第2話 朝飯前
「まったく。口ほどにもねえな」
男たちは地面に伸びている。一人は口から何かを吐き、一人は肘が変な方向に曲がって歯を食いしばり、もう一人は怯えて体を丸めていた。近くに寄るだけで体臭がきつい。どっちが臭いんだか。詫び料をせしめた俺の横にセディが並ぶ。
「オトール。やりすぎだよ」
「俺はそうは思わねえ」
「こういう解決法は文明的じゃない。適当にあしらって警備兵に任せれば良かった」
「今頃のこのこやってきたのにか?」
「オトールの手が早すぎるんだよ」
八人ほどの小隊がやってきて俺達を取り囲む。隊長らしいのが口を開いた。
「何の騒ぎだ?」
「見てのとおりさ。こいつらが俺の相棒を侮辱した挙句に斬りかかってきたので返り討ちにしたまでのこと」
俺の発言にセディの目が細くなる。
なんだよ。嘘は言ってないだろ。俺も挑発したという些細なことを省いただけだ。セディに念を送って、俺は隊長に向き直る。
「俺は剣も抜いちゃいないぜ。それから……」
俺は首から下げている鎖を引っ張り、金属片を隊長にだけ分かるようにチラリと見せた。
隊長はさっと敬礼する。金属片の効果は抜群だった。
「カスバ駐留軍所属ナジブ軍曹であります」
俺は少し離れたところにナジブ軍曹を誘導する。
「オトール退役少佐」
名乗るとナジブは表情を目まぐるしく変えた。
「この地に何の用でありますか?」
「別に軍の仕事じゃねえ。さっきも言った通り、俺はもう退役したんだ」
「しかし、いつ予備役招集されるか分からない時勢ではあります」
「まあな。そんなことよりもう行っていいかい?」
「もちろんであります」
ナジブに答礼を返して歩き始めた。ナジブの言う通りアガタ王国は東部での緊張が高まっている。隣国ダナン共和国との開戦も近いという観測が流れていた。しかし、色々あって退役した俺には関係のない話である。巻き込まれるのが嫌で西部にやってきたのだが、その影響はこちらにも如実に表れていた。
軍に属していた時に味方がドジを踏んで駐屯していた町が危機に瀕したことがある。その時に偶々滞在していたセディに協力を求めた。かつて栄えた古代文明の遺産である魔法銃を手にしていたセディの支援射撃のお陰で、なんとか敵を撃退することに成功する。
めでたしめでたしで終われば良かったんだが、ドジを踏んだ友軍の指揮官がセディを逆恨みし、猫人に偏見を持つ連中を集めてリンチにかけようとした。当然黙っちゃおれない俺は乱闘騒ぎを起こし、軍法会議にかけられる。結果的に罪に問われることは無かったが、嫌気がさして、今では二人で気ままに放浪していた。
俺はセディの手を借りたことは後悔しちゃいない。なんとなくセディが責任のようなものを感じているようだが、あえて気が付かないふりをしていた。もう一年近くくらい一緒にいるが真面目で紳士的なセディと俺はいいコンビだと思っている。まあ、口に出しては言わねえが。
宿屋に腰を落ち着け、階下でサボテン酒を飲んだ。海の向こうから渡ってきた酒は少々値が張る。ただ、度数の高いこの酒を一度口にすると、他の酒は水のように感じられた。代金を融通してくれたアホ共のお陰で、いい酒が飲めるってわけだ。ちなみに酒を飲んでいるのは俺だけで、セディはなんかの果汁を舐めている。
大皿に肉団子が山盛りになったものが運ばれてきた。俺とセディはそれぞれの取り皿に可能な限り多くをよそおうと攻防を繰り広げる。一つを口に運んだ。肉と卵をこねて固めて焼いたもの。注文の際に聞いた通り、オニオンは入っていなかった。がっつりと肉を食べている感じがたまらない。
「今夜の宿は確保できたけど、これからどうするんだい?」
「酒飲んで無いで、
「そう聞こえるのは忸怩たるものがあるからだね」
「とりあえず、あの連中の寄付で二三日は過ごせるんだ。ゆっくり考えようぜ」
「寄付じゃないだろ。仮にも元軍人が破落戸から小銭を巻き上げるのはどうかと思ったりは……」
「しないなあ。だって、向こうから頭を下げてこれで勘弁してくれって言うんだぜ。俺としても腸が煮えくり返っていたが、命だけはと懇願されたら仕方ないだろ」
「オトールと組んでいる私の評判にも影響があるんだけどな」
「オトールさん?」
俺が返事をしようとしたところへ若い姉ちゃんが声をかけてきた。この地方に多い浅黒い肌の割と整った顔の中で白い歯が光り、左腰に吊っているレイピアがカチャリと音を立てる。何かの始まりの予感がした。
「私はベティ。座ってもいいかい?」
丸テーブルの向こうに座るセディの目が光る。鼻の下を伸ばすなってか? 余計なお世話だ。
セディは立ち上がるとゆっくりと長身を傾ける。
「私はセディ。オトールの相棒でね。まあ、おかけなさい」
椅子を引いてやるセディにベティは笑顔を見せる。
「ありがとう」
俺の中でベティの点数が上がった。きちんと礼をわきまえているというのがいい。細身だが均整の取れた体つきは私娼っていう感じじゃないが、一体なんの用事だろう?
ベティの頭のてっぺんから腰の辺りまでを視線でひと撫でする。肩の辺りで切りそろえた栗色の髪をヘアバンドで留めていた。長袖の上の肩や胸に部分的な革当てをつけている。凝ったデザインではなく実用一点張りの服装で、目に見える範囲には装飾品も無かった。顔には化粧っけもない。
乾いて粉をふいているテーブル表面の節を見ていたベティが顔を上げた。
「オトールさん。私を弟子にして欲しい」
「おっと。いきなりだな。さっき名前を呼ばれはしたが俺はあんたとは面識がないはずだぜ」
「通りで警備隊に名乗ってるのを聞いてたの。私、耳はいいんだ」
「初対面の俺に弟子入りなんて唐突だと思わねえか?」
「あれだけの腕を見せられちゃったらさ。群れてイキがるしか能のない連中だけど三人をまとめて叩きのめしたでしょ。しかも剣を抜かないで。私感動しちゃった」
「そいつはどうも」
「カスバぐらいの大きい町なら腕自慢の人ぐらいすぐ見つかるかと思ったら全然いないんだもん」
「こう言っちゃなんだが、能ある鷹は爪を隠すって言うぜ」
「せっかく身につけた技量を他人に隠すなんて馬鹿みたい。まあ、そんなことは置いておいて、私の見るところ、オトールさんの腕はかなりのものだと思う。私もっと強くなりたいんだ。お願いします」
頭を下げるベティの右手に俺は視線を走らせる。掌の一部が硬くなっていた。それなりに剣の練習はしているらしい。
「見てのとおり俺達は流れ者だ。一か所に腰を落ち着けるのは性に合わないんだよ。悪いが……」
「じゃあ、ついて行けばいいんだね? 弟子になれば師匠にくっついていくのは当然さ」
「ちょっと待て」
「なんですか? オトール師匠」
目の端でセディの口の端が上がっているのが見える。ひげも細かく震えていた。この野郎面白がってやがるな。くそ。
「まだ弟子にしちゃいねえぞ。勝手に師匠とか呼ぶな」
「だって、ついて行けばいいんでしょ?」
「まてまてまて。お前さんを弟子にして俺に何のメリットがある?」
「んー。自分の技を継ぐ人間がいたら嬉しいよね?」
「そうかもしれないが、別にお前である必要がねえ」
「そうだなあ。何かメリットがあればいいのよね? 私料理得意だよ。魚釣りも」
向かいの席から声がかかった。
「採用!」
勝手に決めるな。そう思う俺の目の前でベティが嬉しそうに笑う。笑みのせいか年頃の女の子っぽさが強まった。俺はセディを睨みつけるが顔をつるりとなでるだけで、どこを風が吹くといった表情だ。まずいな。話の流れが悪い。俺はそれを断ち切るように宣言した。
「弟子になりたいならテストを受けて貰う」
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KAC参加時の第1話を分割して2話冒頭に持って来ています。
少し重複しますがご容赦を。
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