幕間 オリベッティ少将の思惑
将来を嘱望していた坊主が部屋を出て行く。軍に居た頃に比べると少し瘦せたようだ。軍人とか剣士とかを想起させるような風貌でないところは変わっていない。例えるなら父親からしょっちゅう小言を言われている二代目の道楽息子といったところだ。道楽息子にしちゃ服装はだらしないがな。
それでも見た目に反して、剣の腕はかなりのもので、ひねくれ者のくせに妙に純粋なところがある若者だ。いや、もう若くはないか。生き急いでいるというか、自分の命を粗末にするところがあって、見ていると冷や冷やする。勇敢なのと無鉄砲なのは似ているようで全く違うのだが、その辺をはき違えているらしい。
所帯を持てば落ち着くかと思って、伝手を頼って何人か女性を紹介したが、見向きもしやがらねえ。ふるいつきたくなるような色香の未亡人から、清楚な美少女まで揃えてやったのに。悪所通いはしているし、女に興味がねえわけでもなさそうなんだが脈なしだった。
俺と酒の好みは合うので、何度も酒を飲ませて探ってみたが、意外なことに酔っても事情を明かさない。仕事をさせるという面では信頼できるのが、こういう面ではやりにくい男だった。ただ、なんとなく、過去に何かがあって、それから逃げているのだということは察せられた。そういう生き方の男の末路はよろしくねえ。
本格的に何とかしなけりゃ、と思っていたところで坊主と知り合ったのが、猫人のセディ。坊主と違って真面目な男だったが、なんだかんだといって気が合ったらしい。坊主は軍を辞めて二人で旅に出るとか言い出した。指揮官としては手放したくはないが、坊主の目の中の影が薄くなっていたので快く送り出すことにする。
坊主の起こした騒ぎの後始末は大変だったが、ある意味いつものことで慣れていた。面倒くさがって渋る坊主をなだめたりすかしたりしてゾッドを斬らせた借りもある。他の立場の者はともかく、坊主の部下だった連中からも庇う声が多かったこともあり、なんとか不名誉除隊とならないように処置した。
まあ、不名誉除隊になっちまうと、今後坊主を正式に使いたくなったときに復帰できなくなる。そうなると俺が困るという事情もあるのだが、その辺は黙っておいた。そのせいか、一応最低限の義理を俺に対して感じてはいるらしい。大いに結構。お陰で今回押し付けられた私掠船対策へ坊主を組み込むことができた。
東部での前線勤務を外されたのは俺の出世を妬むやつらの差し金だというのは察していたが、こんな貧乏くじの仕事まで用意してやがった。坊主にも思わず愚痴ってしまったが、兵器と人材不足の状態で正規海軍を撃破するというのは非常に困難だ。我が国の覇権下にある同盟国からの救助要請が続くが即効性のある手を打ちかねている中で、サマラーンから耳寄りな話が持ち込まれた。
町の巡察隊からの報告で坊主がこの町に立ち寄ったという報告を受けたばかりだったというタイミングの良さを神に感謝する。坊主はこういう仕事にうってつけだ。しかも、猫人のセディとはまだつるんでいるらしい。この二人なら一個中隊に匹敵する信頼感がある。部下の派遣を要請してくるナージャ女王に対して代りに坊主を推した。
口入れ屋に指示を出して坊主に割のいい仕事が回らないようにしたのも効果があったようだ。俺の狙った通りに坊主をリーダーとするチームが出来上がった。傭兵隊長のガンツにも特別に休暇を出している。これで坊主の背後に俺の顔がチラつくだろう。マローンは絶対に動かざるをえない。あとは坊主の器量に期待しておけばいい。
ベティという娘を送り込むことにも成功したし、そっち方面の進展もあるといいんだが、とりあえず、色恋沙汰は後回しだ。私掠船対策が終わってからでも十分に間に合う。俺にも二三の布石はあった。単独では使いようがないが、坊主がひっかき回せば生きてくる。俺も色々と動きだすとしよう。パイプの煙草を詰め替えふかしながら、俺はこの先の作戦を練ることにした。
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