相棒は真面目で紳士でちょっと皮肉屋
新巻へもん
第一部『海神の杖』
第1話 腹ぺこの二人
西方一の交易都市カスバ。目抜き通りの両脇に立ち並ぶ露店の呼び込みの声がかまびすしい。その声に負けないように俺は連れに怒鳴った。
「まずはどっかで飯食うか?」
「腹は減れども先立つものがな」
背中に長い筒を背負ったセディが物憂げな声を出す。
俺も人のことは言えないが酷い格好だった。旅塵にまみれており、叩けば埃がぶわっと巻き立つことは間違いない。えんじ色のチョッキはセディに良く似合っていたが、それも洗いたての色とは程遠かった。いつもは良く動くエメラルドを思わせる目も光がない。猫背にならないように胸を張ってはいるが相当くたびれているようだ。
「ま、こんだけでかい町だ。なんか仕事ぐらいあんだろ。何はともあれ、腹が減っては戦はできん」
俺の提案にセディはわずかに顎を引いた。金が乏しいということを俺に注意喚起ができればそれでいいのだろう。それ以上強くは言わなかった。
実際のところ、声を出すのもおっくうなのかもしれない。もうセディは三日ほどまともなものを口にしていなかった。俺が腹が減っているのは同様にしても、昨日に背負い袋を引っ掻き回して底から出てきた最後のビスケットを食っている。美味くもねえパサパサのものだが、二日間の違いは大きい。ちなみにセディにも勧めたが頑として拒絶された。
さて、何を食うとしようか? セディに言われるまでもなく懐具合は寂しい。まあ、その原因が誰にあるかと問われれれば、渋々ながらも手を挙げざるを得なかった。あまり高くなくて、量がそれなりにあり、美味いものをきょろきょろと探す。右手にあるあの店が良さそうだな。
俺は先ほどから香ばしい香りを振りまいている屋台を親指で示す。
「あれにしよう」
またも無言で頷くセディ。俺はニッとセディに笑いかけるとすたすたと屋台に近づいていく。足音はしなかったがセディがついてきているのは気配で分かった。
首から汗を拭くための布を下げている屋台のオヤジに声をかける。
「そいつを二つとこっちを同じく二つ貰おうか」
「へい、らっしゃい」
親父は炭火の様子を見ていた顔を上げた。
視線が俺達の顔をひと撫でする。何も言わずに目線を手元に戻した。まともな商店主で良かったと密かに胸をなでおろす。
「あいよ。合わせて十一ギルダだ」
金を払い料理を受け取る。串に刺して焼いた魚が二本。セディに渡すと鼻がひくひく動く。じゅうじゅうと音を立て脂がしみだしていて見るからに旨そうだ。
次に円筒形のパンに切れ込みを入れ、焼いた魚を挟んで赤いソースをかけたものを受け取る。我慢しきれずその場でぱくりとかぶりついた。口の中を火傷しそうな熱さだったが、魚の旨味が口の中に広がる。ちょっと焦げているのはご愛敬。オヤジに大きく頷いて見せると顔を綻ばせた。
植込みの側に空きスペースを見つけ、無造作に置いてある切株に腰を下ろすと、熱いものが苦手なセディは恐る恐る魚の端に口を付ける。少しだけ齧り取ると数回口を動かし飲み込んだ。その動きにセディのひげも動く。俺は立ったままパンにかじりつく。セディは俺を見上げると目をくるりと動かし鼻を鳴らした。
「別に立ったまま食ったっていいじゃねえか。他に座るところねえんだし」
「それは分かっている。だから何も言っていないだろう」
セディはふうふうと魚に息を吹きかけると先ほどよりは大きく魚にかじりつく。ぴょこんとセディの体の横から青灰色の尻尾が見えた。ゆらゆらと揺れている。
あれだけ大きくゆっくり揺らしてるってことは味に満足しているはずだ。
「旨いもん食うのに立ってるのも座ってるのも関係ないと思うがねえ」
「立ったまま食事をするのは文明的ではないな」
「へいへい。どうせ俺は野蛮なヒト族さ」
そこからは無言で食事を再開した。腹が膨れると今度は喉の渇きを覚える。
「どこかで一杯やりたいな」
「それは寝床と金稼ぎの算段ができてからにしてくれ」
「そう言うだろうと思ったよ。この堅物め」
「誉め言葉だと受け取っておくよ。串を捨ててくる」
「その辺の植え込みにでも投げ込んでおきゃ……」
俺の言葉は完全に聞き流してセディは先ほどの屋台に向かって歩みだす。俺は舌打ちするとセディを追いかけた。四人連れとすれ違う。三人の初老の男達は日焼けした顔をさらし、頭に布を巻いていた。腰に曲刀を差してはいるが服装はいたって質素。目を引いたのは頭からすっぽりフードを被った小柄な人物だ。
このくそ暑いのに顔が見えないほど目深に布が覆っている。背丈も男たちの肩ぐらいまでしかない。三人はフードを被った人物を中心に三角形の頂点になる位置を歩いていた。ふーん。護衛か。よく見ればむき出しの手足に色の薄い線が走っている。斬られた傷跡のようだ。
いつもの癖で実力を値踏みするように目の端で三人組の様子を見る。それなりに修羅場は潜りぬけているらしい。そこそこの腕は有りそうだ。観察はほどほどにして視線を戻すとセディが店のオヤジに何かいいながら、串を露店の前の金属製の筒に入れる。オヤジは笑顔を見せた。そこへ酒で焼けたガラガラ声が響き渡る。
「なんだ。獣くせえと思ったら、猫頭がいるじゃねえか」
「くせえ。くせえ」
「ほら。ここはお前みたいなのがくるところじゃねえ」
鎖編みのベストを着て腰に長剣をはいた男達だった。
装備を見るにどこからか流れてきた傭兵だろう。一応公式にはここアガタ王国では獣人やエルフなどの亜人を差別することは禁じる布告が何度か出されていた。しかし、禁令があるということは逆に言えば現実には差別が存在するということ。もっとも、ここまであからさまな言葉を投げかけるおバカはそう多くは無い。
男たちの言葉が聞こえなかったかのように振る舞うセディの先回りをして男たちは喚いた。
「無視するたあ、いい度胸じゃねえか」
「人間様にそんな態度をとる猫には躾が必要だよなあ」
「四つん這いになって、何か芸でもしたら許してやるぜ」
周囲の人間がざっと波のように引いて場所を空ける。セディは無言で背中に担いでいた筒を降ろして構えた。男たちはへらへらしている。まったく。こいつら底なしの阿呆だ。相手が何者か分かっちゃいねえ。
「やめろ。セディ。この距離だと周囲に被害が出る」
セディは構えを崩さない。ただ、口元がちょっとだけ動いた。
そういうなら、お前が何とかしろ。セディの目はそう告げている。じゃあ、お言葉に従いますか。俺も相棒をコケにされて腹の虫が収まらねえからな。飯も食ったばかりだし、腹ごなしにちょうどいい。人の輪の中に進み出て、首を伸ばすように横に動かし腕を回す。指の骨をぽきぽきと鳴らした。
「おっと。お前さん達。俺の相棒にいちゃもんをつけるってことは俺も相手にするってことになるぜ」
男たちは俺に向き直った。馬鹿にしきった態度は変わらない。まあ、俺も見た目は威厳がないからなあ。
「俺の相棒がその気になればお前さん達はとっくに死んでる。悪いことは言わねえから、さっさと失せな。まあ、そんなことを理解できるだけの頭があるとは思えないけどな。どぶねずみ並みの脳みそしかなさそうだ」
あからさまな侮蔑の言葉に男たちの顔が赤くなる。さすがにバカにされてるというのは分かるらしい。
「てめえ。喧嘩売ってんのか?」
「お前らが先に相棒にふっかけたんだろ。だから俺が代わりに買ってやる。1ギルダでな」
俺は小青銅貨を傭兵連中の足元に投げ出す。男たちは一斉に剣を抜いて、斬りかかってきた。やだねえ、町中で抜剣するなんて。
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