第5話 巨漢ガンツ

 うなりを上げて迫って来た拳は俺の目の前で急停止をする。俺は巨漢の拳に俺の右手を軽く当てた。手を開くのでパンと叩き、俺の手のひらを上に向ける。巨漢が同じように俺の手を叩いた。分厚い革の手袋をはめたような巨大な手をがっちりと握ると相手はブンブンと振る。


 左のこめかみに大きな傷のある巨漢は真っ赤な口を開けてガハハと笑った。

「誰かと思ったらオトールさんじゃないですか。久しぶりですなあ」

「おう。ガンツも相変わらず迫力のある顔をしてやがる」

「そいつは言いっこなしでさあ」


 町の中だからなのかガンツは帯剣しておらず防具の類すら身につけていない。まあ、たいていの相手じゃ剣を抜いたところで、巨大な拳にぶっ飛ばされておねんねするのがいいところだろう。ガンツは巨体に似合わず動きが速い。自分の巨体とパワーの利点を十分に分かって戦う男だった。ちなみに頭は剃り上げていて一本も髪の毛が無い。


 俺はガンツの横から後ろにいる連中に視線を送る。この状況にあっけに取られて目を丸くしたまま固まっていた。そりゃ、加勢を頼んだ人間が仕返ししようとした相手と親しいなんて夢にも思わないだろう。ガンツはゆっくりと振り返る。

「おめえ達。因縁をつけてきたってのは、このオトールさんってのは間違えねえのか? 嘘を言ってねえだろうな。おう、はっきり言わねえか」


 ガンツの言葉に真っ青になる破落戸ども。一斉にがばと地面に伏せ土下座した。腕を包帯で吊っている奴も含めて、見事なまでにシンクロしている。

「ガンツの兄い。嘘つきましたっ!」

「申し訳ねえっす」

「許してくだせえ」


 一瞬顔に血がのぼって顔が真っ赤になったガンツだった。そこへいいタイミングでセディが声をかけてくる。

「なんだよ。オトール。友達なら私にも紹介してくれないか?」

「ああ。すまねえ。ガンツ。俺の相棒のセディだ」

 ガンツの注意を引くことに成功した俺はセディを紹介する。


「で、この体格のいいのがガンツだ。昔仕事で良く一緒になった」

 ガンツは八重歯をむき出して笑った。

「オトールさんには世話になりやした。結構飲ませて貰いやしたねえ。正規軍にいる割には話の分かる方でしたよ」


「久しぶりに顔を合わせたんだ。立ち話もなんだ。一杯やろうじゃないか?」

「そりゃいいっすな」

 俺達は出てきた店に逆戻りをする。もちろん哀れな破落戸どもも一緒だ。店に入る前に頭のてっぺんに一発ずつガンツから拳固を食らっていた。一応は手加減はしてるようだ。さもなきゃ首が埋まってる。


「どうも俺んとこの部下が迷惑をかけたようで悪いですなあ」

「俺はそれほどでもねえがな」

「セディさん。申し訳ねえ。こいつら後でよーっく言い聞かせておきやす。オトールさんの相方に喧嘩売るなんざ、とんでもねえアホ野郎どもだ」


 破落戸どもは塩をかけられた菜っ葉のようにすっかり萎れてしまっている。

「いいか。オトールさんはてめえらが逆立ちしたってかなう相手じゃねえ。そんなオトールさんの相棒なんだ。セディさんも相当腕がいいはずだ。いいか。相手の実力も見れないんじゃ傭兵稼業は長く続けられねえぞ」

 へい。と連中は力なく返事をした。


「しかし、ガンツ。傭兵隊の頭になるたあ出世したじゃねえか」

「そんなガラじゃねえんですが。オトールさんの真似をして何とかやってまさ。ところで、オトールさんはこっちに配属になったんですかい?」

「いや。俺は軍はもうやめたんだ」


「そいつはもったいねえ。そうだ。知ってますかい? オリベッティの親父さん、ここの指揮官やってるんでさ。なんなら俺が復帰できるようにかけあってきやすが」

「せっかくだが、今の自由なのが気に入ってんだ」

「そうですか。まあ、オトールさんはその方が合ってるかもしれねえ。で、今は何をしてるんで?」


「たまたま知り合った相手に海神の杖とかいうのを探すのを頼まれて人を集めてる。誰かいいやつ知らねえか?」

「それってキャプテンマローンも探しているというやつですかい?」

「ああ、どうもそうらしい」


「ありゃあ、ただの海賊じゃねえ。ほとんど軍隊並みでさ。オトールさん悪いことは言わねえ、その仕事はやめておいたがいいですぜ」

「忠告感謝するぜ。俺も引き受けちまってから聞いた。でも今さら後には引けねえ。沽券にかかわるってもんさ」


 事情が分かってりゃな、と先に立たない後悔をしているとガンツがぐいと酒を飲み干す。タンと音を立ててテーブルに容器を置くと胸をそらした。

「それじゃあ、俺も話に混ぜてくだせえ」

「おいおい。さっき自分でやめておけって言ってたじゃねえか」


 ガンツは左腕の袖をまくり上げる。岩のような筋肉を見せた。

「この傷を見て下せえ。こいつはちょいと前のことだが、キャプテンマローンんとこの連中につけられた矢傷でさ。仕返しをしようと思ってたんだが、軍は動かねえし不満だったとこへ、この話だ。オトールさんがその気なら俺にもいっちょ噛ませておくんなさいよ」


「そいつはありがてえが、ガンツの腕に見合うだけの金は出ないんだ。杖以外のお宝に関しては分け前要求できることになってるが、見つかるかどうかも分からねえ。支度金は千だぜ」

「金の問題じゃねえんですよ」

「傭兵隊はどうする?」


「休暇ってことにしまさ。何ならやめたっていい。どうせ暇ぶっこいてんだ。こんな面白い話に乗らねえ手はねえ」

「そいつは正直助かるぜ。お前さんがいりゃ百人力だ。じゃあこれが支度金だ」

 俺が革袋を渡すと中身も確認せずにガンツは仕舞う。


 ガンツの為にもう一杯頼むと厳かに二人で金属製の酒杯を打合せ飲み干した。

「じゃあ、五日後にその宿屋に向かいまさ。それと、他に誰かいないかって話ですが、傭兵隊の中にゃ骨のあるやつは居ないですぜ」

「そうか。ガンツが加わってくれりゃ十分さ。頼りにしてるぜ」


 酒代を払おうとするとガンツは止める。

「今日のところは俺が払いますよ。あいつらが迷惑をかけた詫び料ってことで」

「そうはいかねえ」

「気にしないでおくんなせえ。どうせ俺の懐は痛まねえんだ」


 縮みあがっていた破落戸連中の顔がますます情けないものに変わる。後でガンツに取りたてられるのだろう。

「まあ、今日は俺の顔を立てておけよ」

「いつも悪いですなあ。じゃあ、お言葉に甘えます」

 破落戸連中がほっとした顔をみせた。

 

 店を出てガンツと別れるとセディがすぐに質問をしてくる。

「随分と濃ゆい知り合いが居るんだね」

 俺は遠ざかるガンツの巨体から目を離すと肩をすくめた。

「あれでなかなかに義理堅い男なんだ。つまらねえ偏見もねえし」


「それはそうなんだろうね。まあ、私がオトールと組んでるってのが大きいのだろうけど。それにしても見た目は凄い迫力だ」

「戦士としても相当なもんだぜ。まあ、付き合ううちにセディにもあいつの良さも分かって来るだろう」


「この際、背に腹は代えられないからね。この際仲間になってくれるというだけで文句を言えた義理じゃない」

「せっかく一人見つかっていい気分なんだ。ぶち壊すなよ」

「そうは言ってもまだまだ人手は足りないんだ。せめてあと三人は見つけないと」


「そうだな。とりあえず今日中にあと一人ぐらいは見つけっか?」

「できれば、遠距離攻撃に長けてるのがいいね。私は弾数制限があるのは知ってるだろ? それに接近戦は頼もしいのが見つかったんだから」

「そんな都合よく……、おっと、あのロングボウ持ってるのエルフだぜ。こんな場所で珍しい。声かけるぞ」

 俺はその人物に向けて駆け出した。

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