第44話 ご機嫌セディ

 宿場町を出てからもセディは機嫌がいい。ベティとまた一緒に旅をしていることが嬉しいようだ。相変わらず俺にベティを薦めようということらしい。世話好きのおばちゃんじゃねえんだからさ。今は間に俺を挟むようにして馬を走らせながら、この間の出来事をベティに話して聞かせている。


「それじゃあ、手紙の中身は分からないんですね」

「まあね。勝手に見るわけにもいかないから。オトールは覗いてみるか、なんて言っていたけど」

「どうせ碌なもんじゃねえと思うけどな」


「取られないように気を付けなきゃいけないですね。分かりました。それで、もう一つの懸念事項ですけど、変異種を操る魔女ですか。確かにそれは一大事ですね」

 ベティは大蜘蛛の変異種と戦ったときのことを思いだしているようだった。ぶるりと身震いする。


「でも、元がゴブリンとはいえ、八体もの変異種を相手にするとは師匠も相変わらずの腕です」

「まあ六体はセディが魔法銃で頭を吹っ飛ばしたんだがな」

「オトール。謙遜することはないだろう。仮にも単身で変異種を倒したんだから」


 素直に俺を褒めるセディとはねえ。あからさまなんだよな。そんなにベティにアピールしなくったっていいだろうに。ちらりと視線をベティに向ける。家に居る時とは違って地味な旅装に戻っていた。それでも以前とは微妙に雰囲気が違う。肩の荷を下ろしたせいか、以前よりも表情が柔らかかった。


 もともと顔立ちは整っている方だし、魅力的かそうじゃないかと言えばまちがいなく前者だ。ぶっちゃけ夜のお店で横についてくれればラッキーとは思うだろう。しかし、ベティは弟子だった。正確には元弟子であるが、いずれにせよ、そういう関係にあった者を邪な目で見るというのはさすがに人としての一線を越えている。


 まあ、俺に人としての一線があるかというと心もとないし、男女のことなので何かの弾みでそういう関係になることはあるかもしれない。俺に酒が入っていれば自制しきれるかというというと……。ただ、そうなったときにお互い楽しい思いをしたことだし、じゃあそれでってわけにはいかないよなあ。いやはや、なんとも悩ましいことだ。


 セディはそんな俺の懊悩を知りもせず、ベティと話を続けている。

「そうだね。魔法銃に使う結晶もいくつかストックはできたから、あの魔女と再戦することになってもなんとかなるんじゃないかと思う」

「なるほど。それと師匠の剣ですね」


 レッドドラゴンのバルゴスに立ち向かった俺が一時的にせよ退けることができた理由を根掘り葉掘り聞かれて根負けしたため、ベティは俺の剣の秘密を知っていた。

「それで今は何かの魔法を中にため込んでいるんですよね?」

「ああ。変異種を操っていた魔女が俺にぶつけようとした何かをな」


「どんな内容かは分からないんでしょうか?」

「分からないなあ。あの状況じゃ人を害するための何かなんだろうとは思うけど、その内容が分かるほどは魔法に詳しくねえから」

「万能というわけじゃないんですね。でも、魔法剣とか憧れます。実力者の証って感じで」


 別に実力とは関係ないんだけどな。握りにある仕掛けをいじって剣を振れば、過去に受けた魔法が飛んでいくというだけの代物だ。珍しくはあるが、別に振るうのに資質や資格が必要というわけじゃない。素の状態なら誰にでも使える。ただ、それなりの実力がある高司祭のゼンカーディが俺と紐づけしてしまったので今では俺専用ではあるけれども。


 次の町には軍の駐屯地があったので、一応念のために報告に寄った。ベティの住んでいた町に小隊を呼び寄せる際にも事情を綴った簡単な報告書は送っている。聞けば伝書鳩を使って首都アールデンとカスバのオリベッティに既に一報されていた。まだ返信はないがそれなりに真剣みをもって受け止められているはずだと言う。


 するべきことをしたし、セディも納得したので宿を取った。ベティを別部屋にしようとすると抗議する。

「え? 私だけ別部屋ですか?」

「そりゃまあそうだろ」


「海神の杖を探しているときは皆一緒だったじゃないですか」

「あのときは仕事だったし、ほとんど野宿だっただろ。それに大きな町じゃ別部屋だった」

「今だってオリベッティ少将の依頼で仕事中なのは変わらないですよ。まあ、とりあえず無駄に部屋を取ることは無いですから」


 ベティは宿の主人に言って一部屋にしてしまう。階下で食事を済ませてから町中で買ってきた酒を飲み始めた。

「ほら、師匠。二人だけで飲むつもりだったんですね。酷いなあ」

「いや、飲むときは声はかけるつもりだったぞ」


「どーですかねえ。実はセディさんと二人だけの方が気が置けなくていいとか思ってません?」

「そんなことはないって。まあ、飲めよ」

「あ、そういうことを言うところだぞ、って顔をしましたね」


 セディはくつくつと笑ってヒゲを撫でる。

「オトールもベティさんの前ではカッコつけたいんだね。意識してるってことじゃないかな」

「おい。セディ。余計なことを言うな」


「この際だから言うけど、二人はお似合いだと思うけどねえ」

「あのなあ、セディ。ヒトってのはそう言われるとかえって意識しちまって上手くいくものも変になっちまうんだぜ。そんなことよりも気になっていることがあるんだ」

「急に話を逸らすんだね。まあいいや、拝聴するよ」


「あの魔女の話を伝えるのに伝書鳩を使ったよな。じゃあ、なんで俺たちはてくてくとおやっさんの遣いでアールデンまではるばる旅をしているんだ?」

「鳩の脚にくくりつける通信紙に書ききれない内容なんじゃないか。例えば図面とか。それなりに厚みのある封書だしさ。それと秘密保持のためとか」


「まあ、その可能性もあるとは思う」

 俺は干しイチジクをかじった。

「でな、これは副次的なものではあると思うし、考え過ぎかもしれないけどな」

 次に葡萄酒を呷る。


「また前置きがくどいね。年を取った証拠じゃないか」

「さらにベティの前でする話でもねえが、お前がさっき余計なことを言っちまったし、まあいいか。カスバとアールデンの間の街道はいくつかあるが、必ず通る場所がある。ベティの故郷の町だ」


 ベティも酒に口につけてから同意した。

「まあ、あそこを避けようとするとかなり遠回りになりますね」

「だろ。ということはだ、あのおっさん、今回のようなことを見越してやがったとしか考えられねえんだよな」


 セディはコップの中身を口にする。

「ああ、なるほど。オリベッティ少将はオトールがベティさんに途中で会うように仕向けたってことか。確かにあの人ならそういうことをしそうだね」

「セディ。お前が言えた台詞じゃないと思うぜ」


 ベティは唇を尖らせた。

「なあんだ。やっぱり、師匠は自発的に私に会おうという気は無かったんですね。それはちょっとショックだなあ」

「いや、ほら、俺は仕事中だったし」


「ラッヘの滝を見る余裕はあったんだけどね」

「何というか、俺はトラブルを招き寄せる体質だろ。ベティは近くに居ない方がいいと思うんだよな」

「それ、どういうことです? 私は半人前だから役に立たないってことですか?」


「役に立つとか立たないということじゃなくてだな……。やっぱり、こう、あれだ、君子危うきに近寄らずってやつだ」

「まあ、オトールはいっつも危険がそばにあるというか、なくても自分から突っ込んでいくよね」


 ああ。セディ、一体お前はどっちの味方というか、どうしたいんだ? 俺がセディに目をやるととろんとした目をしている。おいおい、ミルクだと思ってたけど、それはベティが飲んでいたヤギ酒じゃないのか? セディは上半身をぐらんぐらんと揺らすとパタリと倒れる。その後は大騒ぎとなった。

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