第49話 尋問と収監
物言いも気に入らなければ、話す中身もふざけている。ここは拳で語り合おうぜ、と思ったが、セディの冷静な声がそれを阻んだ。
「オトール。とりあえず話を聞こう。暴れるのは後からでもいい」
「だけど、武装解除されちまうぜ」
セディはニヤリと笑う。
「たった百人を倒すのにオトールは武器が必要かい?」
「確かに。拳があれば十分だな」
俺は鞘ごと剣を外して憲兵に預けた。セディも魔法銃と鉄棒を渡す。
連れていかれた部屋で尋問を受けた。
「オトール少佐。軍の機密に属する文書をダナン共和国の密偵に渡した疑いがかかっている。なぜ王国を裏切るような真似をしたのか?」
「まったく意味が分からねえ。俺はついさっき、その文書を配達してきたところだぜ」
「嘘をつくにしてももう少しマシなものにするんだな」
「そっちこそ、こんな中身のない内容で俺と相棒を糾弾するのはやめて欲しいな」
「身の潔白を証明したいのなら、機密文書を出したまえ。できないだろう?」
「だから、すでに提出しちまったって言ってんだろ。調べてみろよ」
何度か押し問答をしたが、ようやく尋問官が俺の告げた名前の士官を呼びに行くことに同意する。そいつがやってくるまでの間、嫌な沈黙が場を覆っていた。セディとそっと目配せをする。セディは真ん丸な目をぐるりと一周させた。どうも嵌められたみたいだね。目が口ほどにものを言っていた。
尋問室の扉がノックされ、入室の許可を得て入ってくる。そいつは俺の告げた名前を名乗ったが、俺とセディが会ったのとは似ても似つかぬ顔をしていた。俺は内心の動揺を隠しつつ、人違いであることを指摘する。
「いや、俺が手紙を渡したのはこの男じゃねえ。もっと柔和な感じだった」
結局のところ、俺が手紙を渡した相手というのは名宛人を騙る別人だったらしい。
「いや、軍本部に偽物がいるとか思わねえだろ。確かに俺はそいつに手紙を渡したんだ。ダナンのスパイに売り渡したりしていねえよ」
「それでは少佐、そのニセモノという者をここへ連れてきたまえ」
「いや、それを言うなら俺が手紙を横流ししたという証拠を示すのが先じゃねえの」
「それを否定するなら、オリベッティ少将から託された手紙を出したまえ。それで解決だ」
「だからさ。今ここに手紙が無いことは否定しねえよ。でも俺が売ったという証拠もないだろうが」
「貴官がダナン共和国の間諜と接触したという報告が上がっている」
頭が痛くなってきた。官僚的すぎて話が噛み合わない。
「だからな。俺の持っている手紙を狙って近づいてきたから見破って捕まえただけだ。この行動にどこに問題がある? それもダメというなら敵を見つけ次第、走って逃げなきゃいけなくなるぜ」
「他に貴官が裏切り行為を働いているという告発状もあるんだ」
「どうせ告発者の名前なんてないんだろ? なあ、匿名の告発状を真に受けていたら、それこそ敵の間者は適当な告発状を乱発するだけで軍を機能不全にすることができるぜ。なんなら、あんたの名前を書いて投函しようか?」
尋問者は黙ってしまう。これで確定だな。軍内部の下らねえ権力闘争に巻き込まれたというわけだ。オリベッティのおやっさんが前線から離れたカスバなんぞで遊んでいるのは手柄を立てるのを嫌った競争者によって左遷させられたせいだ。それなのにダナンの私掠船隊を見事に解決しちまった。
きっとサマラーンのナージャ女王を始めとして西方の友好国元首から感謝の礼状が山のように届いたことだろう。王周辺から軍部へオリベッティを中央に戻すように要請が出ているのをのらりくらりとかわしている最中ってわけだ。そこへ現れた腹心の部下であるオトール少佐にダナンのスパイ容疑を着せて話を潰そうという計画ってところか。
まったく迷惑な話だぜ。オリベッティを閑職に追いやるってだけなら協力してやらなくもないのにさ。おやっさんが下手に前線に出ると俺を巻き込もうとするに違いないからな。だけど、俺に機密漏洩と国家反逆の罪を負わせようっていうんじゃ、俺も保身を図らざるをえないじゃねえか。
「まあな。確かに今は手紙を所持しちゃいねえよ。でも、ひょっとするとうんこしたときに紙が無くて代わりにケツを拭いたのかもしれないぜ。腹が減りすぎて食った可能性だってある。俺がダナンに売り渡したってんなら軍法会議でそっちがそれを証明するんだからな。証拠はあるのかよ?」
「オトール少佐。そこまで興奮しないでくれ。今はまだ疑惑の段階なんだ。まあ、そうだな。そこまで言うのなら、三日の猶予を与えよう。その間に機密文書を取り戻してここへもってきたまえ。そうすれば貴官の疑惑も晴れるだろう」
なんだよ、そのガバガバかつ実質的に困難な条件は。
俺はセディの方を見る。器用に肩をすくめやがった。私は巻き込まれた立場なんだから、お前がなんとかしろということらしい。大きなため息をつく。
「いやあ、退役していて予備役になっていたのを招集に応じて現役復帰をして国家のために尽くそうというのにこの扱いですか、本当に理不尽ですなあ」
嫌味をぶつけてみたがびくともしない。
「まあ、他に方法が無いって言うんなら探しに行きますよ。俺たち以外には見つけようがないでしょうし。それじゃあ、預けた武器を返してもらえます? さすがに丸腰でってわけにはいかないので」
「いや、貴官は重罪の主犯だ。ここから出すわけがないだろう」
「勘弁してくれよ。手紙を持って来いというのに、ここから出さないって、なんかの頓智か? 部屋からは出さないが、廊下に入るならOKとかそんな」
「何を訳の分からないことを言ってるんだ。探しにいくのは彼だよ」
尋問者はセディを指さした。本人は驚いた顔をしている。俺はここぞとばかりに喚いた。
「なんでセディが良くて、俺がダメなんだよ?」
「そんなことは分かり切っているだろう。貴官は過去の行動から逃亡の恐れがある」
「さすがに相棒を見捨てて一人で逃げるなんてことはしないぜ」
「口ではなんとでも言えるからな。貴官は面倒になると任務を放り出すと記録されているぞ」
セディが笑いをこらえるのに必死のように見える。
日頃の行いが跳ね返ってくるねえ。セディの声なき声が聞こえた。
「ほっとけ」
思わずつぶやくと尋問者が片眉を上げる。尋問者はセディに向き直った。
「軍曹。期限は三日だ。少佐を助けたければ、手紙を探しにいくことだ」
「そういうことなら仕方ない。正直に言うと私が持って帰れるとは思えないけど、探しにいかないわけにはいけないね。それじゃあ、預けておいた武器は返してもらえるのかな?」
セディが部屋から出ていくと、俺は士官用の独房に収監される。
退屈な三日間が始まった。一応三食の飯は出るが野戦用糧食よりは微妙にマシといった内容だ。ひょっとすると新手の拷問なのかもしれない。そして、独房の中ではすることがないというのが辛かった。体がなまらないように動かすぐらいしかすることがない。
見張りの兵士にダメ元で雑誌か何か暇つぶしになるものを所望したが、案の定けんもほろろに拒否された。仕方がないので個人リサイタルを開催する。俺の自慢のレパートリーの曲を気持ちよく歌っていたら、なぜか雑誌が独房に届けられた。劇団の主演男優のゴシップ記事だったが暇つぶしにはなる。
三日目の夕刻に独房から出されると先日の尋問室に連れていかれた。そこには身ぎれいな格好をしたセディが健康そうな顔で立っている。
「オトール。手紙は見つからなかったよ」
尋問者が表情を険しくして俺を見据えた。
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