第45話 夢の中の呪い
酒に酔っぱらったセディはひとしきり陽気に騒ぐ。周囲の部屋から文句が出て、平謝りに謝った。そうこうするうちに糸が切れた操り人形のようにコテンと寝てしまう。幸せそうに口を動かしながら寝ているセディをベティと二人で眺めて顔を見合わせた。
「まさか、あんな風になるとは思いませんでした」
「セディ本人はよく分かってないが、酒にめちゃくちゃ弱いんだよ。まあ、絡み上戸や泣き上戸じゃないだけマシなんだけどな」
「真面目なセディさんにしては凄かったですよね」
ベティはふふふと笑う。参ったなあ。二人きりで酒を飲むことになるとは想定外だぜ。あまり意識しないようにしよう。それから二人で少しだけ飲んでお開きにすることにした。まだ明日からも旅は続く。ここから先、アールデンまでは淋しい場所はないが、一応は任務中だ。
ただ、なんとなく俺が手紙を届けられなくても大丈夫な気がしてきている。オリベッティのおっさんは海神の杖を探す件のときも俺を囮に使った。俺とセディという目立つペアをこれ見よがしに派遣することで敵の目をそちらに引き付ける。その間に本命が手紙を届けてしまうという作戦なのではないだろうか。
まあ、二日酔いで任務に失敗したとなったらさすがに面目丸つぶれだ。飲酒をしても意外としっかりしているベティも大人しく寝支度を始める。衝立の向うで夜着に着替えたベティはさっさとベッドに入った。俺も寝ることにする。一応、以前セディから貰ったドリームキャッチャーを枕元に置いた。
別に何か考えがあってのことではない。何か虫の知らせのようなものがあったのだろう。なかなか眠りに入らなかったが、ようやく寝れたと思うと嫌な夢を見始める。目が覚めたときは具体的な内容は何も覚えてなかったが、とても胸糞の悪いものだったということだけが残っていた。
そして、目が覚めて気がつくと枕元のドリームキャッチャーの毛糸が数本切れている。いつもは先に起きているセディが目をこすりながら口を開いた。
「オトール。それどうしたんだい?」
「分からねえ。起きたら糸が切れていた」
セディは気だるげに伸びをする。手で口を隠しながら大きな欠伸をした。
「なんだろう。口と体の中が気持ち悪い」
「それは間違えて酒を飲んじゃったからだろうな」
「なるほど。そうだったのか。それよりも糸が切れた件だけど、誰かが呪いをかけたみたいだね」
「そうなのか?」
「それは故郷のドルイドが作ってくれたもので、寝ている間に忍び寄る呪いを防いでくれるんだ。そんなに切れているということは相当な回数、夢の中でオトールを傷つけようとしたみたいだね」
え? このお守りって本当にそんな効果があったんだ。そして俺を傷つける呪い?
「なにそれ怖い」
そんなことを話していると目を覚ましたベティも起きてくる。
「何かあったんですか?」
ちらりと肌着姿のベティを見て目を逸らした。
「おい。何か羽織れ。目のやり場に困る」
「あ」
ベティは衝立の向うに消える。
着替えて戻ってきたベティは微妙に頬がほんのりと赤い。なんか、そういう反応されると女性ってことを俺も意識しちまうから具合が悪いんだけどな。とりあえず話題を元に戻した。
「セディが言うには俺に呪いをかけてきたのが居るんだと」
ドリームキャッチャーを見せながら説明する。ベティはドリームキャッチャーを手にするとしげしげと眺めた。
「華美な格好はしてないですけど、やっぱり師匠は色々と物凄い装備を持ってますよねえ」
「そりゃ、セディのもんを貸してもらっているだけだ」
「私はオトールに譲渡したつもりだったんだけどね」
「呪いを防げるという貴重な品をそう簡単に貰うわけにはいかないだろ?」
「どのみち、糸が切れちゃってるし、私にはそれほど必要じゃないから」
「セディ、どういうことだ?」
「私を夢の中で害そうとしても無駄ってことさ。どんなものが来ても魔法銃で仕留められる。夢の中なら弾は無制限だしね」
「なんか無茶苦茶なことを言ってないか?」
「そうかい?」
こともなげに言うセディに、ベティと顔を見合わせる。
「なあ、夢の中で自由に動けるか?」
「できたらいいと思いますけど無理ですね」
「そうだよな」
「ところで、師匠のことを呪ったというのは誰なんでしょうか?」
ベティの質問に、今度はセディと顔を見合わせた。
「オトールを恨んでいる相手ねえ。心当たりが……」
「ありすぎて絞り込めねえな」
「だよねえ。だけど、この護符の守りを砕くぐらいだから相当の実力者だね。そこから考えていけばいいんじゃないかな。そうだなあ、アンジェラの背後にいる人とか、この間の魔女とかは有力なんじゃないかな」
「アンジェラって誰です?」
女性の名前が出てきてベティは訝しそうにする。セディは何気ないふうを装っているが、俺にはしまったと思っているのがバレバレだ。
「ええと、手紙を狙っているグループの一味で、オトールに近づいて捕まった人だね」
ベティは訳知り顔になる。
「前に聞いたマルガレートさんと同じパターンで、師匠がデレデレしていたんですね」
なにその信用のなさ。まあ、その通りではあるんだけどさ。
反対側からセディが弁解した。
「いや、さすがにオトールも怪しいとは思っていたよ。だからアンジェラの裏をついて捕まえたわけだしね」
なにか俺を褒めてるようで微妙な非難が混じっている気がする。
「そうですか。それで呪いだなんて背後には誰がいるんです?」
俺はこのタイミングとばかりに会話に参加した。
「どうもな、ダナン共和国が噛んでいそうなんだよ。ということで相手は強大だ。命の危険もある」
糸の切れたドリームキャッチャーをかざしてみせる。
「まあ、一応俺も軍人だから覚悟はできているつもりだが、ベティはそうじゃないだろ。家に戻った方がいいんじゃないかな」
ベティは唇を尖らせた。
「えー、私ってそんなに頼りないですか? それに師匠絡みって時点で危険なことは覚悟はしてますし。こんなに面白そうなのに帰らされるなんて、美味しそうな店に入ったところで、追い出されるようなものじゃないですか」
「その例えでいうなら、匂いだけがいい毒入り料理が出てくるかもしれないぜ」
ベティは胸をはる。
「私はお腹は丈夫なんで」
俺はセディを見るが、口添えする気は無さそうだった。左右のヒゲを撫でるとあくびをする。
「おっと失礼。とりあえず朝食にしないか? なんだか胸がムカムカするんだよ」
二日酔いのくせに食欲はあるセディに急かされて下に朝食を取りにいく。そのせいでベティを送り返す話はうやむやになってしまった。なにも若い身空、しかもかなり魅力的な部類ときているのに、トラブルに首を突っ込むことはないと思うんだが。ただ、宿を出て楽しそうに馬に乗るベティに改めて家に帰れと言うのも気が引ける。
まあ、仕方ねえか。首をふりふり乗馬する。
「それじゃ今日も元気に出発!」
ベティが馬腹を軽く蹴った。にこやかな笑顔でセディがお先にどうぞと手振りをする。まったく。ちょっとでも二人を近づけようという固い意思に俺は苦笑するしかなかった。
実際のところ、ベティが邪魔と感じることはない。出しゃばることはないし、朗らかだが、芯の強いところもあった。努力家だし、辛抱強くもある。もしも、俺の娘だったら、鼻高々のあまり戸口にひっかかってばかりに違いない。ということで、同行者が増えたこと自体は、それほど悪いことではなかった。
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