第43話 再会
「師匠! こんなところで何やっているんですか?」
俺の元弟子のベティが小首を傾げている。ぱっと顔が輝いた。
「ひょっとして、私のことを追いかけてきてくれたとか?」
俺はのほほんとしているセディを睨みつける。この野郎知ってやがったな。
一緒に歩いていたボスが喚きだす。
「師匠たあ、どういうことだ? 俺を騙していやがったのか? そうか。八百長でわざと負けるつもりだったのか。汚ねえ野郎だ。くそっ。もう五番勝負もくそもあるもんか。そこの生意気な娘と一緒にこのトンチキもやっちまえ」
「取引がご破算になっちゃったようだね。いやあ、残念残念」
セディが棒読みで声を出した。早速、跳びかかってくる男の鳩尾に拳を叩きこむ。元祖一派の下っ端どもは百人ほど。大乱闘になった。こうなったのは本意じゃないが火の粉は払わなくてはならない。
とりあえず、元祖一派から離れてベティの側に行く。
「師匠。なんであの連中と一緒に居たんです?」
「まあ、成り行きでな」
「例によって欲をかいただけだよ」
三人で背中合わせになって襲ってくる下っ端を殴り倒した。戦いの流れで輪を崩してもすぐに少し離れた場所で円陣を組む。俺たちがさきほどまで居た場所には伸びた下っ端が五人ほど横たわっていた。埒が明かないことにしびれを切らした元祖一派のボスが喚く。
「たった三人に何をやってやがるんだ。さっさとぶちのめせ」
一人でヒートアップしているが下っ端連中はあまり乗り気ではない。特に昨日の俺の腕前を見ている奴らは寄ってこようともしなかった。まあ、ベティに勝てないのに俺やセディに敵うわけはないのだ。
セディは暴力はどうとか言っているくせに今日はご機嫌で手足を繰り出している。みるみるうちに周囲の人垣が減っていった。追い詰められたボスは拳銃を引っ張り出す。
「死ねえっ!」
引き金を引く。パンと乾いた音に続いて高い音が響いた。セディの両手に棒が握られている。ボスの顎が落ちた。
「そんなバカな」
俺はすたすたと近寄るとボスの腕をねじりあげる。
「馬鹿はお前さんだよ。さすがに拳銃を人にぶっ放してただで済むとは思ってないよな。殺人未遂で逮捕させてもらうぜ。俺の相棒に感謝しろよ。鉄棒で鉛玉弾く芸はそう簡単にできるもんじゃねえんだ。セディじゃなきゃ死んでる」
「くそ。ふざけやがって」
事がここに至ってもボスはふてぶてしい態度を崩さなかった。
「お前さん。分かってるのか? 殺人未遂の現行犯だぞ」
「ふん。流れ者が偉そうな口をきくな。俺には凄いバックがついているんだからな。出るところに出ればすぐに釈放よ」
俺はベティに視線を向ける。
「そうなのか?」
「そうですね。なんか、この地方の判事とは親しいみたいですね」
ボスはフハハハと笑い声をあげた。
「どうだ参ったか。この素寒貧が。少し剣が使えるぐらいで偉そうにするな。逆にお前を暴行罪で訴えてやる」
俺はせせら笑う。
「それはちと無理じゃねえかな」
「何を強がりを言っている」
「強がりじゃねえんだな、これが。俺はこう見えても軍人でね。判事には裁判権がないんだ」
「見えすいた嘘を」
俺は首にかけていた金属片をボスの目の前でひらひらさせた。ボスの表情が変わる。
「まさか……」
「そうさ。こう見えても少佐の階級なんだ。しかも、くそったれなことに一時的に現役復帰してるときてるぜ」
今回のお遣いのためにオリベッティのオヤジは俺を一時的に復帰させていた。
「で、俺の相棒も臨時的に軍曹待遇ってことになってるんだ。つまり、あんたは職務遂行中の軍人への加害行為の現行犯になるわけだ。ということで罪状に国家反逆罪も追加になるし、裁判は軍事法廷で開かれることになる。理解した?」
ベティがちょっと恥ずかしそうな顔になる。
「あ、師匠。お仕事だったんですね……」
セディが寄ってきた。
「それはそれ、これはこれだよ。オトールもベティさんに会えてこんなに喜んでる」
おい、勝手に俺の気持ちを代弁するな。喜んでいるのはお前だろうが。
「こりゃ、面倒だが駐屯地までひとっ走りしてくるしかないな。ベティ。どこかで馬借りれるか?」
そこにベティに雰囲気が似た若い男がやってくる。
「ベティ。こちらの方は?」
「あ、兄さん。いつも話している師匠のオトールさんと相棒のセディさん」
「これはこれはようこそ。大しておもてなしもできませんが、ぜひ家にお出で下さい。両親も喜びます」
あれよあれよという間に連行されてベティの家族に歓待されることになった。ベティの実家はそれなりに勢力のある家で、駐屯地へ知らせるのは下働きの者が馬を走らせる。セディはにこにこしていたが、俺はどうも居心地が良くなかった。向こうの家族は娘に剣を取らせるというだけあって侠気もあり、さらに義理堅いところもある。
ベティの敵討ちを助けてもらった恩も感じているのか、下にも置かないもてなしを受けた。豪華な料理に、芳醇な酒。それはいいのだが、俺の横について酌をしてくれるのはベティなのだ。最初に会った頃より伸びた髪の毛をきちんと結い上げており、薄くお化粧もしている。ウエストを絞った服を着ていて魅力を振りまいていた。
海神の杖を探していたときの思い出話をしながら笑う度になにやらいい香りがしてくる。おっとあぶねえ。うっかり腰に手を回して抱き寄せようとするところだった。これは意識をしっかり保っていないと粗相しちまうぜ。ベティの父親が尋ねてくる。
「オトール殿はそれだけの腕を持ちながら、あまり功を誇らないのはなぜです?」
「いや、剣を振り回すのが多少得意でも、だから何って感じがしませんか? ほら、拳銃みたいなものも出てきているでしょう? 今に剣は時代遅れになりますよ。それに俺は行き当たりばったりで計画性もない根無し草なもので」
「本当にいい加減だよねえ」
セディがしみじみと相槌を打つ。
「でも、いい男ですよ。オトールは。芯があるっていのかなあ。根っこのところでは人の道に外れないというか」
「おい、気色悪いな。急に褒めてどういうつもりだよ」
「そのまんまさ。オトールは凸凹だらけだけどさ。人畜無害で悪を為さない代わりに善も為せない人間じゃないよね。まあ、いつもは下らないことばかりしてるけど」
「おい。褒めてんだか、けなしてんだか、どっちだよ?」
「褒めて、けなしてるのさ」
ベティが手を打って喜ぶ。
「いやあ、懐かしいです。お二人はこうじゃないとね」
その様子をベティの家族が微笑ましいという感じで見ていた。そんな婿を品定めするような目はやめて欲しいんだが。
三日もすると三個小隊が派遣されてきて駐屯する。ボスは護送されて取り調べをうけることになった。元祖一派の連中もその様子を見て大人しくしている。それで、ようやく出発できる状況になった。そわそわしている俺を見てセディは含み笑いをしている。そこへベティがやってきた。
「ところで、仕事中ってことでしたけど、何かまた面白いことしてるんですか? ひょっとして手が足りないとかないです?」
「オリベッティ少将の依頼でアールデンまで行く途中なんだ」
「おい、セディ。そんなこと話すなよ」
「別にいいじゃないか。他でもないベティさんなんだし」
「まあ、それはそうだけどさ」
「それじゃあ、私もついて行きますね」
「え?」
「お陰様で、この町も落ち着きそうですし、色々とお世話になってますからね」
「いや、ご両親も心配するんじゃないかな」
「いえ。むしろ賛成してますから大丈夫ですよ。では出発」
以前と同様にベティに押し切られてしまった。
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