第46話 夢まぼろし

 仕事中だからということなのだろうか、ベティもその後ベタベタとアプローチしてくることもない。こそこそと入れ知恵しているのがいるのだが、もうツッコミを入れる気も起きなかった。夢の中での襲撃があったということで、警戒しながら進む。それでも騎乗しているお陰で結構距離を稼ぐことができた。


 なんといっても速度調節をしやすいというのが馬に乗る利点である。一つ手前の村で宿を取るか、その先まで進むかの選択がしやすかった。首都に近くなったことで往来も増え、集落と集落の間隔も狭まっているということもあり、タイミングよく夕刻に一つの町に到着する。


 店が閉まる前に二、三の買い物をしてから宿を取った。食事を済ませて部屋でちょっとおしゃべりをする。今日は早めに寝ようということで身支度を済ませるとセディが変なことを言いだした。

「オトール。今日は一緒に寝た方がいいと思う」


 ベティが驚いた表情で顔を上げる。俺は誤解が広がる前に真意をただすことにした。

「なあ、セディ。なんでそんなことを急に言い出したんだ? 何か考えがあってのことだろう?」


「ああ。昨夜、オトールに呪いをかけてきた相手が諦めたのならいいのだけど、また今夜も仕掛けてくるかもしれない。護符の糸の残りも少ないから、しつこく攻撃されると呪いが貫通するかと思ってね。私は夢の中でも戦えるし、接触している相手の夢に入ることもできなくはないから」


「昨日もそんなこと言っていたな。本当にそんなことができるのか?」

「まあ、話を聞いても疑わしいと思うのは無理もないよ。ただ、これは大抵の猫人ならできることだから。百聞は一見に如かずだよ」

「具体的にはどうしたらいい?」


「寝ている時に体の一部が接触してればいい。私の頭部が触れているとなおいいね」

「セディ。そうは言うけどな。レッドドラゴンのバルゴスを撃退した日の夜、お前は俺の腹を枕にして寝ていたけど、俺は酷い夢を見たぜ」

「え? そんなことがあったんですか?」


 ベティは俺たちを変な視線で見ている。いや、そういう関係じゃねえから。まてよ。そう誤解してくれれば熱も冷めていいかもしれないな。とりあえず、セディの話の真偽の確認が先だ。セディは首を捻っている。

「そんなことあったっけ?」


「ああ。ぐーすか寝ていたぜ。あの時はダナンの海賊連中やバルゴスの相手をして疲れていたんだろうな」

「そうか。私も疲れていたから力を発揮できなかったのかもしれないね。大丈夫だよ。今夜は最初から警戒しているから、問題なく接続できると思う」


「それって、俺の夢の中にセディが出てくるってことだよな?」

「そうだね。オトールからするとそう見えることになるね」

「なんか変なことになったりしねえよな?」

「何が変なのか次第だけど、体に変調をきたしたりはしないと思うよ」


 俺は逡巡した。目が覚めている間なら、ほとんどの脅威に対して対応できる自信はある。勝てるかどうかは別問題にしても一方的にやられることはないはずだった。ただ、夢の中ということになると勝手が違う。体の自由はきかないし、どこまでも同じような光景が広がるし、トイレは死ぬほど汚いというのが相場だ。


 まあ、たまには綺麗なお姉ちゃんといい雰囲気になることもあるが、胸に手を伸ばした辺りで目が覚める。あれはどういうことなんだろうな。と、そんなことより、今は夢の中での呪いのことだ。まあ、セディができるというならできるのだろう。俺は最終的には添い寝を頼むことにした。


 ベッドを動かして二つをくっ付ける。寝酒を引っかけた俺が横になるとセディは俺の腹を枕にしようとした。少し離れたベッドからベティがこっそり様子を窺っている気配がする。セディが俺の腹を手でならして形を整えた。

「やめろ。くすぐったいじゃねえか」


「仕方ないだろ。少しでもリラックスした方がいいからね。これもオトールのためなんだから」

 向こうの方からフフッという声が聞こえてくる。なかなか、寝付けなかったが、セディの規則正しい呼吸の音を聞いているうちに眠りに落ちた。


 気が付くと俺は酒場の前に立っていることに気づく。微妙に異なる点があるが、ゾッドの片目を斬った町にあった高級店だ。女たちが中から出てきてしなだれかかると俺を店の中へと誘う。どれもこれも美人ぞろいな上に、なかなかに素晴らしい体つきをしていた。


 奥のソファ席に座ると一際艶やかな女性がやってくる。

「オトールさん。ようこそいらっしゃいました」

 えーと。なんか見たことある顔だな。そうだ。俺たちの金を持ち逃げしたマルガレートじゃねえか。


「おい。マルガレート。俺から盗んだ金を返しやがれ」

「何をおっしゃってるの? 私はそんな名前じゃないわ。馴染の女の顔と名前を忘れるなんて、本当に憎たらしいわ」

 妖艶な女は俺の腕を軽くつねった。


「そうだっけか?」

「やあねえ。オトールさん。さあ、飲んで」

 注がれた酒を受け取り飲もうとしたところで、グラスが粉々に砕け散る。手を酒が濡らした。


 女たちの表情が険しくなる。

「どういうこと?」

 視線の先には一人の猫人が居て、奇妙な筒状のものをこちらに向けていた。俺は、こいつも知っている気がする。


「オトール。夢の中でも相変わらずだねえ。鼻の下が伸びっぱなしだよ」

 この呆れた声はセディだ。ん? 俺がセディに会ったのはもっと後で、この頃はまだ知らなかったはず……。視線を戻すと女たちが伸びた紫色の爪で俺につかみかかろうとしていた。


 光が次々と女たちに吸い込まれる。顔を吹き飛ばされた首から黒い霧のようなものがあふれ出して一つにまとまると一人の剣士に姿を変えた。

「ゾッド!」

 俺は両足を蹴ると後ろ宙返りをしてソファから距離を取る。


 無腰の俺に対してゾッドは剣を抜き斬りかかってきたが、セディがまたもや魔法銃を放って倒してしまう。

「景気よく撃ちまくってるな、相棒」

「いいから、逃げるよ」


 セディに促されて店を出る。なぜか周囲の建物が燃えさかっていた。咆哮が響き渡る。空を飛ぶレッドドラゴンが口から炎を吐き、その先にあった建物が火に包まれた。レッドドラゴンが羽ばたきながら俺に向かってくる。慌てて俺は逃げ出すが、羽音はどんどん大きくなり……。


 一緒に走っていたセディが立ち止まると魔法銃を何発も撃ち放った。次々と結晶を交換して引き金を引く。銀色の結晶をセットして撃つと眩い腕ほどの光がレッドドラゴンの頭に穴を開けた。安堵の息を漏らすとベッドの上に寝ていることに気づく。むくりと起きたセディがニコリと笑った。

「どうだい? 私の言った通りだったろう?」


 なんかひでえ夢だった。寝たはずなのに疲労が抜けていない。さらに疲れが増すのが、ベティのワクワクした表情だったが気が付かないふりで返事をした。

「まあな。夢の中にまで本当に出てくるなんて、さすが相棒だぜ」

 冷たい汗をぬぐう。いやあ、まったく大したもんだ。

「これでもう呪いは仕掛けてこないんじゃないかな」

 

 宿を出てその日も馬を走らせる。騎乗していることもあり、首都アールデンへの道のりを順調に消化した。馬ならあと三日の距離にある要塞に到着する。この要塞は南北に走る差を山脈を通る切り通しにあり、首都アールデンの西の守りを固めていて、戦時ということで警備が強化されていた。


 カスバ側の関門を通過する。中に入るとそれなりに広い空間に出た。二つの関門に挟まれた場所は通行方向で区切られている。外へ向かう方が待機列は長い。俺たちが向かう方も比較的少ないながらも待っている人はいた。公用専用の列に並ぶ。待たされている人々からの視線に背徳感と優越感がないまぜになった気持ちになった。


 俺とセディは認識票があるので、簡単な質問に答えるとすぐに解放される。

「こちらの方は軍に所属していないですね。どういう身分の方でしょうか?」

 係官は疑わしそうな目で見つめ、ベティは愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

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