第54話 ささやかなパーティ・1
その日の夜、小さなパーティーが開かれた。
今回の関係者であるキリル、ニール、ユリウス、エリオット、ローベルト国王の五人に、イルムヒルデを倒した後に詳しい事情を説明されたエミリアを含めた六人のみの、とてもささやかな立食形式のものだ。
ようやく事情を知らされたエミリアは、
「わたしだけのけ者にするなんて、皆してひどいですわ!」
そう言ってグラスいっぱいに入ったジュースを一気に飲み干し、頬を膨らませた。
その様子を隣で見ていたキリルの顔が青ざめる。これがジュースではなく、酒だったらと思うと恐ろしい。きっと、いや間違いなく将来の彼女は酒癖が悪くなりそうだ。
やはりエミリアは今回の事件について薄々感づいていたし、何度もキリルたちを問い詰めようと考えた。だが、何となく切り出すタイミングを掴めないでいるうちに、今日という日を迎えてしまったらしい。
さすがにこれだけ周りが慌ただしくしていて気付かないわけがない。気が付かなければ、それはそれで王族として問題だ。
「でも、エミリアを危険な目に遭わせたくなかったからさ」
キリルがエミリアに必死になって言い聞かせると、彼女はそれまで膨らませていた頬をぱっと赤らめる。
「まあ、キリル様ってばそんなにわたしのことを心配してくださっていましたの?」
今度は手を胸の前で組んで、嬉しそうな様子をみせた。
「キリルは心配性だからね」
ワインの注がれたグラスを持ったユリウスが、柔らかな笑みを浮かべる。
今回の事件の詳細と共に、キリルが実の兄だとユリウスに聞かされたエミリアは『それでも婚約者であることに変わりありませんわ!』と強く言い張った。
やはりユリウスの言った通りだった。
そして、一時意気消沈していたユリウスはと言えばまだ少し元気がないようにも見えたが、それでも気丈に振舞い、今回の事件については深く反省し、これから償っていこうと考えている、とキリルたちの前で深々と頭を垂れた。
実際にローベルト国王に呪いをかけた犯人はイルムヒルデだったし、ユリウスが直接しようとしたのはキリルを手に掛けようとしたことくらいだ。
すでに彼を許していたキリルを始め、責める者は誰もいなかった。
「エミリアはおれのどこがいいの?」
未だに自分にこだわる理由がわからないでいるキリルが率直に尋ねると、エミリアはキリルの顔を下から覗き込み、意味深に微笑む。
「それはインスピレーションというものですわ。会った瞬間にわかりましたの」
「インスピレーション……ね」
全然答えになっていないし、どこまで信じていいものかとキリルが考えあぐねていると、一時的に席を外していたニールが何かを手に戻ってきた。
「ニール!」
その顔を認めたエミリアが声を張り上げる。
「……エミリア様」
途端にその場で固まったニールは彼女の顔を直視することができず、瞳は宙を彷徨っていた。
「わたしを部屋から追い出したこと、覚えています?」
「……はい」
「今度あんなことをしたら絶対に許しませんから!」
どうやらエミリアは、ニールに部屋から無理やり追い出されたことをまだ根に持っていたらしい。
腰に手を当ててしきりに怒るエミリアに、ニールはただひたすら『すみませんでした!』と頭を下げることしかできないでいる。
これは自分が何とかしないと、と慌ててキリルは口を開いた。
「エミリア、ニールも悪気があったわけじゃないし。それにニールだけじゃなくておれたちにだって責任があるんだから」
「……キリル様がそう言うのでしたら」
渋々といった風にエミリアが頷く。とりあえずはこれで大丈夫だろう。
「で、ニールはどこに行ってたのさ」
今度はニールに話を振ると、彼は手に持っていたものをキリルに恭しく差し出した。
「キリル様にこれを」
「おれに?」
ビロードの細長い袋に入ったそれを両手で受け取る。予想外の重さに思わず取り落としそうになった。
袋の紐を解いて丁寧に中身を取り出すと、隣で興味津々といった様子で見ていたエミリアが両手を口に当てながら高い声を上げ、ユリウスも目を瞬かせた。
「素敵な剣ですわ! ね、キリル様」
「これはなかなかのものだね」
出てきたものは長剣だった。しかもとても高価そうな代物だ。
鞘にはとても綺麗な細工が施されていて、よく見ればキリルの肩にある痣によく似た四つ葉のクローバーもモチーフに使われている。
「これ……」
キリルが剣を両手で持ったまま呆然とニールを見つめると、彼はにっこりと満面の笑みを見せた。
「ノエルさんに頼んでいたものです。さっき取りに行ってきたんです」
「ノエルさん!? ってまさか、あの時頼んでた剣って……」
「はい。俺ではなく、キリル様のために作ってもらいました」
ニールの言葉でキリルは思い出す。
ノエルの家にお礼を言いに行った時のことだ。
反乱軍を罪には問わないと伝えられ、まだ困惑した様子だったノエルに、ニールはとびきりの剣を一本作ってくれとお願いしていた。
キリルはてっきりニールの剣をもう一本作るのだと信じ込んでいたのだが、どうやらそれは違っていたらしい。
「おれの、ため……?」
「キリル様も専用の剣を一本くらい持っていてもいいかと思いまして。もしかして、迷惑でしたか?」
ああ、そうか。
キリルは納得した。
あの時ノエルが何かを言いかけてやめたのは、きっと自分が長剣を持たず、短剣のみの装備だったことに気付いたからだろう。
ここまで自分のことを考えてくれていたニールには、どれだけ感謝の言葉を並べても足りないくらいだ。
自分だけの剣。
それもノエルが自分のために作ってくれたものだ。しかもこんな短時間で仕上げたということは、きっと彼はすごく頑張ってくれたに違いない。
それが嬉しくないわけがないじゃないか。
「すっごく嬉しいよ!」
キリルは長剣を大事そうに抱きかかえるとニールを見上げた。そして素直にそう答えると破顔する。
その様子にニールは嬉しそうに目を細め、ユリウスとエミリアも笑顔を見せていた。
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