第8話 呪術師
「その話は、人前でする話じゃねえ」
「了解です。じゃあ、また後で」
ベティは話題を変えた。店の入口の方を見ている。
「あ、バルクーダ人ですよ。こんな店に一人でいるなんて珍しいですね」
ちょうど白いゆったりとした服を着て頭に布を巻いた男が店に入ってきたところだった。頭を巡らして空いた席を探しているように見える。
「そりゃ、腹ぐらい減るだろうよ」
「そうじゃなくて、一人っていうのが珍しいなって」
「どういうことだ?」
「習慣とか違うせいでトラブルがあるんですよ。それで、バルクーダ人の租界の外では、自衛のために普通は三人以上まとまって行動することが多いんですよね」
「ここでもそうなのか」
アガタ王国では、バルクーダ人相手に対しても差別がある。カスバの町は比較的まだマシな方だろう。商売上の取引もある。もともと個人の資質としてみれば、バルクーダ人の方が優れていた。呪術に長けているという点を除いても、商売上手で頭の回転も速い。それと……。
仲良く共存できればいいのだが、あいにくと人は理性だけでは判断できない生き物だ。自分の住んでいる国の方が強大であることから、自分まで優れていると思ってしまう。集団生活というのは、序列を生じずにはすまないらしい。例え生活が苦しくても見下せる相手がいることで心の平穏を保つ者が居る。別に王国民ってだけで偉いわけじゃねえんだが。
店内ではバルクーダ人に対して顔をしかめても、表立って出て行けという者は居なかった。服装などからすると比較的裕福な客が多いようだ。金持ち争わず、というところだろう。見回していたバルクーダ人は俺達の方に歩み寄って来る。三歩ほど離れたところに立ち止まると右手を胸に当てた。
「私はンジャーニと言います。あなたがオトールさんですね?」
微かに独特なイントネーションが混じっているが、ンジャーニは王国語を話す。周囲の客の視線が集まった。俺は椅子から立ち上がり軽く頭を下げる。まあ、どんな相手にも最低限の礼儀は示さないとな。
「まだ人はお探しですか?」
「お宝探しの話かい?」
「そうそう、それです。私も加えては頂けないでしょうか?」
「立ち話もなんだ。まあ、座ってくれ」
俺はンジャーニに空いていた席に座るようにうながす。
改めてあいさつをするンジャーニに、セディとベティも名乗った。俺が酒を勧めるとンジャーニは謝辞する。
「お気持ちだけで結構です。もともと弱いですし、今は仕事の話をするところですからね。頭ははっきりとさせておかなければならないので」
「それじゃあ、参加の動機を聞かせてくれ」
「簡単なことです。私にはお金が必要なんです。私の積み荷を乗せた船が先日の嵐で壊れ沈んでしまいました。国に帰りたいと思っていますが、その運賃も払えない状況です。それを稼ごうというわけですよ」
ンジャーニは落ち着いた声で境遇を話す。近くで見ると目尻にしわがあり、結構な年だった。セディもベティも口を開かない。どうも俺に任せるつもりのようだ。
「気を悪くしないでくれよ。はっきりと言うがあなたは荒事には向いているように見えない。今言ったように商人ということだし、あまりこの仕事に適性があるとは思えないんだがな」
「確かにそうですね。ただ私は呪術が使えます。いくつか便利な技もありますし、傷を塞ぎ病をいやすこともできる。直接剣を交えることができなくても後方支援ぐらいはできると思いますが、それではお役に立てませんか?」
そのセリフに俺は腰から短刀を引き抜いた。
「師匠!」
ベティが驚きの声を上げる。それを制して俺は左手の甲に短刀を当て、すっと引いた。鋭い痛みと共に一直線に血の玉がにじみ出る。その手をンジャーニの方に突き出した。
「テストというわけですね。いいでしょう」
ンジャーニは片腕を挙げて握りこぶしを目の前にかざす。その手の人差し指と中指だけを立てると反対の手を俺に重ねるようにした。目をつむり、ごにょごにょつぶやくとハッと小さく声を発する。
手をのけるとンジャーニは笑みを浮かべる。俺が手の甲についた血を指で拭うと傷は塞がっていた。
「いかがです?」
「確かに力を持っているようだな」
「納得いただけましたか?」
「まあな。あと一つ聞きたい。なぜ俺達なんだ? 他にも仕事はあるだろう?」
「私も信頼できる方と仕事をしたい。そういうことです」
「なぜ俺が信用するに足ると?」
ンジャーニは無言でゆっくりと顔をセディの方に向ける。そして顔を俺に戻すとじっと視線を注いだ。俺は素早く思考を巡らす。
「分かった。採用しよう。出発までの生活費として手付金を前渡ししておく」
ンジャーニは金を受け取らなかった。
「もしよろしければ、オトールさんのお宿にお邪魔できないでしょうか?」
「別に俺は構わねえが、ひょっとすると不愉快な思いをするかもしれないぜ」
ンジャーニはうっすらと笑う。
「侮蔑の言葉ぐらいなら慣れていますから」
「ンジャーニさん。租界に戻らないのは何故なんだ?」
「単純な話ですよ。さっきも言ったように私の荷を載せた船は消えたんです。商品を届ける予定だった相手から補償を求められているのですが、今は払えません。なので居場所が無いんですよ。金の無い敗残者には冷たいんです」
バルクーダ人が嫌われやすい原因の一つは金にがめつい点がある。契約を交わすときには念には念を入れろと言われていた。油断をしていると自分の履いているブーツを市価の倍の値段で買わされる羽目になっていたりすることもあるらしい。そんなことを思い出しているとンジャーニが俺の顔を見ていた。
「我々が色々と言われているのは知っています。信用して頂けるか分かりませんが、バルクーダ人にも義理と人情はあるんです」
「ま、俺はさっき既に採用すると言った。別に前言撤回するつもりはねえよ。俺達の部屋に転がり込んで貰っても構わねえが、ソファで寝てもらうことになるぜ」
ンジャーニは了承し話はまとまった。これで六人になる。商館周辺での用心棒探しは無駄足だったが結果的に仲間が増えた。店を出て宿に引き返す。ベティは俺たちと同じところに宿を変えると言って一旦去った。宿の帳場でもう一人分の代金を払う。ベッド無しで俺達と同料金の提示だったが、拒否しないだけまだ良心的なのかもしれなかった。
俺の横から異議があがる。ンジャーニではなくセディだった。
「ベッドを利用しないんだ。計算を間違えているんじゃないかい?」
宿のオヤジとセディの視線が交錯する。
「ええと……」
オヤジは俺の顔を見た。表情を変えないながらも色んな計算をしている様子がうかがえる。商売人が良く見せる笑顔になった。
「これは失礼を。確かに間違えたようですな。これは失礼を。料金はこちらになります」
一泊当たり五ギルダの値引きをする。相場としておかしくはない金額だった。
部屋に引き上げようとすると声をかけられる。
「オトール。ワシも仲間に入れてくれ」
隅の椅子に腰かけていた男が立ち上がり右手を挙げた。俺が軍に入った時の指導役だったタッカーだ。
頭髪も眉も白くなっており、鼻が赤く酒焼けしている。幅広のベルトにはナイフが数本留めてあった。俺が軍人としてひよっこだった時からタッカーの見た目はあまり変わっていない。もう結構な年のはずだが元気なものだった。タッカーの前のテーブルではグラスの中身が揺れている。まだ日が沈まないうちから飲んでるのか。いいご身分だなと思ったが、それほど金回りは良さそうに見えない。
タッカーは左手の手首を捻って何かを投げてくる。正確に俺の目と目の間を狙って飛んできたものを受け止めてみるとクルミだった。タッカーはニッと笑う。
「ワシの腕もまだまだ捨てたもんじゃないだろう? ワシもお前さんの儲け話にいっちょかませてくれんか」
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