第11話 遭遇

 俺たちとナージャ一行の合わせて十一人はそろって馬を進めている。お宝の在りかを書いたとされている地図がサマラーン本国に厳重に保管してあるので、それを一度拝みに行かなくてはならないという次第だった。船を使えば早いのだが海賊が跋扈する状況下では陸路を使うしかない。ぐるっと大きな湾を迂回することになる。


 仮に船が使えたとしてもセディは絶対に乗ろうとしないので、馬での移動ということに不満はなかった。幸いなことに馬が名産のダブリス国が近いので、馬の雇い賃もそれほど高くはない。ただ、ガンツを乗せる馬を探すのには少々てこずった。体が大きく重いので並みの馬ではすぐにへばってしまう。癖の強い馬しか見つからなかったが、ガンツを大人しく背に乗せていた。


 休憩の度にガンツは甲斐甲斐しく乗馬の世話を焼いている。たてがみをくしけずり、脚をさすってやっていた。裏通りで会いたくないような迫力ある顔つきだが、馬を見ているときの目は優しい。馬の方も心得たもので、俺なんかが近づくと歯をむき出してくるくせに、ガンツに対しては鼻先をこすりつけて甘えている。


 ベティが俺の耳に口を寄せてささやいた。

「師匠。人は見かけによらないって本当ですね」

「そうだな。戦場での姿とは大違いだ」

「やっぱり戦っているときとは違います?」


「いずれ、お前さんも直接目にすることがあるだろうよ。なかなか迫力あるぜ」

「あの長剣を両手にそれぞれ持って戦うんですか?」

「ああ。あいつの前に立っていられる剣士はあまり居ないだろう。まあ、体がでかい分、矢や鉄砲弾が良く当たるけどな」


 サマラーンへの道のりの半ばを過ぎた頃にちょっとした事件が起こる。野営地の周囲を見回りに出ていたタッカーが叫び声を上げた。続いて撃剣の音がする。ガンツたちにナージャを守るよう指示して俺とセディ、ベティが駆けつけた。よく日焼けした一人が倒れている。似たような二人が崖を猿のようにひょいひょいと登って逃げていくところだった。


 タッカーは振り返り俺たちの姿を見ると安堵の表情を見せる。

「なんとか一人は倒せたんじゃが、二対一では厳しくての。なかなかの手練れだった。マローンのところの海賊の一味だと思う」

 倒れている男はのどに投げナイフが刺さっていた。


「オトール、どうする?」

 セディは魔法銃を構えて、崖を登っている二人に狙いをつけている。俺は一瞬だけ迷ったが断を下した。

「生け捕りにしたい。脚を撃ってくれ」


 セディは素早く銃の一部を操作すると引き金を二度引く。

「わっ」

「うおっ」

 叫び声が二度上がり、二人が落ちてきた。


 駆け寄ったが、一人は首が変な角度で曲がっており即死している。もう一人は全身を強打したようだが、まだ息はあった。

「マローンの一味か?」

 頬髯を生やし浅黒い顔の男は食いしばる歯の奥から血の泡と共に声を絞り出す。

「くたばりやがれ……」


 目から急速に光が消える。これではンジャーニを呼んでも間に合わない。俺は舌打ちをすると振り返った。セディの狙撃を予測できなかったのか出遅れたらしいタッカーとベティがようやくたどり着き男を見下ろす。ベティは顔をそむけ、タッカーも視線を逸らした。俺が首を横に振って見せると、少し離れたところで警戒を続けているセディがすまなそうな顔をする。ひげがだらりと垂れていた。


「生け捕りにできなくて悪いね」

「セディ。そんな顔をしなくていい。ちゃんと仕事をしたんだ。この高さを落ちて死ぬのは仕方ねえよ」

「まあ、容貌からすると海賊で間違いなさそうではあるけどね……」


 俺は三人の遺体を改めた。俺に毒づいた男ともう一人には右胸に特徴的な刺青がある。髑髏の目からウツボが顔をのぞかせている図案だった。その下には骨が一本。海賊稼業をしている甲板員ということで間違いなさそうだ。喉にナイフが刺さっていた男にはそれほど複雑な図柄はない。まあ、一緒に居たってことは一味なのだろう。


 野ざらしは気の毒とのセディの弁で、一度野営地に戻って穴を掘る道具を取ってくると三人を埋葬してやった。海の男なら水葬してやった方がいいのだろうが、きちんと埋めてやっただけで感謝してほしい。ベティは感心なことに穴を掘ったり死体を運んだりするのを手伝った。青白い顔をしているが吐くこともない。


 埋葬を終えた後にタッカーに改めて事情を聞いた。

「なにか違和感を感じての。見に行ったら奴らが潜んでいたってわけじゃ。一人は仕留めたが苦戦しているところに、オトールが来てくれた」

 潜んでいた連中に気づいたことで、ナージャたちに感銘を与えたようだ。


「さすがベテラン」

「年は取ったが、まあ鼻は効くんじゃ」

 誇らしげなタッカーにシルヴァンが冷静に告げる。

「だが、単独行動は感心しないな」


 タッカーは耳の後ろをかいた。

「ワシも確信が持てんかったんでの。みな忙しそうにしていたし。まあ確かに軽率だった。オトールにでも声をかけるべきだったかもしれんなあ」

 ガンツが相槌をうつ。

「そうだぜ。とっつあん。もう少しで酒の飲みおさめになるとこだぜ」


「しかし、海賊連中は偶然俺たちを見かけたのか、それとも狙って監視していたのか……」

 俺の独り言にセディが反応する。

「計画的な監視だと思うよ」


「なんでそう思う。相棒よ」

「都合のいい退路を確保してあったからね。あの崖は普段からマストに登り慣れてるような者じゃないと追いかけるのは無理だ。それに撤退の判断が早いよ……」

 そう言うなりセディは考え事をはじめた。


 俺はダッチに今後の進退を確認する。

「やはり海賊連中にあんた達の思惑は筒抜けのようだ。このままだと帰り道に待ち伏せされて捕まっちまうかもしれないぜ。どうする?」

「オトール殿はどう考える?」


 カスバに引き返すと言ってくれりゃあ仕事は中断で前金分丸儲け。そうなりゃ楽だと思って話を振ってみたんだが、逆に聞き返されちまった。帰国の算段までは料金に入ってないつもりなんだがなあ。とはいえ、正面から聞かれれば俺に都合のいいことばかりは言ってられないか。プロとしての評判に関わっちまう。


「この辺りの小王国はお互いに同盟関係にあるんだよな? そうじゃなくても海賊は共通の敵だ。海の上ならともかく陸上で同数ならば各王国の騎士団の方が強い。海賊側とすれば大人数を動員せざるをえないし、そうなれば嫌でも目立つ。見つけてから逃げ出しても十分だろう。小人数なら俺達でやっつけるさ」


「ふむ。確かに我らは騎乗しておるしな」

「いきなり上陸されてくると厳しいが、海岸線近くを通りさえしなければ大丈夫だろう。まあ最終判断は雇い主であるあんたらで判断してくれ」

 俺の言葉にダッチはナージャにお伺いをたてる。


 ナージャはしばらく目を閉じて瞑想していた。ゆっくりと目を空けると何やらカードを取り出して並べ始める。数枚をめくって満足したのかカードを回収してまとめるとダッチに告げた。

「占いで進めと出ました。注意しつつサマラーンに戻ることにしましょう」


 楽にあぶく銭を稼ぐことはできないか。内心の失望を出さないようにしつつ、ダッチにこっそり尋ねる。

「女王様の占いってのはよく当たるのか?」

「もちろんじゃ。ナージャ様は歴代の巫女の中でもずば抜けた力量の持ち主だぞ」

 

 それだけ当たるなら人生の選択は楽でいいなあ、などと考えた。まあ、進むか戻るかのどちらの方がいいかなら二択だからな。選択肢が増えるほど、答えがあいまいになるのかもしれない。それにちょっと疲れたっぽいからそう気軽にもできないのだろう。俺は自分の頭で今夜の不寝番の組と順番を考えることにした。

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