第39話 前哨戦

 俺は脇にセディを引っ張っていく。

「聞いたか、相棒。観光で生計を立てているこの村にとっちゃ死活問題だ。俺たちで退治しようぜ」

 セディは思い切り不審そうな顔をした。


「オトールが積極的に人助けをしようなんて言い出すなんて、明日には世界の終焉が訪れるかもしれないね」

「そりゃないぜ。俺だってたまにはそういう気分になることだってある」

「単に自分がラッヘの滝を見たいだけじゃないのかい?」


「まあ、それも否定しねえよ。だけどよ、どうせ軍を呼び寄せて退治するんだったら俺たちがやった方が早い。お礼も期待できるし」

 セディが半眼になる。俺は言葉を続けた。

「お前の魔法銃用の結晶も手に入るぜ。仮に灰色のものだとしても無いよりはマシだろ」


「確かにそれはそうなんだけどね。そのためにはまた鉄棒を振り回すという野蛮なことをしなきゃいけないじゃないか」

「そりゃ仕方ないだろ。とりあえず最初の1個でも手に入れないことには、切った張ったをするしかねえんだから」


 やっぱりセディは魔法銃が使えないと落ち着かないようだ。俺の不始末のせいで結晶を全部使わせてしまったことが気になっていたが、これでなんとか手に入りそうだ。俺は見得を切る。

「俺は一人でも行くぜ」


「仕方ないねえ」

 セディは首を振り振り、諦めた顔をした。

「まあ、折角オトールが善行をしようというんだ。邪魔するのも悪いしね。このままだと死後に地獄すら受け入れを拒否されそうだもの」


 ひげを振るわせて笑ったセディは真面目な顔になる。

「ゴブリン退治をするのはいいとして、勝算はあるのかい? 変異種となると群れを一度に相手するとなると厳しいかもしれないよ」

「まあ、変異種になったところで知能が向上するわけじゃねえ。一番おっちょこちょいな奴をやっつけて結晶を回収、後は順次って感じでどうだ?」


「作戦とも言えないようなアバウトな提案をありがとう」

「よせよ。照れるじゃねえか」

「まあいいや。緻密な作戦を立てるのも実行するのも難しそうだもんね。それぐらい緩い方がかえって上手くいくかもしれない」


 話がまとまったので、再び門番のところに赴いた。しかし、俺たちが退治してやると言っても信用されない。門は開けられませんの一点張りだった。まあ、町の中になだれこんでこられたら困るという主張は分からなくもない。二人でやっつけるというのを大言壮語と思われても仕方ないだろう。


 俺は門の横の壁の鉄梯子を登り始めた。

「ちょっと。勝手に何をしているんです」

 門番は慌てて制止しようとするが、もう足に手が届かないところまで俺は登っていた。


 門番を飛び越えるようにして隣の鉄梯子にセディがつかまるとスルスルと登っていく。俺も手足を忙しく動かしてその後を追った。人の背丈の三倍以上の高さのある外壁の上に出る。弩砲に張り付いている兵士が怒鳴り声をあげた。

「民間人が勝手に登ってくるんじゃない」


「そう言うなって。すぐに降りるからさ」

 俺は外側に張り出した部分にある穴を覆う木の覆いを取った。敵が攻めてきたときに岩やなんかを落すためのマ-ダーホールが口を開ける。俺は縁につかまると体を宙ぶらりんにし手を離す。


 膝を使って着地のショックを殺しつつ、前転をしてパッと立ち上がった。続いてセディが降りて来る。さすがというべきか柔らかく着地し平気な顔をしていた。親指を立てて賞賛の意を贈る。それから上に向かって怒鳴った。

「これからちょいとゴブリン退治をしてくる」


 制止の声を聞き流して、道を進んでいく。すぐに上り坂になった。

「あいつらは頭が弱いから待ち構えているということは無いと思うが、下から攻めあがるのは不利だな」

「防御陣地とか作られると面倒だったね」

「とりあえず坂を駆け下ってくる勢いにだけは気を付けよう」


 セディの耳が動き唇に指を当てる。鼻をヒクヒクさせて顔をしかめた。手で向かって少し離れたところにある左の茂みを示し指を二本立てる。ジェスチャーで何か袋のようなものを引っ掻き回している動作をした。足音を殺して近づき、左右に別れて茂みを回り込む。


 灰色の肌をした小柄な人型のモンスターがピカピカしたものを取りあっていた。その下には空の袋が転がっている。観光客が慌てて避難したときに置いていったものを見つけて自分のものだと争っているのだろう。通常の個体に比べると胸板も厚く、手足も逞しかった。手足の爪も研いだばかりのナイフのように鋭い。


 反対側からセディが跳躍すると鉄棒を両手に持って一匹のゴブリンの頭上から叩きつけた。鈍い音が響く。頭の位置の三倍ぐらい高いところから落ちてきたセディの体重が乗った一撃だ。いくら変異種といえどもひとたまりもなかった。ゴブリンの頭蓋骨が陥没しバタリと地面にくずおれる。


 奪い合いをしていた品物を後生大事に握りしめたまま、もう一匹のゴブリンが警告の叫び声を上げようと胸骨を膨らませた。背後に迫っていた俺が剣を抜きざまに水平に振るう。首の太さもその辺りにいる奴らよりも一回り以上太かったが、狙いすました一撃は頸椎ごと断ち切った。頭がどさりと落ちて、首から血が吹き出す。


 周囲の気配を伺うがゴブリン特有の甲高い警告の叫び声は上がらない。ふう、と息を漏らして俺は剣の血を拭い鞘に納めた。二体の腹を割いて結晶を探る。片方からは灰色のが二つ、もう片方からは緑がかったのが一つ出てきた。三つともセディに渡す。早速セディは魔法銃の後ろを折り結晶を中にセットした。


「まずは幸先いいな」

「完全に奇襲になった形になったからね」

「そんな顔をするなって。こいつらだって放っておけば旅人の寝首をかきにくるんだからさ」


「分かっているよ。オトールの言う通り、こうした方が合理的だ。でも」

「卑怯な気がするっていうんだろ。まあ、この後は嫌でも正々堂々を戦うことになるさ。ゴブリンの群れはだいたい二十匹前後で構成されていることが多い。まだまだたくさんいる」


「そうだね。こっちは十分の一しかいないんだった。これぐらいは大目に見てもらうか」

 セディは銃を背負うと鉄棒を両手に構える。

「ああ。どうせ向こうも気にしないだろうぜ。ん? 銃は使わねえのか?」


「貴重な結晶だからね。なるべく使わずにすませたい。今これを振り回すか、後ほど使うかの違いでしかないからね」

 両手の鉄棒を掲げてみせた。俺はセディの判断を尊重して頷く。

「それじゃあ、この先へと進もう」


 再び坂道を登っていく。単独または少数で行動しているのを五匹ほど見つけて倒す。集団で行動していないのはこちらとしてはありがたかった。

「やっぱり混沌の影響を受けると凶暴性が増す分、集団行動がとりにくくなるのかもしれないね」


「そうだな。弱いうちは群れることで少しでも有利になろうとしているが、ちょっとでも力を手に入れると一人でやっていけるってなるんだろうな」

「なんだかオトールに似ているね」

「あ? さすがにそりゃ酷くねえか」


「あまり特定の人間とつるむのは好きじゃないよね?」

「この間の海賊退治のときはそうでもなかっただろうが」

「だから仕事でもない限りはさ」

「そんなこともねえつもりなんだけどな。どっちかつうと一か所に留まっているのが性に合わねえ……。なんだ、この音は?」


 崖を巡って道は弧を描いている。その向こうから鈍い音が定期的に響いていた。用心しながら進み崖の端から向こうを覗く。滝つぼを覆うように広がるもやの手前にそびえる円筒形の塔の入口をゴブリンどもが取り囲み、丸太を抱えて扉に打ちつけている。その近くには明らかに背丈が違うローブ姿の人物が居た。

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