第6話 説得
俺達が駆け寄って来るのに気が付くとエルフは不審そうな目を向けてくる。白い服の上に緑色のうろこ状の軽そうな鎧を身につけていた。長弓と矢が一杯詰まった箙を背負っている。弓を肩から下ろしこそしないものの隙は無い。俺は手を広げて敵意の無いことを示した。
「こんな路上でいきなり声をかけて悪いな。あんまり長話は好きじゃないだろうから単刀直入に言うぜ。ちょいと仕事を頼みたいんだ」
エルフは油断なく俺を見ている。視線が動き横のセディを見てまた俺に戻った。返事はしない。
「なぜ自分にって顔をしてるな。その理由は簡単なことさ。シワーディさんよ」
俺のささやきにエルフは顔に浮かべていたいぶかしげな表情を解く。エルフ語で
「まずは自己紹介だ。俺はオトール。そして、こっちが相棒のセディ」
俺とセディは軽く頭を下げた。エルフはやっと口を開く。
「私はシルヴァン。それで私にして欲しいこととは何だね?」
警戒心の強いエルフに口をきかせることができれば第一段階は無事終了と言える。俺は事情を話した。
「つまり腕のいい射手がもう一人ぐらい居ないことにはどうにもならんという状況なのさ。で、運よくあんたを見かけたってわけ」
「確かに私は弓の腕には自信を持っている。あなたの目的にはうってつけだろう。そこで問うが私が手を貸す代わりに何をあなたは提供できるのかな?」
シルヴァンが端正な顔を俺に向け値踏みをするように観察している。エルフ相手の交渉は難しい。そもそもエルフはヒト族に対してあまり好意的ではなかった。少なくともヒトの世界の争いごとに興味が無い。だから理で説得は難しいだろう。そして、財貨を貯めることにも興味が無いので利で誘うこともできない。残るは情のみ。
「この世を去る時に自分の子供を託せる友がいる以上の幸せはないと聞く。信義と友情ではどうだろうか?」
シルヴァンは表情も変えずにまじまじと俺の顔を見る。いや、そんなに凝視すんのは止めてくんねえかな。柄にもないことを言ったのは自覚してんだからさ。
十数えるほどの時間が経っただろうか。シルヴァンが声を上げて笑い始める。
「我らより短命なヒトが遺児を託す相手のことを説くのか。あいにくとまだ心配せねばならぬ子はおらぬ。もし、これから子を得てもあなたの寿命が尽きる方が先だろう。実質何も提供できないのと同じではないか」
それからまたしばらくクツクツと笑う。それを見てセディは目をぐるりと回した。いや、分かってるって。何も言うな。シルヴァンは笑いを納める。
「だが、死を迎えるまでの旅路に華を添えるのが友情というのも真実。ほんの一瞬のきらめきと言えども生を豊かに彩るだろう」
シルヴァンはセディに向き直る。
「だが、ヒトは愚かで節操も無く小狡いものだ。好んで一緒に居ることもあるまい。セディさん。何があなたをこの男に縛っているのだ?」
「うーん。別に縛られてるつもりはないんだがねえ」
セディは胸を張ると右手で自分の胸を指さした。
「知ってるかどうかは分からないけど、私の一族は気ままに生きるのを好む。少なくとも何かを強制されるのは嫌だね。私がオトールと一緒に居るのは単純な理由だよ。この男といると退屈しなくていい」
「おい。ひでえな。それじゃ俺が祭りの出し物みたいじゃねえか」
「だってそうだろう? 行き当たりばったりで次に何をしでかすか。見ていて本当に飽きないよ。今だって勢いで仕事を請け負って困ってるんだ。面白いことだけは保証できるね。そうそう。それにさっきのヒト評だけどさ、森を見て木を見てないんじゃないかねえ」
「森の民である私に木の見方を指摘するとは、揃いも揃って大口を叩くものだ。まあいいだろう。その大口に見合うだけの働きができるか見届けるのも一興だ。力を貸すかは約束できないが、その場所まで同行はしようじゃないか」
「ありがてえ」
喜ぶ俺にシルヴァンは冷水を浴びせる。
「まだ味方すると言ったわけじゃない。お前たちの行動が美しくなければ、いつでも抜けさせてもらう。もし醜いものなら、我が矢じりはお前たちの心臓を貫くこともあり得ることを忘れないことだ」
シルヴァンは五日後の再会を約して去って行った。
セディはふうっと息を吐く。
「オトール。あんな青臭いセリフを言うんだったら前もって警告しておいてくれないか。真面目な顔を保つのに必死だったよ」
「そうか? 感銘を与えたんだから問題ないだろ?」
「いや。それは絶対に無いと思う」
二人勧誘できたということで、今日は打ち止めにし、俺達も宿に戻ることにする。
「信義と友情だよ。よりによってそんな単語をオトールの口から聞くなんて」
セディが話を蒸し返す。
「そうは言うけど、他に何か提供できるものがあったか?」
「うーん。ないねえ」
「そうだろ」
「そんな得意そうに鼻の穴を膨らませないでよ。さっきのセリフの時も得意そうな顔をしてたけど、今のもひどい。きっとシルヴァンさんも今頃思い出し笑いをしてるんじゃないかな」
「お、そこまで言うか? だったら、さっきの俺への評価はどうなんだよ。退屈しないって。他にはねえのか?」
「他にって?」
「知能明晰、勇猛果敢、温厚篤実、容姿端麗、冷静沈着」
「良く舌が回るねとは感心する。でもねえ、言ってて虚しくならない? オトールのどこにその要素があるのさ」
「半分ぐらいはあるだろ」
「自己評価が高すぎだよ」
いつもの掛け合いをしながら宿の前まで帰って来る。
なんだかんだ言ってもエルフの射手を勧誘できたのは僥倖だった。サマラーンの弓兵も名高いが、エルフの腕には数歩譲る。いっぺんに数本の矢を放つという芸当もできるはずだ。サマラーンの連中が困っている海賊を相手するのだから、それ以上の技量の持ち主で無ければ意味がない。まあ、エルフの集落を離れて旅をしているんだから変わり者ではあるんだろうな。俺の同類だ。俺は気分よく宿屋に入ろうとする。
そこへ飛び出してきた人影があった。ベティだ。女性に待ち伏せされるのは本来なら大歓迎なんだがこの娘は……。
「ねえ。人集めてるんだって? 私も参加させてよ」
「何の話だ?」
「とぼけないでよ。あれだけ酒場回って話をすりゃ噂でもちきりさ」
「ああ。あの話ね。あいにくと応募が多くてね。もう締め切った」
「一人ぐらい多くったって構わないでしょ」
「雇用主の懐具合の都合もある」
「だったら私は報酬はいらないから。ねえお願い」
「駄目だ。タダより高いものは無い」
俺はきっぱりと言い切るとベティの横をすり抜けて宿に入って行く。
「私は諦めないからね」
ベティのセリフが背中から追いかけてくる。やれやれ。しつこい娘っ子だ。酒場で飯と飲み物を注文する。
「オトール。なかなか根性があるじゃないか」
「しつこいだけだ」
「人手は多い方がいいんじゃないのかい?」
「半人前は足手まといだ」
セディは頭の後ろで腕を組む。
「頑固だねえ」
「あったりめえだろ」
「何がさ」
「遊びに行くわけじゃねえんだ。相手は海賊、実質は軍隊だぞ」
「そうだね」
「分かってんじゃねえか」
「でもさ」
「なんだよ」
「あの子諦めないと思うよ」
「俺は絶対に認めねえ」
セディは顔ににやにや笑いを張り付けていた。
翌日、ダッチにそれまで進捗を告げる。有望な人材を二人確保したことに喜んでいた。その日の人員募集は空振り。その翌朝に再び報告に向かう。そこにはベティが澄まし顔でダッチの後ろに控えていた。
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