第40話 謎の敵
見て取った状況の異常さにうなじの毛がチリチリとする。この感覚は久しぶりだ。横を見るとセディの毛もぶわっと広がっている。鉄棒を腰に収めて魔法銃を手にしていた。さすが状況判断が早い。
「どうする? オトール?」
攻撃衝動が高まっているはずの変異種が唯々諾々と集団行動をしている。つまりローブ姿の誰かさんは変異種を支配下に置いていると見ていい。そんなことが可能という話は聞いたことがなかった。混沌に侵されるとひたすら攻撃を繰り返す凶暴な破壊者になる。
変異種を支配下に置ければ世界のパワーバランスは一変してしまう。変異種で構成された軍隊と戦うというのは悪夢といっていいだろう。ゴブリンの数は八体。ふらふら単独行動をしていた連中が居たことを考えると最大で八体しかコントロールできないのかもしれない。しかし、確たる証拠はなかった。
今後どうするかを相談する暇はなかった。ローブ野郎がこちらに視線を向ける。くそ、勘のいい野郎だぜ。こうなったら戦いあるのみだ。俺はすかさず走り出していた。三十歩ほどの距離をあっという間に詰める。落ち着き払った態度に嫌な予感が大きくなった。
抜き打ちざまの俺の剣は相手が左手の甲をこちらに向けて払うと見えない何かに阻まれる。キーン。魔法障壁か。聞いたことはあるが初めて目の当たりにするものに衝撃を受けた。このローブ野郎は魔法使いだ。ローブ野郎が大きく腕を振り上げる。その動きにつられてフードが少しずれた。いや、訂正だ。野郎じゃねえ。こいつは魔女だ。
俺は大声で叫ぶ。
「チキショウ。魔女だぜ!」
フードの奥で魔女がニヤリと笑った。ゾクリとする。ヤバイヤバイヤバイ。もし、こいつが蛙の魔女ベガと同じくらいの実力を持っているとすると俺に打つ手はなかった。
それでも俺は見えない壁に向かって剣を切りつけ続ける。もごもごと口を動かしている魔女の頬に冷笑が浮かんだ。俺が手も足も出ないことをあざ笑ってやがる。ムカついたが実力差は明らかだった。
「クソ! クソ! クソ!」
半狂乱のように剣を叩きつけていた俺はぱっと横に半歩ほど飛びのく。俺の左腕のすぐ下を青い光が通り過ぎた。魔法障壁をすり抜けた光はローブに吸い込まれて青い火花を散らす。魔女は苦悶の声を上げた。やったぜ。俺はすかさず一歩踏み込んで剣を振り下ろす。
魔法障壁に弾かれることなく俺の剣は魔女を斬り下げるかに見えたが、予想以上に素早いやつだった。魔女はさっと半身を引き、俺の剣の切っ先がわずかにローブを切り裂き血を滲ませる。魔女は早口で何かを叫ぶと引いた左腕を手のひらを開いたまま俺の方に突き出した。
俺は慌てて剣を立てた。がくんと手に衝撃が伝わるがそれ以上は何も起きない。魔女は舌打ちをする。斬りかかろうとすると魔女は俺が走り寄ったときと同じ動作をした。薬指にはめた指輪の宝石が鈍い光を放って砕ける。俺の剣は再び魔法障壁に阻まれた。
魔女は早口で何かを唱えるとともに両腕を忙しく動かす。時おり苦痛の表情を浮かべながらも呪文を唱え終わった。剣の握りにある仕掛けを触ろうとしていた俺は慌てて剣を垂直に立てる。先ほどの魔法と同様に吸い取ることを願った。こいつは大掛かりな魔法だ。ひょっとすると剣がもたねえかも。
魔女は俺の不安をよそに憎々し気に睨みつけた残像を残すとふっと姿をかき消す。くそ、姿を隠しやがったのか? 少し離れた場所でドシンという音がする。ゴブリン共が抱えた丸太が放り出されていた。そして目に嗜虐性を帯びたゴブリンが獲物を見つけて喜びの叫びをあげる。
つまり、魔女は去ったということか? さっきの魔法は空間転移のためのものだったらしい。あらかじめ定めた門との間を移動するためのものだ。門に向かって跳ぶのは逆に比べればそれほど難しくない。門から跳ぶのは限られた魔法使いか魔女にしかできないとされていた。
おっと、それどころじゃねえや。俺から十歩しか離れていないところには八体の怒れるゴブリンがいるんだった。
「なあ、やめとけよ。俺は美味くないぜ」
俺の説得は虚しく空中に消える。
「しゃあっ!」
叫び声をあげて俺に突っ込んできたゴブリンの頭に灰色の光が突き立つと同時に吹き飛ぶ。怯むことなく次々とゴブリンが俺に向かってくるので、俺は正面を向いたまま後ろに跳び続けた。
灰色の光が一体、一体と吸い込まれ二体を残して頭を吹き飛ばされる。そのタイミングで俺は逆襲に転じた。跳び退ると予想していた俺が前に出てきたことに対応できないゴブリンの横を駆け抜けながら胴をしたたかに薙ぐ。その後ろのゴブリンは鋭い爪を俺に突き出してきた。
剣でその爪を払う。運が良いだけなのか、それとも一番強い個体だったのかは分からないが、最後のゴブリンとは数合切り結ぶことになった。向こうは両手に爪がある。こっちの剣は一本しかない。そこはなんとか技量でカバーした。ゴブリンの後ろにやってきたセディが鉄棒を構えながら殺気を迸らせる。それに対応したゴブリンの首を俺が刎ね飛ばして戦いは終わった。
ふいい。疲れた。しゃがみ込む俺をセディが見下ろす。
「大げさだね」
「いや、こいつらはともかく魔女相手だぜ。俺の剣じゃなかったらやられてた」
「ゼンカーディ君に感謝するんだね」
まったくだ。魔法を吸収するなんてとんでもない能力を秘めた剣をくれた俺の弟子にはいくら感謝してもし足りないだろう。弟子に借りを作りまくる師匠たあ情けねえな。やれやれ。俺は立ち上がりながらセディに尋ねる。
「なんで二体残した?」
「オトールなら二体ぐらい相手できるだろうと思って。あの魔女とまた対峙することを考えたら結晶は節約しておかなきゃってね」
「ああ。それもそうだな。そうだ。支援射撃助かったぜ。俺一人だったら魔女は持て余しただろう」
俺は倒したゴブリンから結晶の回収作業を始める。
「どうだろうね? 仮定の話をしても仕方ないけど、あの魔女がもう一回オトールを傷つける魔法を使っていたら勝てていたんじゃない? 最初の魔法と一緒にぶつけていたら魔法障壁ごと魔女を圧倒したと思うよ」
「まあ、いずれにしても魔女は逃亡しちまった。そういや、魔法障壁を生み出していた指輪の宝石が砕けていたな」
結晶の回収が終わった俺は魔女がいた辺りの地面を調べた。緑色の宝石の欠片を拾って小さな革袋に入れる。
「無駄骨になるかもしれないが持っていこう。何かが分かるかもしれない。どうせ大した量でもないからな」
「持ち主が特定できるといいね」
「まあ、そんじょそこらで手に入るものじゃないからな」
話を続けようとしてセディが俺を止める。
「まあ、その話は後にしよう。どうも彼らが私たちのことを敵か味方か判別しかねて困っているようだよ」
セディが指さす方を見ると塔の上からいくつかの顔が見下ろしていた。
俺が手を振ると問いかけてくる。
「見かけない顔だが何者だ? あの者達の仲間ではないようだが」
「ただの観光客さ。有名なラッヘの滝を見に来たんだよ」
セディが横でため息をつく。
「それって何の疑問の解消になってないじゃないか」
「謎めいていた方がカッコよく見えるじゃねえか」
セディが肩を落とすので、慌てて上に向かって怒鳴った。
「俺はオトール。以前は軍にいて、今でも退役少佐の肩書は持ってる」
金属片も示してやる。何度か言葉の応酬の後に塔の扉が開いた。
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