第38話 ラッヘの滝
セディに言われるがまま詰所に出かけ兵士を引き連れて戻るとアンジェラたちを引き渡す。セディと二人で部屋の中を家探ししたが、アンジェラの身元が割れるようなものは無かった。一人残してもらった兵士に見つかった金銭その他を預けると、残っていた酒のボトルだけは頂いて自分たちの部屋へと引き上げる。
俺がボトルに直接口をつけて飲むとセディが呆れた声を出した。
「ねえ。オトール。ボトルに毒が入っているとか思わないわけ?」
「大丈夫。変な味も臭いもしねえから」
「無味無臭のものだってあるだろうに」
「アンジェラもグラスに口をつけていた。薬が入っているとしても俺に出されたグラスにだけだよ。ボトルには入れてないさ」
「まあ、具合が悪くなるのはオトールだからいいけど」
「しかし、人気者は辛いねえ。女仕掛けでくるのはこれで二度目だぜ。鼻の下を伸ばした顔をした甲斐があるってもんだ」
「ということはだよ、最初の襲撃者と同じ一味ということになるね。力づくでは難しいと判断したってことだし、背後にはそれなりに大きな組織が控えているということになる。そして、よっぽど、あの手紙を手に入れたいんだろうね」
「何が書いてあるんだろうな。こっそり覗いてみっか?」
「気は進まないけど、中を見て襲撃が無くなるならそれでもいいけどね」
「そうなんだよなあ。内容を知ってから手紙を失くしたりしたら、すげえ拷問とかかけられそうだし。やだやだ。まあ、なんだか疲れたし、とりあえず寝るか」
厳重に戸締りなどをしてベッドに入った。
翌日、町を出る前に詰所に寄ってみる。大して期待していなかったが、尋問の結果アンジェラの背後らしいものが分かったとの報告を受けた。
「正確なことを言えば一緒に捕らえた手下のうちの一人にダナン語で急に呼びかけたら反応がありました」
「へえ、どうやったんだ?」
「独房の隅を指して毒ムカデだってね。暗いときだとそんな風に見えるシミがあるんですよ」
「ああ、あれは刺されるとメチャクチャ痛いもんな。しかし、そんな手口を使うなんてやるじゃないか」
「はい。最近オリベッティ少将殿が作成された尋問マニュアルに則って行っております」
なるほどな。あのおっさんが考え付きそうなテクニックだ。
「その手下がダナン語が分かるってだけでしかないが、まあ、そういうことなんだろうな。そういや飲み物の中には何が入っていた?」
「強力な睡眠作用のある成分が検出しております」
「それじゃあ、あまり重罪には問えないな。よくある美人局だ」
「はっ。致死量の毒薬であれば拷問してでも吐かせるのですが」
「まあ、そりゃ仕方ねえ。じゃあ、後はよろしく頼むぜ」
詰所を出て二、三買い物をすると町を出た。それまで考え事をしていたセディが口を開く。
「オトール。襲撃がダナンの命令によるものだと思うかい?」
「直接俺がそのシーンを直接見たわけじゃないからなあ。ただ、状況からするとかなりの確率でそうじゃねえかとは思ってる」
「確かに結構な人数が関わっているし、かなり大きな組織が関わってるのは間違いなからね。例えば国とかそういうレベルの」
「だよな。それにしてもそんな大事を引き起こす手紙をよくもまあ俺に託してくれたもんだぜ。あのオヤジ絶対ケツから尻尾を生やしてやがるに違いねえ」
「まあ、私とオトールなら切り抜けられると思ったんだろうね」
俺は石ころを蹴飛ばした。
「それはいいけどな、さっさと届けられるように馬ぐらい用意してくれればいいのに」
「十分な旅費はもらってるだろ?」
「報酬とは別に残額は俺たちの好きにしていいって言われてるんだぜ。経費は節約したいじゃねえか。旅の途中で美味いもんを飲み食いもしたいしな」
「だったら文句を言わずに歩くんだね」
「へいへい」
三日ほどは何事も無く過ぎる。アンジェラが失敗して、そろそろお代わりがやってきてもよさそうな気がするのだが、特に俺たちに接触してくるものはいなかった。次はどんな手でやってくるのか不明で油断はできない。もう一回ぐらい色仕掛けがあってもいいんだが、さすがにそこまで間抜けではないだろう。
途中でアールデンに通ずる街道をそれて寄り道をすることにした。有名なラッヘの滝というのがあるというので見物することにしたのだ。この滝は高低差ではアガタ王国で一番とされている。あまりに長い距離を落ちるため、途中から水流ではなくなって霧のようになって降りそそぐらしい。天気が良いと常に虹がかかっているそうだ。
「せっかくだから見ていこうぜ」
お気楽な提案に対してセディが反対するかと思ったら、意外なことにあっさりと了承する。
「俺から言いだしたんだが、反対しないんだな」
「まだ期日には余裕があるからね。それに私たちを追っているか待ち構えている連中もまさか途中で観光するなんて思わないだろう。意表を突くことができていいかもしれないよ」
「確かにそうだな」
「ひょっとしてオトールは純粋に観光するつもりだった?」
「もちろん。人生は何があるか分からないんだぜ。世に『ラッヘの滝を見てから死ね』って言うじゃん。まだ死ぬ気はねえけど」
セディはフフっと笑った。
「実にオトールらしいね。でも、そんなオトールのことをよく知っていてオリベッティさんが頼んだんだから、それぐらいの羽目は外してもいいんじゃないかな」
「さすがよく分かってるじゃないか。相棒」
セディのお許しが出たので意気揚々と進む。
ラッヘの近くの村に着いたときはもう空が赤くなっていた。これから滝に行っても仕方ないので一泊する。それなりに見学に訪れる者がいるらしく、小さな村の割には立派な宿だった。少々割高だったが飯も酒も想像していたものよりは洗練されたものが出てくる。
とはいえ、村に夜の紳士のためのお店は一軒もなかった。部屋に戻るとセディが言う。
「オトール。お気の毒だったね」
「まあ、いいってことよ。昔、軍に居た頃に田舎町でその手の店に入ったんだけどな、すげえのが出てきて腰を抜かしそうになったことがある」
「へえ。正直あまり興味はないけど、話の流れだから聞いてあげるよ」
「ナイフが通らなそうな厚化粧でさ、安い香水を桶ごと浴びたのかってほどプンプンさせてたんだ。そいつが通った後を横切ると見えない壁があるかのような衝撃があるんだぜ。年を聞いたら俺の母親よりも年上っていうしさ。それで席料いくらだったと思う?」
セディは肩をすくめる。
「私がそんな相場を知るわけないだろう?」
「五十ギルダってんだ。しかも一人あたりだ。あれほどのボッタクリの店は他にねえだろうな」
「ふうん。オトールは酒の席での話題が多いよね。剣士のゾッドと最初にいざこざを起こしたのも女性がいるお店だったっけ。そのときは三百ギルダ使ったって聞いた気がするよ。それよりは安いじゃないか」
「その店は別嬪ぞろいだったしさ。酒代も込みだぜ」
「そんなに鼻息を荒くして力説するほどの話じゃないと思うけど。それじゃあ、明日に備えて寝よう。おやすみ」
あきれた声を出したセディは寝てしまった。これから、いかにその店がひどかった続きを話そうとしていた出鼻をくじかれて俺は拍子抜けする。
仕方が無いので俺も寝たら、夢にボッタクリの店のババアが出てきた。夢見が悪かったことをぼやきながら朝食を取って、いざ滝に出かけようとすると門番に止められる。
「この先にゴブリンが出たんです。危険なので見学はできません」
「ゴブリンごときで騒ぐなって」
「混沌の影響を受けた変異種ですよ。並のゴブリンじゃないんです!」
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