第4話 依頼人

 ダッチが思い出したように告げる。

「そうそう。実はオトール殿のことはオリベッティ殿に紹介頂いた」

「なんだ、あの髭の悪魔と知り合いなのか?」

 悪いが、と言いかけていたところへ元上官の名前が出てきて驚く俺にダッチは重々しく頷いた。


「腕も立つし人物も信頼できると保証されたよ。そうそう。オリベッティ殿も何か別に依頼したいことがあると仰っていたな。一応我らの都合を優先してくれるとのことだったがね。それで条件……」

「受けた。あんたの仕事を受けることにする」


 俺があっさりと言うとダッチは驚く。

「まだ報酬も取り決めていないがよろしいのか?」

「ああ。構わねえ。あんたを信頼するよ。大変な仕事なんだろ? 相応の報酬を用意していると期待してるぜ」


 ダッチがセディの方を見る。

「ああ。仕事選びはオトールに任せてる。私も異存はないよ。よろしく」

「それは有難い。では主のところに案内しよう」

 ダッチの主が宿泊しているという宿に向かった。


 セディは面白そうな顔をしている。俺は人猫族の言葉でささやいた。

「そんな顔をするな。オリベッティのおっさんがこの町に居るとは誤算だったよ。ろくでもないタダ働きに動員される前に別の仕事を受けた方がいいってだけさ」

 セディはふふと笑みを漏らす。ああ、ついてねえな。


 案内された宿屋はごく普通の店構えだった。交易で栄える都市だけにカスバには宿が多い。当然、安宿から高級なところまであるのだが、値段的は中の上ぐらい。ただ、通された部屋は川からの風が抜け快適だった。ダッチが両膝をつき部屋の主に頭を下げる。


 椅子に座っていたのは小柄な人物だった。昨日フードを目深に被っていた当人だろう。髪を短く切って耳がのぞいている。耳たぶからは金の輪のイヤリングが下がっていた。服の生地も色鮮やかな赤に染められていて、決して安いものではないことが伺える。この顔は肖像画で見たことが……。


 俺は軍の要人オリベッティを知っているということから、依頼人がそれなりの地位の人物ではないかと半ば予想していた。ただ、サマラーンという小国とはいえこんな偉い人物が出て来るとは想定外だ。俺は片膝を折って深く上半身を傾ける。横目で見ると俺より優雅な挨拶をしているセディの姿が見えた。


「オトールさん。セディさん。顔をお上げください」

 涼やかな声が響く。

「私はサマラーンの女王ナージャです。私たちの依頼を受けて頂きありがとうございます」


 ナージャは脇に控える男にささやく。俺達二人に椅子が用意された。いくつか社交辞令の言葉を交わすと軽く頭を下げてナージャは退室する。一応俺達に敬意を示してくれたということなのだろう。ダッチが話を引き取って、残りの二人を紹介された。そのまま実務的な話になる。


「探して貰いたい宝具は海神の杖という。それ以外で見つかった財宝は我々とあなたがた、これから集めて頂く方を含めてですが、折半ということでどうでしょう?」

「八対二で。もちろん俺らが八な」

「それはちと欲が深いというもの」


 ダッチは宝の在りかを知っているのはこちらだとか色々言っていたが、最後は七対三で決着する。もとより俺が八というのは吹っ掛けていたので、内心は不満は無い。まあ、宝具と一緒にある財宝なら相当な価値があるに違いない。これは一儲けできそうだ。発見できればの話だが。


 俺の交渉を興味無さそうに眺めていたセディは伸びをする。

「さてと、これで交渉成立かな」

「いやまだだ」

 俺はセディを制する。ここからが大事なんだな。


「必要経費として支度金を用意して貰おうか。仲間を集めるにしても当座の金がなければうまくいかない」

「それはそうかもしれぬが、そう多くは用意できんぞ」

 宿代を節約しているぐらいだからな。でも知ったことか。

「一万」


 俺の出した数字にダッチは先ほど以上に渋い表情をする。

「私の一存ではな」

「じゃあ、お姫さんに相談してきな。さすがに二千人を相手に出し抜こうっていう酔狂なのを集めようってんだ。前金がなけりゃ話になんねえ」


 最終的にダッチは折れた。俺達は資金を手にして宿を後にする。仲間を集める期限は五日。まあ、前金で千ギルダも渡せば何とか雇えるだろう。

「オトール。それで、人を集めるのはどうするつもりだい?」

「酒場を何軒か回ってみるとしようや」


 セディは肩をすくめる。

「大事な軍資金なんだ。全部飲んでしまわないようにしなきゃね」

「そんなに飲めるかよ。それに、俺だってそれぐらいわきまえてるさ」

「どうだろうねえ」


 何軒か酒場を回る。めぼしいのに声をかけてみたが結果ははかばかしくなかった。なにしろでかいヤマだ。海賊と競争してお宝探しをしようという仕事となれは腕に覚えが無ければ務まらない。それだけ腕が良ければ雇用の相場は高いわけで、俺の提示する前金では釣り合わなかった。そもそもそんな酔狂なやつ自体が多くない。


 話の流れで、俺が相手をしようとしている連中がその辺の有象無象ではないことも知れた。なんとアガタ王国と揉めている遥か東方のダナン共和国の私掠船だと言う。全員ではないものの正規の訓練を受けた兵士も混じっているし、船長は軍の士官か元士官。船団の総指揮官であるマローンってのは、なんとかの戦いで活躍したベテランらしい。


 船もばっちり艤装されていて、石砲やらバリスタやらが積まれていて近づくことすら難しいと聞くと俺も唸り声が出た。話をしてくれた男と別れると酒場の隅でセディと頭を寄せ合う。

「これは誤算だったな」


 セディは鼻をうごめかせた。

「だから、簡単に受けていいかい、って言ったのに」

「いや、オリベッティの名前を出されて動揺しちまったんだ」

「別に悪い人ではないじゃないか」


 確かに悪い男じゃない。俺が以前起こした騒ぎは本来なら収監されてもおかしくは無かった。それを自主的な退役という線でまとめたのはオリベッティ少将のお陰でもある。ただ、職務に熱心で要求水準もメチャクチャ高いので、配下の気苦労も半端ないのだ。諸悪の根源のあのアホな同僚がドジったのもそれが影響したんじゃねえかと疑っている。


 俺はセディの発言に正面から答えず、ぼやきを続けた。

「あのおっさんなら前線送り間違いなしと思ってたんだがな。まさかこんな後方勤務になっているなんて」

「やっぱりオトールを庇ったのが響いてるんじゃないか?」


 うぐぐ。痛いところを突いてくれるぜ。

「別に俺が頼んだわけじゃねえ。まあ、あのおっさんも年だし前線勤務もそろそろ辛いだろう。しかし、こんな面倒な依頼だと分かってたらなあ」

「後悔先に立たずというやつだね」

 セディは冷静に指摘してきやがる。


「今から戻って断わっちまうか。幸いにまだ手付金にはほとんど手をつけてないし。故郷の親父が危篤って連絡があったってことにして」

「もう、ご両親は亡くなってるって前に聞いたよ」

「嘘も方便ってやつさ」


 得意そうに言ってみるが、セディは呆れて物もいえないというように首を振っていた。

「オリベッティさんが居るんだよ。オトールの発言はすぐ嘘ってバレるし、ものすごーく評判に傷がつくと思うけど。まあ、オトールの評価はこれ以上下がりようがないかもしれないけどね」


「ああくそ。もし直接戦うことになったら接舷して一隻ずつ制圧しちまえばいいと考えていたんだが、そうもいかなそうだし本当にツイてねえなあ」

「どのみち二人だとどうしようもないね。私は別にオトールと心中するのでも構わないけど」

 セディはことも無げにとんでもないことを口にする。


「俺もそれほどこの世に未練はねえな。死ぬときに隣にいるのがお前さんというのも悪くねえ。でも無駄死には趣味じゃないんだよ」

「それは残念。じゃあ、死に物狂いで人集めしなくちゃね」

 促されて店の外に出る。少し傾いてきたとはいえ相変わらず燦燦と照り付けてくる太陽がまぶしかった。


「こうなりゃ誰でもいいや。昨日の破落戸連中を探し出して無理やり参加させちまうか?」

「あまり気が進まないねえ」

「……そうだな。すまねえ。ちと配慮が足りなかった」


 確かにただ威勢がいい阿呆なら使い道があるが、偏見に満ち満ちた連中と一緒に居るのは心安らかじゃないだろう。セディに悪いことを言っちまった。頭をがりがりとかいて次の酒場を探していると、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。悪霊の話をしていると悪霊が出て来るってことわざ通りだ。


「居やがった。アイツです」

「兄貴。あの男が俺達を叩きのめしたんでさ」

「俺達の仇を取って下せえ」

 やれやれ。まったく懲りない連中だ。


 助っ人を連れて仕返しに来ようとはしつこい連中だ。まあ、なけなしの金を巻き上げられたとあっちゃ生活が苦しいのかもしれない。俺がゆっくりと向き直ると懐かしい面々の後ろから頭一つ分は飛び出した厳つい男の顔が見える。破落戸を押しのけると巨漢はどすどすとやってきて、でかい右拳をぶんと俺の目の前に突き出した。

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