第47話 到着
あまりこういう手は使いたくなかったが、任務遂行上必要な情報の提供者ということにする。普通ならこれで切り抜けられるが、俺に対応した中尉は、少し真面目な奴だったようだ。
「少佐殿。必要な情報というのはどのような内容でありますか?」
「悪いが、中尉、貴官はクラスⅢの機密情報に触れる資格は保持しているか?」
「いえ、小官にはありません」
「では、中尉にも中尉の義務があるとおり、私にも責任がある。内容を明かすわけにはいかないな」
「了解いたしました。ではその旨記録させて頂きます。どうぞお通りください」
馬を連れて通れるだけ門が開く。俺を先頭にさっと通り抜けた。騎馬がなんとかすれ違うことができる広さの谷底を進む。その間、三人とも無言だった。開けたところに出ると誰からともなく安堵のため息が漏れる。
「共鳴谷は抜けたから、要塞に音は伝わらない。もうしゃべっても大丈夫だ」
俺が緘黙指示を解除した。
「もしかしたら置いていかれるかもと心配しちゃいました。事前に黙ってニコニコしていろ、ということでしたから、そうしてましたけど、私は機密情報なんて知らないですよ。クラスⅢって何です?」
セディがクスクス笑う。
「オトールがすぐに女の人にデレデレすることとかじゃないかな。一応は軍の佐官なのにね」
「んなわけあるかよ。ああ、あれだ。機密情報というのはお約束みたいなもんさ」
「どういうことです?」
「向こうもベティが機密情報を持っているとは考えちゃいないさ。俺が機密情報を理由にベティの身元保証をしたという記録が残せればいいんだ。良くある話だし」
「それってどういう?」
「つまりな、軍のお偉いさんの中には移動時に妙齢の女性を同行させる奴が居るってことさ。その時に身分証明書を準備できないと、俺が言ったような方便で誤魔化しているんだよ」
俺が説明するとベティはやれやれという顔をした。
「その方法で通り抜けた私が言うことじゃないですけど、そんなんでいいんです?」
「良くはねえだろうな。ただ、そうだな。ぶっちゃけ女性がアールデンに向かう分にはそれほど警戒はしてねえのさ。逆は大変だけど。ベティだけあの場に残すわけにもいかないだろ」
「ということは、私は師匠の愛人って思われていたということですか。ちょっと複雑な気分です」
セディがすかさず反応する。
「そうだよ。愛人はないよね。ベティさんは立派な剣士だし、金銭でオトールに縛られているというのはない。双方で惹かれあってお付き合いしているというならまだしもさ」
なにをどさくさに紛れて言っているんだよ。
「とりあえず嘘も方便ってことだ。俺たちだけで先に行く方がベティも嫌だろ?」
「それはそうですね。あ、帰りはきちんと通行証用意してください」
「ああ、分かった。出るときはさっきの手は使えないし」
「ああ、若い男女が出ていくことへの監視が厳しいんですね」
「今はダナンと一触即発だからな。友好的な周辺国の王位継承者を留学生として受け入れていると言えば聞こえはいいが、実質的に人質のようなものだ。このタイミングで脱出させ呼応されるのを警戒しているのさ」
「ベティさんは気品があるからね。一国の王女と間違えられてもおかしくないよ」
ベティがえへへと笑って照れる。セディがやたらと目配せしてきた。仕方ねえなあ。
「確かに凛とした佇まいがあるよな」
「そうでしょうか?」
ほとんど無理やり言わされたようなセリフだが、ベティにとっては嬉しいようだ。適当に話を合わせたものの、確かにベティには独特の空気がある。決して女性としての魅力が無いわけじゃないが、無駄にそれを香水のように振りまくことはしなかった。まあ、そのせいで迂闊なことはできないと感じさせられてしまうわけだが。
要塞を越えた先はもうアールデンの郊外と言っていい。巨大な帝国の首都というだけあって、市街地も大きければ、その周辺も広かった。治安も良くなった代わりに人通りも多くなって馬を駆けさせることが難しくなる。ここまで来れば急ぐことはないと、ポクポクと歩く速度で進んだ。
要塞の内側に入って気が緩んだところで仕掛けてくるかもしれないと警戒していたが、それと分かる襲撃は受けていない。宿に馬を預けて町で買い物をしている時に、人込みの中で俺の懐を探ろうとした野郎を捕まえたことはあった。それほど金持ちにには見えない俺を狙ったことが怪しいが、証拠がなく巡視に引き渡す。
宿に戻ると荷物を漁った形跡があるとセディが言いだした。宿の主人を問い詰めてみるが埒が明かない。金目のものが無くなっておらず、それ以上詮索することを諦めるほかはなかった。どうもオリベッティの手紙を狙う連中は正面からの奪取を諦めたらしい。
「これはこれで神経を使うな」
「気分は良くないね。精神的に参らせる作戦かもしれない」
「私の下着を触った形跡があるんですけど、本当に気持ち悪いです」
幸いにしてアールデンに近いので金さえ出せば物は買える。新品を買わせて古いものは処分させた。
翌日からはできるだけ馬から降りないようにして、宿を取ったら外に出歩かないようにする。馬上の人間からものをすり取るのはほぼ不可能であるし、部屋に居れば荷物を漁ることもできない。長旅ならきついが、アールデン市まではもう馬で二日の距離になっていた。
無事にアールデン市に到着する。この町自体には城壁は存在しない。膨張する都市に飲み込まれる形で姿を消していた。殷賑を極める町中を進んでいく。途中で何度か騎乗したままであることを咎められたが、認識票を示して公用中であることを告げると引き下がった。
無秩序に大きくなったので道も広くない上に、なにしろ人が多い。そこで、日中の町中では私用での馬車の利用や騎乗が禁止されていた。ベティのことを指摘されると面倒なのでまずは宿を取る。軍の宿舎を使うという手もなくはなかった。しかし、こちらもベティ連れだと手続きが煩雑になる。さらに、あまりきれいじゃないし飯もまずいので、民間の宿にした。
こぢんまりしているが気持ちのいい宿に部屋を確保するとベティに留守番を頼む。
「私だけ置いてけぼりですか、と言いたいところですけど、私が軍本部に入るわけにもいかないですものね。それじゃあ、さっさと用件を済ましてきてください。夜は豪華にディナーを楽しみましょう」
たまたま宿からは魔術師協会の方が近かった。少将の手紙を届けるよりも、変異種を操る術があるという方が重要度が高いと判断して、先にそちらに回る。
「オトールはオリベッティさんに仕事を押し付けられたのが気に入らないから、意趣返ししているだけだよね?」
セディが可笑しそうに言った。
「俺もそこまで公私混同は……」
「するよね」
「まあ、そうかもな」
そんな会話をしながら、立派だが近寄りがたい雰囲気の建物の門を潜る。
馬柵に手綱を繋ぐと建物の中に入っていった。受付には人が居ない。不用心だなと思ったが、魔術師の本拠地でチンケな盗みをするやつはいないかと思いなおした。カンターの上のベルを鳴らしてしばらく待つ。ふっと広がる風を感じて後ろを振り返ると真っ黒な衣装に真っ黒な尖った帽子の人物が佇んでいた。
「あーら。珍しくお客さんと思ったら、憎ったらしい二人じゃな~い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます