第7話 ベティの目的

「お前こんなところで何やってんだ?」

 俺が声をかけたがベティはつーんとしてそっぽを向いた。横でセディがあーあといった声を漏らす。ベティの代わりにダッチが口を開いた。

「こちらの方が我らに手を貸して下さると言うのだ。しかもでな」


 というところにアクセントが置かれている。いや、こんな面倒な仕事だぜ。普通はタダじゃやらねえよ。とは思うが一応は雇い主。声を荒立てずに聞き返した。

「人員集めは俺に任せてたんじゃないのか?」

「まあ、折角のご厚意なのでな」

 本当に無料って理由だけなのかよ。俺は盛大にため息をついてみせる。


「あのなあ。あんた、こういう仕事向いてなさすぎるぜ」

「確かにそうかもしれないが、そこまで言われるのは心外だな」

「急場なんで仕方なかったが、俺もあちこちで声をかけたせいで、海賊に対抗して人員を集めているってことは知れ渡っている。俺がマローンなら手下を送り込んで相手の動きを探ろうとするぜ」


「おお。なるほどな。確かに理にかなっておる」

「感心している場合じゃねえ。タダで助力しようなんざ怪しいと思わないのか? 知ってるかい。世間じゃタダより高いものはねえって言うんだぜ」

「確かに言われてみればそうじゃな」

 ダッチはニコニコと笑っている。大丈夫かこの爺さん。ボケてんじゃねえか。


「ちょっと、それは酷くない? 私が海賊の一味だっての? 本当にあったまきちゃう。私の何がそんなに気に入らないってのよ?」

 無視を決め込んでいたベティが向き直ると俺に噛みついてきた。

「かっかするなよ。あくまで一般論としての話さ」


 俺とベティがにらみ合う。顔に笑みを張り付けたセディが割り込んできた。

「まあまあ。オトール落ち着いて。ベティさんも」

 事態を見守っていたダッチもうんうんと頷く。

「オトールさんの懸念ももっともじゃが、ベティさんは大丈夫じゃ」


「ほーら。見る人が見ればわかるのさ」

 ベティが得意げな顔をする。俺が言い返そうとするのをダッチが押しとどめた。

「なにしろ我らの女王様が人物を保証されておる」

「はあ?」


「ナージャ様は巫女でもあられる。人が真実を述べているかどうかが分かるのだ。ベティさんが我らに助力を申し出ているのは真心からのことで間違いない」

 どうよと言わんばかりにベティが胸をそらす。俺の視線に気づくと舌を出した。

「じゃあ、その点はいいにしても腕が未熟だぜ」


「まだ伸びしろがあるということじゃな」

「どうしてそうなる? なんで無駄にポジティブな考え方なんだよ?」

「いや。確かに筋力は屈強な男性に劣るようだが、ちょっと披露してもらったら動きも速いし、剣筋も正確だ。軽装の海賊相手ならそれなりに活躍できるじゃろう。別に金属鎧を着こんだ騎士団と戦うわけでもないのじゃからな」


「だがな。相手は二千もいるんだぞ」

「だから一人でも多く仲間が必要なのではないかな?」

 ああくそ。いちいちもっともなことを言いやがる。セディ笑うな。

「まあ、オトール殿に尽力して貰っている中で我らも何もせぬというのもな」

「ああ。分かったよ。あんたらが決めたことなら勝手にするがいい」


 ダッチは相好を崩す。

「おお。了解してもらえて何よりだ。確かにベティさんにはさらに腕を上げて貰わねばならん。して、オトール殿に稽古をつけて頂こうと考えてるのだが」

 澄ました顔をしながらもベティの唇の端がヒクと動く。

「分かったよ。後でどうなっても知らねえからな」


 俺は足音も荒く部屋から出て行く。

「あ、待って」

 ベティが追いかけてきた。横に並ぶと手を差し出してくる。

「じゃあ、よろしく」


 ベティは悪びれたそぶりもみせず俺ににこやかな笑みを向けた。まったくたいした女だ。こういう根性があるのは嫌いじゃねえ。だが、俺はその手を無視する。

「俺には半人前の弟子と握手する趣味はねえ」

 硬い声で拒絶した。


「ということは弟子入りはOKなんだ。やった」

 ベティは弾んだ声を出す。懲りねえ奴だなあ。そういうところは記憶の中の誰かによく似てやがる。

「この仕事が終わるまでだ。それに手厳しくしごいてやっからな」

「師匠。了解しました~。セディさんもよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしく。ベティさん」


「いつまでもそんなとこで挨拶してんじゃねえ。日がくれちまうぞ」

 のんびりとお互いに頭を下げ合っている二人を尖った声で止めた。

「はーい」

「ああは言ってるけど、実はね……」

「セディィ?」


 俺の声音に込められたものを感じ取ったのだろう。セディは顔をつるりと撫でる。

「で、今日も酒場巡りかい?」

「いや、ちょっと場所を変えてみようと思う。午前中は貿易商の商館周辺をあたる」

「ああ。求職中の用心棒を見つけようっていうんだね」


 アイデアは悪くないと思ったのだが、世の中はそんなに甘くない。仕事を探している連中もいるのだが、自分の足で職探しをしているのはやはり三流どころが多かった。口入れ屋を通す手数料を節約しようとするぐらいなので、服装も小ぎれいさに欠けるし、あまり腕も良さそうじゃない。服装に関しては俺もあまり他人のことは言えないが。


 結局良さそうな人間を見つけきれずに昼になり、商人が出入りする適当な店に入って食事をすることにした。結構繁盛している。

「師匠。あんまり腕の良さそうなの居ませんでしたね」

「まあな。あれならお前の方がまだマシだ」


「あれ? ひょっとして褒められてます?」

「勘違いすんな。あんな低水準と比べて上だからって鼻高くすんじゃねえ」

「いやあ。一応客観的には評価して貰えるんだなって」

「まあ、身のこなしからすると筋は悪くないんじゃねえの」

 わあ、と言ってベティは目を輝かせる。


 俺はイカを輪切りにして揚げたものをつまんで口に入れた。

「そんで、成り行きで稽古つけてやることになったが、一つ聞いてもいいか?」

「なんでしょう?」

「弟子入りの動機はなんだ? どうしてそんなに強くなりたい?」


「兄の敵討ちです」

 ベティは即答する。

「敵討ちねえ。で、相手は?」

「剣士のゾッドです。師匠ならご存じでしょ?」

「ああ? 隻眼のゾッドか?」

 少し表情を固くしながらベティは頷く。


「悪いがお前さんにゃ、あいつを斬るのは無理だ」

「どうしてですか?」

「どうしてもこうしても。そりゃ、世界で十本の指に入る腕前の剣士だぞ」

「そんなことは知ってます。私もそれくらい強くなればいい」


「簡単に言うな」

「別に簡単に強くなれるとは思っていません。だけど、師匠に学べば私だって」

「あのなあ。そもそも俺がゾッドより強いと思ってるのか?」

「もちろんです」


「へえ。そりゃどうも。そこまで買いかぶられるとはね」

 ベティはくるんと丸まった小さなエビを口に放り込んで噛みしめる。飲み込むと笑顔をみせた。

「だって、師匠ですから」


「そりゃまた随分と根拠薄弱じゃないか」

「私聞きましたよ」

 悪い予感がする。ベティは身を乗り出して囁いた。

「ゾッドの片目斬ったの師匠でしょ?」


「何の話だか分からねえな」

 白を切りながらセディの方を見る。白身のほくほくした魚を揚げたのをかじりながら片目をつぶっていた。ああ、そうだよ。そりゃそうだよな。俺達が目配せする様子には気づかず、ベティはことも無げにその名を出す。


「ナージャさんに紹介してもらってお会いしたんですけど、オリベッティさんて師匠のお知り合いなんですね。軍の偉い方というから会う前は緊張しましたけど、意外に親切な方でした」

 ああくそ。あのクソ親父。女にはメチャクチャ甘いんだった。それでも、さすがに機密を話すんじゃねーよ。

 

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