第41話 王家御用達

「いやあ。ラッヘの滝はなかなかに壮観だったな。この面倒な仕事を引き受けた甲斐があったってもんだぜ」

「それはそうかもしれないね」

 滝をたっぷりと鑑賞し村の歓待を受けた後、俺たちはまたアールデンを目指す旅に戻っている。


 追手の姿は無いし、あの魔女もその後現れることはなかった。一応報告をしておこうとは思ったが、まとまった規模の軍の駐屯地はかなり先まで行かないと無い。一番近場なのはアンジェラを捕まえた町なのだが、戻るのも面倒なので、それはやめていた。セディは首を傾げている。


「それでいいのかい?」

「ほら、俺たちはおやっさんの仕事を請け負ってるじゃねえか」

「脇道にそれて観光をしていた人が言うと説得力があるよね」

「そうは言うけど、寄り道したからこそつかんだネタだぜ」


「怪我の功名なのはその通りだけどさ」

「まあ、ラッヘの滝の近くの村が救援要請をしていたし、派遣される軍があるだろう。そこから報告があがるさ」

「いい加減だねえ。変異種を思うがままに操れるとなったら一大事だよ」


「俺たちの敵じゃなかったさ」

「元がゴブリンだからね。大蜘蛛が八体とかだったらどうする?」

「ダッシュで逃げる」

「そう言うだろうと思ったよ」


「絶対勝ち目のない相手に挑むのは無謀な間抜けってもんさ。こっちも戦力を整えねえとな。まあ、俺たち二人だけで背負い込むにはデカすぎる案件だ」

「だからこそ、早めに報告した方がいいと思うけどね」

「それで、せっせと歩いてるじゃねえか」


 俺は頭の後ろに両手を組んで当てる。

「それにどっちかっつうと軍よりも魔術師協会案件だよな。となると結局アールデンに行くしかねえわけさ。それともセディ、どこか魔術師が常駐してそうなとこ知ってるか? 最果ての門なら居るだろうけど、距離はほとんど変わらねえし向きが真逆だからな」


 セディは腕組みをして考えた。

「聞いたことがあるのは大坑道と死の湖だね。どちらも北か南に離れたところだよ。まあ、そこに向かうぐらいならアールデンの方がいいかもしれない。それじゃあ、急ごうか」

 

 そうは言っても闇雲に走るわけにもいかない。疲れるだけだし、中途半端な距離を稼いでも野宿する羽目になるだけだった。一応追手がかかっている立場なので、不寝番なんぞを交代でしていると増々疲労が蓄積してしまう。一方で馬を借りようにも、この周辺には良さそうな馬がいなかった。


 結局、今まで通りと変わらない旅をすることになる。東西を結ぶ街道に戻って五日ほどしたところで比較的大きな宿場町に到着した。近くの川で獲れた魚を菜種油でこんがりと揚げたものが名産らしい。町に入るなり呼び込みの声がかかった。

「どうだい。そこのお兄さん。うちの元祖鱒フライ食べていきなよ」


 背中に幟を背負った男が割り込んでくる。

「いやいや。鱒フライを食べるならあっちにある本家のにしておきなさい」

「なんだと。先にこっちが声をかけたんだ。邪魔をするんじゃねえ」

「いやいや。何も知らない旅の方を騙そうってんだから見過ごせねえよ」


 一触即発のにらみ合いが始まりそうになるのをセディが止めた。

「ええと、お客の前で喧嘩をするのはどうかと思うけど。どっちも心証が良くなくなるよ。本家と元祖というのがあるんだね。どう違うのか、静かに説明してくれるかな?」


 双方色々なことを言っていたが、長々と聞いた俺には差が分からない。

「まあ、食い物をあーだこーだ言うよりも食った方が早いな。その元祖ってのを二本貰おうか」

 とりあえず近くの方のものを食って、後で本家のを食べればいいと言ってみる。


 セディは魚には目が無いし、歩き詰めで疲れているので両方食うぐらいは何ともないはずだった。本家を勧めていた男はむっとすると町の向うへと行ってしまう。それを見た元祖の店員はここぞとばかりに文句を言った。

「まったく礼儀のなっていない野郎でさ。はい、お待ち」


 串に刺した鱒の形のフライを手渡される。立ったまま食べようとするとセディはキョロキョロと視線を走らせた。

「どこか腰掛けるところはありますか?」

「ああ。この横のところに椅子がある」


 セディは店を回ったところの古ぼけた椅子に座るとふうふうと冷まし始める。俺は立ったままでかじりついた。

「うお。あっつ。舌火傷したぜ」

 慌てて口の中からフライを出す。


 フライを持っていない方の手の指を口の中に突っ込むとべろりと禿げた半透明の皮膚を引っ張り出して路上に捨てた。

「セディ。気を付けろよ。滅茶苦茶熱いぞ」

「見りゃ分かるよ」


 半眼で俺を見上げてくる。慌てて立ったまま食べるからさ、と目が言っていた。セディは端の方を慎重にひと齧りする。

「うん?」

 俺も先ほど口から出したものの先端にかじりついた。


 口の中に香ばしさと、焼き林檎の甘さ、シナモンの風味が広がる。なんだこれは?

「なんだこれ? 魚じゃねえぞ」

「魚の形をした揚げパンに林檎のジャムを詰めたものみたいだね」

 セディのヒゲが垂れ下がっている。


 そりゃまあ魚だと思って食べたらお菓子だったわけだからな。しょっぱいものを予想していたところに甘いものがくる肩透かしに脳が追いつかないのだろう。それにセディは魚は好きだが、甘いものはそれほどでもなかった。俺としては慣れればそれなりという感じ。二人で食べていると店の兄ちゃんがやってくる。


「どうだい。うちの元祖鱒フライは? うまいだろ?」

「そうだねえ」

 セディが心中の思いを隠して愛想よく相手をすると、兄ちゃんは頼まれもしないのに語り出した。


「この町は二つの勢力に分かれているんですよ。この銘菓鱒フライを王家に献上するのは元祖か本家かってね。ついこの間までは元祖が一手に引き受けていたんだが、最近じゃ本家の奴らも盛り返してきやがって。まったく世知辛い世の中ですよ」

 兄ちゃんは深いため息を漏らす。


「どうやって決めてるんだい?」

「それぞれが用心棒を五人まで選出して勝ち抜きで剣の試合をするんですよ。五回戦で勝った方がその後一年間御用達の看板を掲げられるってわけで」

 思わず俺は突っ込みを入れた。


「味で勝負とかじゃないのか?」

 兄ちゃんは不思議そうな顔をする。

「いや、味はほとんど変わらないんで」

「……そうなのか」


 兄ちゃんは俺の腰に目を向けた。

「お客さん。ひょっとして腕に自信があります? だったら、うちら元祖に手を貸しちゃくれませんか? 本家の奴ら、とんでもなく腕の立つのを雇ってやがるんですよ」


 セディは立ち上がると串をごみ入れに捨てる。

「ご馳走様。悪いけど急ぎの用事があるんだ」

「その腕の立つ剣士ってのは最近出戻ってきたって奴でね、凄く腕を上げてやがるんでさ。こいつに勝てなくて困ってるんです。とりあえず、うちのボスに会ってくださいよ」


「いや、悪いが相棒が言ったように急いでいるんでな」

 俺が背を向けて立ち去ろうとすると兄ちゃんは叫んだ。

「なんと明日が五番勝負の三戦目だ。いいタイミングでしょう? で、試合が終われば馬をお貸しできます。勝てば食べ放題、飲み放題、若いキレイどころを侍らせ放題ですぜ」


 足を止める。

「若いキレイどころってのは本当だろうな?」

「これだけ往来のある宿場町ですぜ。そりゃもう粒ぞろいを揃えてますよ。普段は指名料だけで百ギルダを取ろうって別嬪さんが前後左右についてもう天国でさあ」


「歩くよりは馬の方がいいよなあ。相棒?」

 急に態度を変えた俺をセディが睨んだ。

「本音は別のところにあるよね?」

「ないない。じゃあ、ボスのところに案内してくれ。こう見えて俺は結構な腕なんだぜ」

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