第42話 利権

 兄ちゃんに案内されて元祖の元締めのところに行く。出てきたのはとても菓子屋の経営者とは思えない迫力のあるおっさんだった。案内してくれた兄ちゃんをジロリと見る。

「こちらのお客さんが助けてくださるって?」


「へい。腕に覚えがあるってことで」

 兄ちゃんに紹介された俺は胸を張った。

「まあ、言っちゃなんだが、俺より強い奴はそうそう居ないと思うぜ。条件次第じゃ助けてやってもいいと考えている」


「ほう。それだけの口をきくからには相当自信がおありのようだ。ただ、こちらも王家御用達の大切な看板がかかってるんだ。腕試しさせてもらうぜ」

 裏庭に出ると木剣を投げて渡される。樫の木か何かで作ってあるらしく、それなりに重さがあった。


 ボスのところの若い連中が同じような木剣を持って並ぶ。ボスが説明した。

「ルールは本番と一緒だ。降参させるか、相手の剣を弾き飛ばすか、地面に這いつくばらせたら勝ちよ。それじゃあ、準備はいいかい?」

「ああ。いつでも始めてくれ」


 三十前ぐらいのきびきびした動きの男が進み出て両手で剣を構える。真正面に剣先を向けた姿は正規に剣の修行を積んだことをうかがわせた。俺は半身になり右肩に右手で握った剣を載せ、左手を伸ばす。手のひらを上に向けて四本の指をクイクイと曲げてかかってくるように誘った。


 相手の男の顔にさっと怒気がのぼる。

「後悔するなよ!」

 するすると寄ってくると男は裂帛の気合と共に振り下ろし……、カンという小気味いい音と共に天高く木剣を跳ね飛ばされた。


 元の姿勢のままの俺を見て顔に狼狽を浮かべる。俺は笑いかけた。

「悪いな。ちょいと本気を出しちまった。あんたもなかなかの腕だと思うぜ」

 さらに後ろに控えている連中に声をかける。

「面倒くさいから一度にかかって来いよ。連れも早く終わらせろ、って言ってたしな」


 セディを目で探すといつの間にか姿を消していた。

「あれ? 俺の連れは?」

「なんか散歩に行くと仰ってましたよ」

 俺を連れてきた兄ちゃんが答える。


「まあ、いいや。ということで相棒も退屈しちまったようだし、さっさと終わらせようぜ」

 俺の言葉に相手達はボスの顔を窺う。ボスはゆっくりと頷いた。

「そこまで言うんだ。全員で当たれ」


 残りの四人が散開して俺を四方から囲む。おやおや、意外と喧嘩慣れしてやがるな。四人はぱっと一斉に俺へと剣を振るった。頭、右腕、腹、脛と高さもバラバラの斬撃が襲ってくる。俺は素早く前に出ると正面から振り下ろしてきた木剣を軽く流しつつ、胸と腹を蹴って後ろ宙返りをした。


 右から腕を狙っていた剣に絡ませて跳ね飛ばすと、脛を払おうとした剣を踏みつける。腹を薙ぐつもりで空振りした男が下がろうとするところへ刺突した。剣で跳ね上げようとするのを押さえつけ、そのまま首筋に剣を当てる。

「参った」


 胸を蹴られて吹っ飛んだ男が起き上がり、剣を飛ばされた男と、取り落とした男がそれぞれ拾い上げた。俺をここへ連れてきた兄ちゃんが我が事のように喜び声援を上げる。

「さすがっすね。俺の目に狂いはなかったぜ」


 ボスも満足そうに頷いた。

「お見事。客人の腕はよく分かった。それじゃあ、助力をお願いするとしよう」

「俺の腕前に納得してもらえたようだな。それじゃあ、今度はこっちの番だ。これだけの腕だ。安くはないぜ」


「分かっているとも。ここじゃなんだ。一席設けて食事しながら条件を詰めようじゃないか」

「ちょっと待ってくれ。俺の連れが……。ああ、セディ。どこ行ってたんだよ。俺のかっこいいところも見ないで」


「オトールが負けるはずはないからね。ちょっと町の様子を見てきたんだ」

「今から飯食いながら条件を話すことになってる。とりあえず菓子じゃなくて食事が取れるぜ。さあ、行こう」

 ボスに連れられて立派な構えの店に案内される。


 テーブルには肉や魚の料理が並びボスが勧めた。

「とりあえず、この料理は腕を披露してもらった礼だ。遠慮なくやってくれ」

 俺は肉を焼いたものを自分の皿に取り分けながら聞く。

「料理もいいが、ちと喉が渇いた。酒は出ないのか?」


 ボスはうっすらと笑う。

「明日の勝負を控えているんでね。祝杯は勝ってからにしてもらおうか。酒は腕を鈍らせる」

「一杯や二杯じゃ影響出ないんだがな。まあいいや。それじゃあ俺が助っ人をする条件を決めようぜ」


 本物の魚料理に手を付けていたセディがキランと目を輝かせた。あれ? 興味無さそうだと思っていたが、何か意見があるようだ。

「何だよ。相棒」

「やっぱり足止めされるのは気が進まないね」


「今さらそりゃないだろ。たった一日だぜ」

「この宿場町で一番の駿馬を二頭お貸ししましょう」

「勝てばの話でしょう? オトールは調子に乗って本番でしくじるかもしれないし、夜のお店の人と遊んで腑抜けになるかもしれないしね」


「さすがに俺だってそれぐらいはわきまえてるさ」

「どうだかねえ」

 俺とセディのやりとりにボスが割って入る。

「勝敗に関わらず、馬はお貸ししましょう。そして、勝った時にはこんな報酬でどうです?」


 先ほど兄ちゃんが言っていたような条件を出された。俺は欲張ったことを言ってみる。

「この料理は大したもんだが、侍ってくれるお姉ちゃんがどの程度なのか見れないとなあ。それによっちゃやる気が変わってくるんだが」


 ボスが後ろに控えているのに二言三言ささやく。そいつが外に出て行ってしばらくすると女性を三名ほど引き連れてきた。どちらかというと慎ましい服装をしているが顔立ちと体つきは悪くない。ボスが俺の顔色を窺った。

「どうです。結構なものでしょう? 一番の売れっ子はもっと美人ですよ」


 ボスが手を振ると女性たちは部屋を出て行く。ボスがふんぞり返った。

「酒も良くないが、戦いの前に女はもっと良くない。お客人。まあ、一日ぐらいは我慢してもらいましょう。勝てば極楽はお約束しますよ」

「負ければ地獄ってことだね」


 セディがまぜっかえす。それに対してボスは鷹揚な笑みを浮かべた。

「先ほど見せてもらった腕前があれば、そんな心配しなくてもいいと思いますがね。まあ、向こうの剣士も相当なもんです。油断はしないでくださいよ」

「しかし、あの鱒フライってのは相当儲かるんだな?」


「まあ、王家御用達の看板を掲げる店は賭場の開帳が許されるんでね。そりゃ儲かりますよ」

「なんだそういうことか。まあ、悪くはねえ菓子だが、そんなにバカ売れするとは思えなかったんでね」


 ボスはにやりと笑う。

「ということで、相手は一人腕の立つ剣士がいるだけなんで、そいつさえ破ってくれれば、あとはうちの連中でなんとかなります。先生、一つよろしくお願いしますよ。では私は用がありますので。明日またお目にかかりましょう」


 ボスが席を外した後も適当に食事をして、あてがわれた部屋に引き上げた。

「セディ。もっと強硬に反対するかと思ったんだが、意外に文句を言わないんだな」

「まあ、オトールの悪い癖が出たんじゃ仕方ないよ。馬を貸してくれるっていうのも悪い話じゃないしさ」


 何かが引っかかる。賭場の利権も絡んでいるということを知ったら、もっと騒いでも良さそうなのにセディは何も言わなかった。

「さて。思わぬ不覚を取らないように早く寝た方がいいんじゃないかな」

 今夜はお姉ちゃんも相手してくれなさそうなので俺も素直に従う。


 翌朝は腹にもたれない程度にしっかりと朝食をとった。宿を出て、長い宿場町の真ん中に向かう。そこの広場が試合会場だった。途中でボスが出迎えてくれ、一緒に広場に向かう。反対側からも一団がやって来た。その中から一人の剣士が進み出る。その姿を目にし、セディを見るとしてやったりという顔をしていた。

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