第50話 お手紙の行方
「なあ、相棒よ。この三日間はさぞ大変だったろうな?」
「まあね。手がかりは一度会ったきりの顔だけだからね。ベティさんが似顔絵描くのが得意で良かったよ」
「なるほどな。ゾッドの野郎を捜すのに身に付けた技術ってわけか」
尋問官が割って入る。
「世間話をするなら、そろそろ裁定を下すが」
「まあ待てよ。急いてはことを仕損じるって言うぜ。で、あの偽物野郎は見つからなかったのか?」
「一応それらしい人物は特定したんだけど、ここ数日間は姿を見かけてないらしいんだよ。本部に勤める軍人らしいんだけどね」
「よくそこまで調べられたな」
俺ならそこまで勤勉に調べ回ったりしないだろう。
「知る限りの伝手に頼ったからね。どこも気持ちよく協力してくれたよ。西方諸国の人は義理堅いよね。それとバルクーダの人も手を貸してくれたし。数は少ないけどアールデンに滞在中のエルフも似顔絵の配布を手伝ってくれたよ」
「おいおい。こんなくだらない案件で貸しを回収しちまったのか?」
「なにを吹っかけるつもりだったのかは分からないけど、ささやかな善行の対価としてちょうどいいぐらいじゃない? あ、そうそう、一番頑張ったのはベティさんなので後でちゃんとお礼を言うんだよ」
「お前、ベティ相手に話を盛ったな?」
「国家反逆罪は最悪死刑になるんだよね。怖いなあ」
完璧な棒読みで何言ってやがる。ここは一つはっきりと……。尋問官が固い声を出す。
「軍曹、刻限までに戻ってきたのは殊勝だが、貴官たちの疑惑は晴らすことができなかったようだね。正式な軍事法廷で審理されることになるだろう。では勾留を延長して取り調べる……」
「そいつは難しいんじゃねえかな」
「なんだと? ここから脱走するつもりか?」
「いや、堂々と出ていくつもりだぜ。虎の威を借りてな」
その途端に俺たちの近くにベガが現れた。
「か~え~る~の~まじょ~。私の蛙ちゃん、お待たせえ。今から作戦会議よん」
「な、な、な、何者だ」
尋問官は軍本部にいきなり乗り込んできたベガに驚いている。
「ここは高度な転移妨害処置が施されてるんだぞ」
「それを打ち破れるほどの実力者ってわけだな」
俺は我が事のように威張った。
「オトールが威張ることないだろう?」
「まあな」
俺はベガに向き直る。
「なあ、もう質草は返してもらってもいいよな」
「ああ、これ。いいわよん。そういえば、表面だけ複製したものはどうしちゃったのかしら?」
「なんか間抜け野郎がどっかに持って行ってしまったんだ」
「あっそう。まあ、あなた達の事情に首を突っ込む気はないけどね。それじゃあ行くわよ」
警備の兵士が割って入った。
「まて。勝手なことは……。ゲコ、ゲロロロッ!」
魔術師協会に属する魔術師は国家に縛られない。もちろん国家間の戦争に加担はしないし、軍なんか屁とも思っちゃいなかった。アガタ王国の法律でも魔術師が法に拘束されないことは明文化されている。だから、軍の兵士を蛙に変えても咎められることはない。
床の上で飛び跳ねる蛙を見つめる尋問官の目の前に俺はオリベッティからの手紙を置いた。
「三日以内に持ってくればいいとの話でしたね。一応はまだ刻限内だと思うぜ。ああ、証人は魔女ベガさんな。後で受け取ってないは無しにしてくれよ。それじゃあ、無罪放免ということで」
俺は武器を返すように頼む。イラつく魔女を前にしたせいか、恐らく世界新記録をマークする速度で用意された。ベガは待ちくたびれたという表情をする。
「レディを待たせるものじゃないわよん」
「そいつは申し訳ない」
「まあ。仕方ないわね。それじゃあ、今度こそ出発するわよ」
「待ってくれ。この兵士はいつ元に?」
尋問官が怯えた目でベガに問うた。
「すぐに戻るわよん。じゃあねえ」
ベガが俺たちを招きよせる。
俺が近づくと鼻をしかめので一応詫びた。
「独房に入れられていたもので、すいませんね」
ベガは嫌そうにしながらも、俺とセディの首に触れる。次の瞬間、ぐるぐると渦巻く色彩が押し寄せ、平衡感覚が失われた。おえ。吐きそうだぜ。
せり上がってきたものを飲み込んでいると、めまいが始まったのと同様に唐突に景色が元に戻る。正確に言えば先ほどの尋問室とは別の部屋だ。建物数階分の高さがあり、部屋の一方には二本の青銅色のオベリスクがそびえている。話に聞く転移門か。まだ、胃のあたりがむかむかしているな。
「なあ、気分が悪くなるなら先に言っておいてくれると助かるんだが」
「あの感じ、口で説明するのが難しいのよん。そんなことよりも体を清めてらっしゃあい。このままだと会議に出る人が具合悪くなるわあ」
贅沢なことに浴室があった。
体を洗って出てみると、何故か俺の普段着ている服が用意してある。着替えて浴室を出ると、その疑問の答えがセディと一緒に出迎えた。
「師匠、大変でしたね。でも解放されて良かった」
ベティが顔を輝かせる。横でセディが鼻を蠢かせていた。
「あー、ベティには世話になっちまったようだな」
「師匠にしてもらったことに比べたら全然たいしたことないですよ」
「いや、なんというかな……」
「師匠が解放される当ては別にあるって分かったうえでやっていたんで。ほら、師匠も罠にはめてくれた相手にはきっちりお返しをしたいかと」
さすが元弟子。よく分かってるじゃねえか。まあ、ベティも見た目じゃ分からねえが、目には目を、ってクチか。
「まあな。アールデンで一番高い店で奢らせるぐらいはさせねえと収まらないぐらいには腹が立ってるぜ」
「じゃあ、ここの用事が済んだら、ツケを払わせてやりましょう」
セディが手真似で歩くように促してくる。
「積もる話もあるだろうけど、偉い人達がまっているから」
ベティと連れだって追いかけながら、俺は目線でセディを詰問した。セディはヒゲを引っ張り、仕方ないだろという表情をする。
本格的に問いただしたかったが、立派な扉の前に到達していた。偉い人って具体的には誰かを聞こうとする間もなく、セディは扉をノックする。
「入れ!」
中からよく通る声がした。
ノックをしたくせにセディは優雅に腕を横に広げて、さあどうぞ、とでも言うようなしぐさをする。ええい、もう。俺は仕方なく取っ手を握って捻り向こう側に押そうとした。びくともしない。
「オトール。手前に引くんだよ」
笑いをこらえた顔をするセディを睨みつけた。
「くそ。分かりにくいんだよ」
半分口の中で毒づくと扉を勢いよく引く。中に足を踏み入れると大きな円卓に座った五人の面々が一斉にこちらを見た。
「どうも。オトール少佐です。あ、お呼びじゃない? そりゃまた失礼いたしました」
詫びを言って部屋を出ようとすると呼び止められる。
「なにを馬鹿なことをいってるのん? さっさと席につきなさあい」
こちらに半ば背を向けて座っていたベガが空いた席を示した。
他は等距離で離して置いてある椅子がこの部分だけ、三つ固まって置いてある。こりゃ、どうみても俺たち三人分の席だよなあ。二つしか無ければ奥ゆかしい俺としては他の二人に譲るのにやぶさかでは無いんだが。
「そりゃ、どうも」
三つ並んだうちの端に座ろうとしたら、セディが俺の体を真ん中の席へと押しやる。そして、自分はさっさと俺の左手の席の前に立った。ベティはそれじゃあとばかりに右手の席の前に陣取る。やっぱ、俺が真ん中の席なのね。真正面に座っている高齢のすんごく偉そうな魔術師っぽい爺さんが座るようにと手振りをしたので、渋々俺は腰を下ろした。
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