第55話 ささやかなパーティ・2
楽しかったパーティーもそろそろ終わりを迎えようかという頃。
キリルはローベルト国王に本題を切り出そうとしていた。
夕方にニールと話していたことだ。
ローベルト国王とはパーティーの最中には何度も会話をしたが、上手く切り出すことができないでいたのである。
ローベルト国王の体調はまだ万全ではなく、一人だけ椅子に座っての参加だった。それでもパーティーを開こうと提案したのは他の誰でもなく、ローベルト国王本人だ。
(どうしよう……)
キリルの心臓が緊張で大きな音を立てている。
もしだめだと言われてしまったら。そんなとめどない不安がずっと絶えない。
テーブルに並んだたくさんの美味しそうな料理や飲み物も、最初は普通に食べることや飲むことができたが、次第にあまり喉を通らなくなった。
それはずっとキリルに寄り添うようにして一緒にいたエミリアが首を傾げる程だ。
このパーティーが終わってしまえば、きっと話す機会がなくなってしまう。
そう思ったキリルが勇気を振り絞り、今はエリオットと話しているローベルト国王の方へと向かおうとした時だった。
不意にローベルト国王がキリルの顔を見た。途端にキリルの足が止まる。
「キリル、こちらへ」
優しい声音で名前を呼ばれ、キリルは一度ごくりと喉を鳴らすとまっすぐにそちらへと向かった。平静を装ってはいたが、その足取りは不自然だったかもしれない。
「父さん、何?」
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうって?」
「いや、もしお前がよければこの城に残る気はないかと思ってな。ほら、元々この城にオフェリアと共に呼び戻すつもりだったと話しただろう」
ローベルト国王の言葉に、キリルは一瞬自分の耳を疑った。
今、目の前にいる父親は何と言ったのか。
まさにこれから申し出ようとしていたことの答えが、そこにはあった。
確かにローベルト国王の呪いを解いて初めて話をした時、そのようなことを聞かされた。
だがオフェリアが亡くなった今、城に呼び戻されるとは思っていなかったし、その話すらすっかり忘れてしまっていたくらいだったのだ。
青天の霹靂とはこういうことを言うのだろうか。
「おれもちょうどそのことを話そうとしてて……えっと、ぜひこの城に置いてください!」
願ってもない打診に、キリルは一も二もなく頭を下げた。
「これからもずっとキリル様と一緒にいられますのね!」
ちゃっかり後ろからついて来ていたエミリアが歓喜の声を上げる。
そんな様子を少し離れていたところから見守っていたニールはほっと一息つくと、自らもローベルト国王の方へと歩んだ。
そしてローベルト国王の前で膝をつく。
「国王陛下、お願いがあります」
「言ってみるといい」
快い返答にニールは深く一礼すると、思い切って打ち明けた。
「ありがとうございます。キリル様がこの城に残るのでしたら自分を世話係にしては頂けないでしょうか? もちろんエリオット様の世話係と兼任という形で構いません」
キリルがこの城に残りたいと言った時からニールは考えていた。
これまでひとりの村人として育ってきたキリルが王族として城で暮らすのは慣れないことも多く、きっと大変だろう。
ならば自分が世話係として側についていれば、少しは役に立つこともあるのではないか。
また、もし何か不慮の事態が起こってもキリルを守ることができる。
オフェリアの分もキリルを守ることが自分に与えられた使命だ、という思いももちろんあったが、ただそれだけでなく、ニール自身がキリルの近くにいてこれからの彼をずっと見守ってやりたいと強く願ったのだ。
「キリルがそれでいいのなら、そうしよう」
ローベルト国王がキリルの方を見やると、
「おれは別にいいというかすごくありがたいんだけど、それだとニールの仕事が増えて大変じゃないかな……?」
そう言ってキリルは困ったような表情を浮かべる。
そしてどうしたらいいのかと問うように、エリオットに視線を移した。
「僕は自分のことはすべてできますから世話係など不要です」
腕を組んだエリオットの口調は厳しいものだったが、その瞳は優しく、口元も緩んでいる。まるでニールをからかって楽しんでいるようだ。
つまり、エリオット自身よりもキリルの世話を優先してくれ、ということらしい。
最初に会った時、エリオットが冷たい人に見えたことをキリルは申し訳なく思った。しかし今は冷たいだなんてこれっぽっちも思わない。
その場にいた全員が楽しそうに笑い合う。
壁にもたれて遠くからひとりでキリルたちの様子を眺めていたユリウスも、嬉しそうにそっと目を細めた。
「これからもよろしくお願いします!」
キリルがかしこまったようにニールに向けて頭を下げると、
「こちらこそよろしくお願いします」
彼は満面の笑みで右手を差し出す。キリルは躊躇することなくそれを取ると、改めてしっかりと力強く握った。
そして初めてニールに会った時のことを思い返す。
あの時は差し出された手を取ることもなく冷たく突っぱねた。出会い方が普通ではなかっただけにそれは仕方のないことではあった。しかしそれだけ不審に思っていたのに、この数日の間に気付けば一緒にいるのが当たり前になっていた。
そんなことが何だか不思議でもあったし、同時にとても嬉しくもあった。
「えっと」
ニールとの握手を終えたキリルがローベルト国王に向き直る。
「一度カーミス村に帰って、じいちゃんとばあちゃんにきちんと話をしたいんだけど、いいかな?」
「もちろんだとも」
ローベルト国王は口元を綻ばせながら快諾した。
こうしてささやかなパーティーは、一同の朗笑を響かせながら終わりを告げたのである。
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