第51話 依頼
まあ、あれだ。魔術師は俺たちと習慣が違うかもしれないが、部屋の入口から遠いところが上座というのは同じとみてもいいだろう。蛙の魔女ベガはこちら側に座っている。ということは、この白いヤギヒゲをたくわえている爺様は魔術師協会のお偉いさんということだ。
「良く来られた。わしが協会長だ」
ほらね。やっぱり。ってトップ自らお出ましかよ。
「ドルネーの所業を連絡してくれたこと大儀であった。あやつの宝石の一部も持参してくれたことで捜査も捗ったわい」
「まあ、お役に立てたんなら良かったです。それで、あとは皆さんで乗り込んでいってパパっとやっつけちゃうんでしょう? 陰ながら成功をお祈りしてます。いやあ、さすが魔術師、魔女は凡人とは違いますねえ。俺のような雑魚のことは気になさらなくても大丈夫ですので」
「それがな。あやつめ、転移門の一つを乗っ取ってそこに立てこもっているのだ。かなり遠方にある転移門でな。あやつ以外の利用を拒むだけでなく、他の転移門からの転移も邪魔をしておるのだ」
なんか嫌な予感がしてきたぜ。
「わしらはそれそれ手が離せない仕事があってな。もちろん、ドルネーの撃破は協力して行うつもりじゃ。だが、あやつの妨害を受けずに転移できる位置からだと、徒歩で十日以上かかってしまう。現地で移動のための魔法を使えば気づかれるし、かといって我らはそんなに長くはここを離れることができん。そこで相談じゃ」
うん。そんなこったろうと思ったぜ。てくてく歩いてどこかに向かうのは慣れてるからな。
「俺たちに行けというんですね?」
「理解が早くて助かるわい」
「いや、でも、さすがに俺たちにその魔女を退治させるのは無理でしょう? 本拠地で守りも固めていて、恐らく変異種のモンスターを使役している。死にに行くようなもんだ」
「まあ、話を聞きなさい。なにも倒してくれとまでは言わぬ」
「じゃあ、何をするんです? お弁当を持ってピクニックですか?」
「オトール」
横からセディが呆れた声を出した。俺は肩をすくめる。
「ちょいと言っただけだろ。いつものように」
「時と場所を選べって言ってるのさ」
気が付くと魔術師や魔女の注目を浴びていた。俺は慌てて協会長に頭を下げる。
「あ、すいませんね。どうぞ話の続きを」
「貴殿たちには、あやつが占拠している転移門に仕掛けてある妨害装置を破壊してもらいたい。そうすれば、後は我々が転移して片をつけよう」
「そりゃ、いい作戦だ。俺たちが無事に妨害装置を破壊できるとすればですがね。ドルネーってのも馬鹿じゃないでしょう。そう簡単に侵入させるはずがない。俺たちを全力で迎撃して消し炭にするか、塵に変えるか。自殺の方法としちゃ確実でしょう」
「オトール、オトール。まだ話は終わってないみたいだよ」
「あやつが居座っていては上手くいかないということは我らにも分かっている。貴殿たちが侵入するちょっと前に別の場所におびき出す手配ができているのじゃ。あやつが喉から手が出るほど欲しがっている魔道具での。間違いなく、本拠地からあやつを引きずり出すことは可能と考えておる」
「じゃあ、そこで迎撃すればいいんじゃ?」
「危ないと判断したら、あやつは本拠地に逃げ帰るだけじゃ。転移門を自由に使えるということはそういうことなのじゃよ」
「俺と戦ったときは、呪文を長々と唱えていたぜ」
「緊急度が高ければ、より短い時間で実行できる。制約も多いがな。まあ、我らが待ち構えていると知ったらすかさず逃げ出すじゃろう。あやつは臆病者じゃ。それだけにしぶとい。魔女が居なければ、貴殿たちだけでもなんとか妨害装置にたどり着くことは可能と思うが」
「陽動作戦のことは分かった。まあ、そういうことなら仕方ない、ってなるわけないだろ」
俺は声を張り上げる。
「陽動作戦が上手くいかなければ、全滅必至じゃねえか。頭のいかれた魔女に変異種の一団、それ以外にも傭兵ぐらいいるだろうよ」
「その可能性は十分にありえるな」
そこは否定しないのな。よし、ここは一気に無理だという理由を述べてやるか。
「それにどうやって妨害装置を壊すってんだ。魔女が作った品だ。棒きれで叩けば壊せるような脆いものじゃないんだろう?」
協会長が口を動かすとその右手の上に俺の肩幅ぐらいの立方体が浮かび上がった。金属的な光沢を放つそれはなかなかに頑丈そうに見える。
「妨害装置の形状はこんなものだ。確かにそう簡単に破壊できるものではないな。しかし、セディ殿なら破壊できるはずだ」
協会長が頷くと向かって左隣に座る魔女が袖から何かを取り出した。銀色に輝く結晶が二つ、ふわふわと漂ってくるとセディの目の前のテーブルにそっと置かれる。
「最高品質の結晶じゃ。魔法銃に装填して放てば、妨害装置を破壊することは容易だろう。予備も含めて二つ進呈する。残ったものは貴殿たちが好きにして構わない」
セディの目が結晶に釘付けになっている。まあ、ドラゴンに対しても穴を開けられるブツだ。結晶から視線を外したセディが俺の顔を窺う。
「どうする、オトール?」
「いや、どうするって言ってもなあ、これ、拒否権は無いんだろ?」
「無理強いはせぬよ」
そうは言ってもなあ。魔術師協会の依頼に逆らうなんて、そう簡単にできるもんじゃない。あくまで自発的に俺たちが協力するって形にするんだろうけど、実体としては強制に等しい。ここは一つ豪華な報酬でもねだっておくか。
「ちなみに、これだけの大仕事を無料ってほど、協会の財政状況はひっ迫してないよな?」
「ふむ、報酬か。なるほど、それは重要だろうな。では、一人一万ギルダお支払いしよう」
「いやいやいや。それじゃ葬式代にしかならねえぜ。こちとら凡人が魔女に挑もうっていうんだぜ。一桁足りないってもんだ」
「それはさすがに吹っ掛け過ぎというものじゃ。世間ではどう思うておるかは知らんが、わしらは基本的に実費は別にして無料奉仕での。それほど大金を持っているわけじゃないのじゃよ。一方で色々と支払いも必要ではあるし。十万もの金はそう簡単には用意できぬ」
セディが横から袖を引いた。
「オトール。私はそんなに要らないからね」
「いや、たまには故郷にどかんと仕送りぐらいした方がいいだろ。親父さんやお袋さんも喜ぶぜ」
「だからって大金をせびるのもどうかと思うよ」
反対側からベティも囁いてくる。
「私も師匠と同額を取るっていうのは申し訳ないので少なくて大丈夫です。お陰様で、両親の商売も順調ですし、お金には困っていないので」
なんだよ二人とも遠慮すりゃいいってもんじゃないんだぜ。
これじゃあ俺がしっかりしねえとな。
「現金が無いってんなら、魔法の道具の現物支給でもいいぜ。三人分まとめて十万ギルダにプラスって形で」
「いや、それはさすがに強欲というもの」
最終的には一人当たり五万相当の報酬ということで手を打った。まあ、あまりしつこくして相手を怒らせても厄介だ。困難な任務を押し付けているという引け目を感じさせて引き出すラインとしては悪くないと思う。
「では交渉成立じゃな。今晩はゆっくり休んで明日出発してもらうぞ」
魔術師や魔女というのはあまり食に対しては執着しないらしい。その辺りの料理屋から取り寄せた飯と酒が俺たちに振るまわれる。まあ、そこそこの味だった。もう一度湯あみをして、清潔なベッドに横になる。翌朝、しっかり朝食を取った後、準備を整えた俺たちは転送門から遥か彼方へ旅立った。
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