第9話 昔話

「さてと。これで七人集まったね。相手に比べたらささやかな数には違いないけど。そういえば、なんで七にこだわってたのさ?」

 部屋に戻ってくるとセディが質問する。ンジャーニも俺の方を見ていた。

「そりゃあ、縁起がいいからに決まってんだろ」


「それだけ?」

「ああ。アガタ王国が滅亡の危機に瀕した時に国を救ったのが七英雄。それにあやかって合わせてみた」

 セディは目をぐるりと回す。あー、はいはい。


「というのは表向きで、支度金からすると、これぐらいの人数がいいところだろ? これからの経費も考えたらさ」

「一応は真面目に考えていることが分かってほっとしたよ」

「そいつはどうも」


 俺はソファにぶちまけていた私物を拾い上げ、ンジャーニのために場所を空ける。私物はそのまま片方のベッドの上に移し積み上げた。

「まあ、揃ったメンバーはそんなに悪くねえと思うよ。だがタッカーの爺さんはあまり戦力にならねえと思ってくれ」


 二人が俺の顔を見る。首の後ろをさすった。

「あと十、せめて五歳若けりゃ違ったんだろうが、爺さん飲んで無いと手が震えるんだ。飲み過ぎると寝ちまうしな。あと腰も悪い。けど、昔世話になったんで無碍にもできねえんだよ。まあ、この辺りの地理には詳しいから道案内だと思ってくれ」


「投擲の腕は結構なものだったし、経験がものをいうこともあるだろうさ」

「戦いではあまり役に立たないのは私も同じです」

「そう言ってもらえると気が楽になる。他のメンバーにもいずれ俺から断りは入れておくよ。まあ、それほど派手に戦うことはないかもしれないけどな」


 海賊連中も陸の上では勝手が違う。船を維持するのに手が必要だし、宝探しに一度に派遣できるのは最大でも百かそこらだろう。その程度ならうまく立ち回ればなんとかなる。問題があるとすればベティのお嬢ちゃんか。一対一ならそうそう後れは取らないだろうが、大勢を相手にする心得を話しておかなくちゃな。


 ついでに、ンジャーニに治療以外にどんなことができるか聞いておく。

「そうですね。この世に未練を残した亡者を消滅させることができますね。あ、強力な死者の王とかは無理ですよ。それと不可視の盾を自分の周りに張り巡らして身を守ることはできます。短時間ですけど。あとは一定の範囲のものを見えなくするぐらいでしょうか」


 集合の期限まで俺たちはそれぞれ必要な道具類や携帯食を買いそろえたり、準備をして過ごした。『海神の杖には手を出すな』と書かれた匿名の手紙も貰ったが当然無視。宿屋の裏手の空き地でベティに稽古もつけてやる。筋は悪くないが真っ当すぎる剣さばきなのが難点だった。まあ、育ちがいいのが剣筋にも出ちまうんだろうな。

「素早い刺突が持ち味なんだ。正確に急所を狙え」


 不服そうな顔をするベティに観戦していたセディも言葉を添えた。

「命のやり取りなんだ。きれいな剣も汚い剣も無いさ。きれいごとが言えるのはね、修羅場を見てないからだと思うよ。自分一人だけの命なら好きにすればいいけど、誰かの命を背負わなきゃいけないときにもそんなことを言うのかい?」


 流れ落ちる汗を拭っていたベティは大きく息を吐き出す。

「師匠って、そんな危険な戦いに勝ってきたってことですよね?」

「まあ、全部が全部じゃないが、中には負けたら、こうやってくっちゃべってられないシビアなのもあったな」


「ゾッドとやりあったのも?」

 ベティが期待を込めた目で見てくる。

「そう言えば私もどういう経緯で戦ったのかは聞いてなかったね」

 セディもそれに合わせるように視線を向けてきた。


「世の中には聞かなかった方が良かったってこともあるんだぜ」

 うそぶく俺にセディがにんまりと笑う。

「ああ。そういうことか。オトールがそんなもったいぶった言い方をするときは、そうだよねえ」


「どういうことですか? そんな大変な事情があったんですか? 世界の平和がかかっていたとか? いいじゃないですか、弟子なんだから教えてくださいよ。ちゃんと胸にしまっておきますから」

「違う、違う。逆だよ。ろくでもない話ってこと」

 セディが手を振ってベティの過大な幻想を打ち消した。


「じゃあ、聞かせてやるよ。なんて町だったか、六年ぐらい前かな。休暇で訪れた町の酒場にすげえベッピンさんがいたんだ。注がれるままに飲んで、ちょっといい感じになったところに、酔っぱらったのがやってきて割り込もうとするじゃねえか。そいつが『怪我したくなけりゃ引っ込んでろ』とか言いやがってさ。ふざけんなってんで表出て斬り合いになった。その相手がゾッドだったってわけ」


 二人の表情が微妙なものになる。

「なんだよ。その顔は。男には負けられない戦いってのがあるんだよ。飲み代で三百以上も払ってたんだぜ。それなのに引っ込んだら、その町じゃ二度と姉ちゃんたちに相手にされなくなっちまうじゃねえか。大問題だぜ」


「そんな喧嘩で片目潰されたんじゃ、ゾッドも気の毒だねえ」

「いや、だって悪いのは向こうだろ。向こうが割り込んできたんだぜ」

「尋常な立ち合いじゃなかったんですね……」

「条件変わらねえだろ。お互い結構酔いが回ってたんだから。俺が素面ならフェアじゃねえけど」


「まあ、そうかもしれないね。ここまで聞いたから最後まで話に付き合うけど、それでその後どうなった?」

「どうもこうもねえさ。俺は懲罰房に入れられて、その酒場出入り禁止になるし、たまったもんじゃねえや」


「オトールのことはいいからさ。ゾッドはどうなったの?」

 その言いぐさ酷くねえか。

「大口叩いてたのが恥ずかしくなったんだろ。除隊しちまって、その後は見かけちゃいねえ。まあ俺もすぐに任地替えになったからな」


「ゾッドって最近は色々と悪事に手を染めているって話を聞くけど、昔は軍人だったんだね。オトールと会ってから人生転落していったわけだ」

「その言い方だと、俺が凄く悪いやつに聞こえるんでやめてくれねえか」

「客観的に見ればそうだよね。別にオトールに責任があるとは言ってないよ」


「当たり前だろ。俺のせいにされてたまるかよ。ゾッドの野郎が落ちぶれたのは全面的に奴の責任だ。いい年をした大人なんだからさ」

 憤然とする俺にベティが脚をぶらぶらさせながら言う。

「なんか話を聞いて損をした気分です」


「だから言ったじゃねえか。聞かない方がいいって」

「まあ、そうなんですけど」

 ベティは腰掛けていた空き樽からぴょんと飛び降りる。

「でも、師匠が強いのは事実ですからね。私じゃまったく敵わなかった。もう一戦お願いできますか?」


 俺は放り投げていた薪を拾い上げるとベティに正対した。予備動作なしでスルスルと顔に伸びてくるレイピアの剣先を薪で跳ね上げる。そのまま斬り降ろしてくる刃先をかわした。ビュンと左右のこめかみに向かって連続で繰り出される剣を薪で受け流す。肘があがったところに薪を撃ち込んだ。


 ベティはレイピアを取り落とす。それを踏みつけて、薪を突きつけた。

「参りました……」

「さっきよりは動きがいいんじゃねえの。ただ、もうちょっと剣の軌道にバリエーション持たせた方がいいな。急所を狙えとは言ったが、相手の前脚にも攻撃して注意を散らさないと。上半身ばかりに気を取られているとこういう手もあるんだぜ」


 俺は靴のつま先で土くれを蹴りあげる。ちょうど顔の高さの壁に当たってざっという音を立てた。

「まあ、汚い戦い方だとは思うぜ。でも、相手は選べないんだ。こういうのにも対処できねえと長生きできねえぞ」


「オトールは確かにセコいところもある。でも、戦う相手が正々堂々としているとは限らないからね。臨機応変の才が必要だって言うのは私も賛成だよ」

 セディの評にベティは大人しく頷く。けなすか褒めるかどっちかにして欲しいが、伝わったんなら良しとするか。

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