも高さがある。

 風光明媚な場所にある貴族の別宅という雰囲気だった。


 ただ、こんな辺鄙な場所にあると違和感が半端ない。

 まあ、世の中には物好きなのもいるかもしれないが、これがドルネーの館で間違いないだろう。

 胡散臭い者が館の周囲を警戒しながら見回りをしているしな。


 タイミングを合わせるための道具の中の数字はまだ一日分ほど残っていた。

 言われた通りにしてもうまくいく保証はないが、それ以外に方法もない。

 しとしとと冷たい雨が降る中、火をたくこともできず、なんとも悲惨な待機時間を過ごすことになった。


「くっそさむ」

 大木の木陰で雨を避けながら、そうつぶやく俺の唇は青くなっていることだろう。

 湿気が嫌いなセディもむっつりとしていた。尻尾がだらんとしている。

「鬱陶しい雨だねえ」


 意気消沈する俺たち二人をベティが励ました。

「あと一日の辛抱ですよ。そしたら、館に乗り込んで行って妨害装置をぶっ壊しちゃいましょう。師匠、報酬は5万ギルダですよ。5万。それを励みに頑張らなくっちゃ。暖かい料理に、スパイスの効いたホットワイン。豪勢にお祝いしましょう。師匠を罠にはめた奴のお金で」


 そうだった。オリベッティからの手紙を騙して巻き上げやがった野郎のことを忘れちゃいけない。

 俺、この戦いが終わったら、憎いあいつに復讐するんだ。

 なんか今考えちゃダメなことを思いついた気がする。


 それからは三人で食いたい料理の話をした。

 確かにそれは美味いだの、それだったら別のアレの方がいいだの、大いに盛り上がる。

 結論としては他人の金で食う飯が最高というところに落ち着いた。


 交代で仮眠を取る。

 地表近くには霜が降りており、地面に横たわるわけにはいかないので木の枝からぶら下げた綱に体を預けての束の間のまどろみだ。

 出来損ないのゾンビのような格好だが、それでも少しは疲れが取れる。


 すっかり強張ってしまった体をほぐし、暖かいもののない食事をした。

 中と外から体が温まったので、本日の作戦会議をする。

「妨害装置を壊せなければ俺たちの負けだ。そして、壊すにはセディの魔法銃が必要ってことなんで、俺とベティが前、セディが後ろという逆三角形の布陣でいく」


「正面に向かって私が右で、師匠が左ってことでいいですか?」

「そうだなあ。俺はどっちでもいいが、ベティはその方が動きやすいだろう。それで、左右から来る相手は倒そうとせずに受け流せ。正面の敵だけを斬り捨てつつ、屋敷に取りついて玄関ホールに入る。高さ的にそこにオベリスクがあるはずだ。妨害装置はその近くにあるはずなので、そいつをセディが吹っ飛ばす」


「相変わらず雑だねえ」

「そうか? 雑ってのはな。がーっといって、ばっと倒して、どんと吹っ飛ばす。こんな感じだろ」

「ほとんど変わらないよね」

 セディが首を振っていた。


「仕方ねえだろ。どうしたって防御側が有利なんだからさ。あの館の敷地と建物の中にどれだけ敵がいるか分からないんだし。緻密な作戦立てても敵さんがそれにつきあってくれるか分からないだろ」

「それもそうだね。こうやって考えると、ホラディン山で籠城したときは、オトールなりにしっかり考えていたわけだ」


「なんだよ。急に褒めるなよ。照れるじゃねえか」

「別に褒めてないよ。それにオトール、その言葉は飽きた」

「ひでえな。あのときは一生懸命考えたんだぜ。急な籠城の割には悪くなかっただろ?」


 思い出話に花が咲く。

 それをベティが引き戻した。

「罠の心配はしなくていいのでしょうか?」

 これじゃ、誰がリーダーか分からないな。


「正面玄関からはドルネーの手下らしいのも出入りしている。まあ、自分の家の玄関に罠は仕掛けないんじゃねえか。下手すりゃ自分が引っかかっちまう」

「それもそうですね」

「ああ、それと荷物はここにまとめて置いていこう。少しでも早く走りたいからな」


 概ね話がまとまるとセディが質問した。

「私の魔法銃はどうする? 最初から最高品質の銀色の結晶を装填しておくかい? それとも、銀色のはすぐに取り出せるようにしておくとしても、灰色の結晶で支援射撃をする方がいいかな?」


 この問いかけは答えが難しい。

 俺とベティで守り切れるならすぐに銀色の結晶を使って撃てるようにしておいた方がいい。セディも走ることに専念できるし、妨害装置を見つけ次第破壊できるというのも魅力的だった。


 ただ、そうなると敵側に飛び道具を使う奴がいると、こちらは一方的に撃たれることになる。そして、確実に一人か二人はいるはずだ。接近戦をしながら飛び道具に対処するのはきつい。俺はなんとかなると思うが、ベティはどうかなあ。相当腕を上げたとはいえ、一対一で戦うのとはまた異なる技術がいる。


 俺の方を見てくるセディと目が合った。俺が考えている程度のことはセディも当然考えているだろう。

「なるべく二人に任せるとして、一応私もいつでも支援できるようにしておこうか。だいたい、私が全力で走ったら二人を追い抜いちゃうからね。少しぐらいは何か作業をしながらぐらいでちょうどいいかもしれない」


「よし。それでいこう。セディ頼んだぜ」

「了解」

 すぐに取り出せるように工夫した細長い袋状のものを連ねた帯にセディは結晶を詰め始める。


 その様子を眺めながら俺は都合のいい願望を口にした。

「ドルネーの手下に少しは頭が切れる奴がいるといいんだがなあ」

 ベティが驚いた声をあげる。

「え? 賢い相手がいると面倒じゃないですか?」


「じゃあ、立場を逆にして考えてみようぜ。ベティはあの館を警備している指揮官だ。常時二十名ぐらいはいつでも動ける状態でお前の指示を待っている。そして、襲撃があるかもと警告をした雇い主は不在という状況だ。そこに三人組が正面から突っ込んできたとする。この局面をどうする?」


「えーと、とりあえず三人、いや、倍の六人に迎撃に向かわせます」

「ほらな」

「ほらなって何がです?」

「敵が三人だと少ないから、これは陽動じゃないかと考えただろ。実際はこっちには三人しかいないことをお前さんは知っているが、そうじゃなきゃ普通は訝しむってもんだ」


「そうかもしれません」

「これが頭まで筋肉のマッチョなやつなら、二十名を一気に投入して四段ぐらいの防衛線を引く。俺たちは不利を承知で突っ込まざるを得ないから、大変苦労するというわけさ。頭がいい奴ほどアレコレと考えてしまって、戦力を手元に残そうとする」


「なるほどですね。だとすると、やっぱり三人というのは少ないんですかね?」

「そりゃ少ないだろ」

「七人で千人を超える海賊の相手をしたじゃないですか。あのときは相手にゾッドも居たし。それからすると三人もいれば五百ぐらいは相手にできるかなって」


「ベティ。悪いが圧倒的に間違えてるぞ」

「そうですか。師匠とセディさんは素手で百人と殴り合いをして勝ったってのも聞きましたよ。そりゃあ、私はまだ半人前かもしれないので戦力にならないかもしれませんけど」


「いや、ベティは一人前だよ。だけど、まあ、普通こういうところに乗り込むときは最低でも十名は欲しい」

 俺とセディの無茶ぶりを見せすぎたな。ベティの今後のためにも間違いは訂正しておこう。


「とりあえず、師匠とセディさんが居るんでなんとかなるってことは分かりました。私も足を引っ張らないように頑張ります」

「おう」

 まあ、緊張して手足が縮こまるよりはいいか。

 そして、ついに魔術師たちの行動と同期するカウントダウンの数字がゼロになる。

 俺たちは身を隠していた木の陰から出ると館に向かって走り始めた。

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