第48話 蛙の魔女再び

 おう。蛙の魔女ベガか。これはあれか、バルゴスを宥めるのに駆り出された件の苦情かな。迂闊なことは言えないので黙っているとベガは俺たちの周囲をぴょこぴょこと歩き回った。

「せっかくぅ、手に入れた素材で楽しい実験をしてたのに、中断させられたのよお。あんた達があのトカゲちゃん怒らせたから」


「まあ、責任の半分ぐらいは俺たちにも無くも無いが、悪いのは海賊連中だぜ。塔でもあんたに襲い掛かってきただろ。あの一味だ」

「んもう。他人のせいにして悪い子ね。でもお、私はそういう子は嫌いじゃないわよん」


「そいつは光栄だな」

 セディが袖を引っ張って囁く。

「オトール。そんな口のきき方でいいのかい?」

「俺が畏まったところでボロが出るだけだろ」

 そんな会話を面白そうにベガは見ていた。


「んで、なんの用事ぃ?」

 文句は言うけど話は聞いてくれるのか。

「速報は届いていると思うが、混沌に侵された変異体を複数操る魔女が出たんだ。その件で見てもらいたいものがあって」


 俺はラッヘの滝の近くで回収した例の魔女の指輪についていた緑色の宝石の欠片を示す。

「成り行きで交戦したんだが、魔法障壁を張るつもりで負荷がかかり過ぎたのか、砕けたんだ。こいつの持ち主が分からないかと思って持ってきた」


「あーら、あの報告書って、あなた達のことだったの? そこそこの魔術師に二人で立ち向かって退けるなんて、意外と凄腕なのねえ。ちょっと興味が湧いてきたわあ。ねえ、私の魔法の実験材料にならない?」

「できれば遠慮したいね」


「あっ、そう。まあ、いいわ。それで、魔法障壁を張る指輪ね。物自体はありふれたものだけどお」

 ベガが伸ばした左の掌の上に砕けた宝石の欠片が浮かぶ。高速でそれらが動いて、元の宝石を形作った。ところどころが欠けているのは俺が回収し損ねたのだろう。


「この魔力の波形は……、ドルネーかしら?」

 ベガは目をつぶると口の中で何かをつぶやく。ぱっと光が溢れるとその側に別の魔女の姿が現れた。半透明で向こうが透けて見えるが顔立ちなどの確認はできる。ラッヘの滝で見かけた奴だった。


「ああ。こいつだ。近くで見たから間違いねえ。この三白眼には見覚えがある」

 俺が指摘するとベガは右手を振って蜃気楼のような魔女の姿を消す。

「あらら。このドルネーってのはねえ、頭がおかしくて、突拍子もないことばかりやらかして魔術師協会から永久追放されている迷惑な魔女なのよん」


 ベガも相当変わり種だと思うが、その当人に言われるというのは凄い逸材だな。

「大人しくしてるから見逃していたんだけど、お仕置きが必要ねえ。だけど、そこそこ実力はあるから厄介だわ。こちらも人数を揃えなきゃいけないけど、みんな自分の研究が大事で協力して事にあたるのが不得意だしぃ」


「ベガさんの腕をもってしても面倒なんですか?」

 セディが問いかける。

「そうねえ。コップに熱々のお湯があったとして、そこに親指大の氷を入れることを想像してみてん。氷は融けてなくなっちゃうけどぉ、お湯の温度も下がっちゃうでしょ。そんな感じぃ。それに変異体も先に始末しなきゃいけないからねえ」


 ベガがチラチラっと俺たちの方に視線を送った。俺はあえてちっとも分からないふりをする。セディが口を開いた。

「それは大変ですね。私たちがどれほどお手伝いできるか分かりませんが、できることであれば協力しますよ」


「おい、セディ。魔術師同士の戦いに俺たちが首を突っ込む余地はねえぞ。俺たち凡人は大人しくしておいた方が身のためだ」

「オトール。そりゃ、私たちでドルネーを倒すのは厳しいよ。でも、乗りかかった舟じゃないか。ベガさんに協力することぐらいできる」


「ふっふーん。猫ちゃん、殊勝なこと言うじゃない。そういうの、お姉さん大好き。あの赤トカゲに煩わされたこと忘れてあげてもいいわよん。それじゃあ、魔術師協会の長老で対応を協議したら、連絡するわあ。これを持っていきなさい」

 ローブの襞に手を突っ込むと金色に輝く指輪を取り出して俺に投げてよこす。


 受け取ってみると蛙を模した細工がされている金の指輪だった。

「それじゃあ、肌身離さずそれを身につけておいて。結論が出たら、あなた達にも手伝ってもらうから。そのときのための目印よん」

「どうしてセディじゃなくて俺なんだ?」


「だって、そっちの猫ちゃんは逃げそうにないけど、あなたは分からないもの」

「え? 俺だけとんずらこくってのか?」

「はいはい。いいから、指に嵌めてね」

 俺はしぶしぶ蛙の指輪のサイズを確かめて右手の中指にはめる。


 ベガはにっこりと笑った。

「とーっても似合ってるわよお。ちなみにそれを勝手に外したら、蛙ちゃんになっちゃうから気を付けてねえ。ほんの三十年ほどだけど」

「そしたら、オトールはもうお爺ちゃんだね」


「勘弁してくれよ」

 俺の抗議の声は空しく聞き流される。

「そしてえ、塔でしたおバカちゃんたちいるじゃない。あの時の子たちと繁殖させてあげる」


「ちょっと待った。あの時にカエルにされたのって、ひげ面のおっさんたちだったろ?」

「そおよー。全然反省しないから、若い雌蛙ちゃんにしちゃったあ。私のコレクションの絶倫の雄に可愛がってもらってえ、もう一杯卵産んでるわよ」


 やべえ。マジでこいつはイカれてやがる。人としての倫理観なんぞ欠片も持っちゃいねえぞ。海賊連中の境遇を気の毒に思ったが、それどころじゃないな。それなのにセディはフフフと笑う。

「種蛙なんて、オトールにぴったりかも」


「マジで勘弁してくれよ」

「じゃあ、大人しくベガさんに協力するんだね。ちゃんと仕事をすれば酷い目には合わせないと思うよ」

 なんの根拠もない楽観的ご意見ありがとう。だけど、相手は蛙の魔女だぜ。


「そうねえ。お手伝いしてくれたらあ、蛙になった私の背中に乗せてあげてもいいわよん」

 これまた斜め上の方向に話が飛んでいったぞ。

「あまりに畏れ多いので遠慮しておきます」


「あーら、残念。あなた、結構私の好みなのに。まあ、いいわ。魔女としてお仕事はしなくちゃね。力ある者の責任は重いわあ。でも、あのクッソ生意気なドルネーをお仕置きできるのは楽しいかも。気分良くなってきたのでえ、何か簡単なお願い事だったらかなえてあげるわよ」


 折角の申し出なので図々しくもお願いすることにした。まあ、とんでもなく危険な指輪を嵌めさせられているのだからこれぐらいはいいだろう。ベガもそんなことでいいのと気軽に応じてくれる。ベガに別れを告げて、魔術師協会の建物を後にした。馬に乗りながらぼやく。


「なあ、セディ。気軽にほいほい仕事を受けるのはどうなんだよ?」

「だけど、私たちはベガさんにお世話になってるじゃないか」

「なんか世話になったか? バルゴスを説得したのは俺たちだけが感謝する話でもないだろ?」


「昏き森に大蜘蛛の変異種がいるって教えてくれたじゃないか。情報をくれるというのも立派な手助けだよ」

「そりゃまあ、そうなんだが」

「まあ、オトールが蛙にされたら、私も付き合うからさ」

「雄と雌に分かれてなんて気色悪いことを言うんじゃないだろな?」

 

 アホな会話をしていると軍本部に到着する。門のところで用向きを告げると通行を許可された。馬を預けて指定された部屋に赴き、対応した相手にオリベッティから預かって来た手紙を渡す。さて、これで仕事を終えたと建物を出たところで百名ほどの憲兵隊に取り囲まれた。


 憲兵隊の指揮官の大尉は目に喜びをたたえながら口を開く。

「オトール少佐。貴官とペットを拘束する」

「へえ、何の罪で? それと言葉には気を付けろよ。総入れ歯になりたくはねえだろ」

「フン。機密漏洩罪と国家反逆罪だ」

 一年ほど前に、セディを逆恨みしたクソ野郎が偉そうに言った。

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