第53話 目指す道
今回も来客をもてなすことができず、キリルはソファーでむくれていた。
「本当にすみませんでした! だからそんなに怒らないでください」
向かいに座っているニールの謝罪にもぷいと顔を背ける。
キリルは今の自分の行動が子供っぽいということはよくわかっているが、それでもきちんともてなしたかったのだ。
一度ならず二度までももてなされる側になるとは。
これを怒るなという方が無理な話だろう。
しかしここでずっと怒っていても
そろそろ大人らしく許してやろうかと、キリルはニールに向き直る。
「次はおれがちゃんと淹れるからね」
「わかりました」
ニールは心底ほっとしたように胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「怪我はもう平気なの?」
キリルがティーカップを手に取りながら訊く。
ニールの怪我はエリオットが治してくれたといってもあれだけの大怪我だ、キリルはそれでもまだ心配だった。
「もう全然平気ですよ。ほら」
ニールが右腕をぐるぐると回してみせる。
どうやら本当に大丈夫のようだ。特に無理をしている様子もない。
だが、もしエリオットがいなかったらと思うとぞっとする。今頃ニールはこの世にいなかったかもしれない。
いつの間にか、ニールはキリルにとってとても大事な人のひとりになっていた。最初に会った時のことがまるで嘘のようだ。
「ならいいんだけど」
安心したキリルは、紅茶に数回息を吹きかけて少しだけ冷ますと
「キリル様はどこか具合の悪いところはないですか?」
「別にないかな。睡眠もとったし」
「それならよかったです」
ニールが柔らかに笑む。つられてキリルも目を細めた。
「ところでさ」
キリルがティーカップをテーブルに戻しながら切り出すと、ニールは小さく首を傾げる。
「おれは剣と魔法、どっちも手に入れようって決めたんだけど」
「はい」
「もし、どっちも
魔法剣士という存在がいるということは、ずっと昔に祖父母が読んでくれた本で知っていた。
かっこいい魔法剣士が剣と魔法を使い、悪い魔物を倒すというありきたりの内容だ。
あまりにも幼い頃に聞いたものだったからこれまですっかりその存在を忘れていたのだが、今回の事件でキリルはその存在を思い出したのだ。
「それとも魔法剣士って本当はいないの?」
なにしろもう十年以上も前に読み聞かせられた話である。ただのおとぎ話だったのかもしれない。
キリルが率直に尋ねると、ニールは顎に手をやった。
「いえ、いるはずです。実際に会ったことはありませんが、聞いたことはありますし図書室にある文献にも書かれています」
「だったらおれも魔法剣士になれる!?」
思わずキリルがテーブルに両手をついて前に乗り出す。
そんな様子にもたじろぐことなく、ニールは微笑んだままで言葉を紡いだ。
「それは貴方次第ですし、とても困難な道になるでしょうが、決して不可能ではないと俺は思います」
キリルの中にある心の強さ、これがあればどんな困難な道でもきっと切り開いていける。ニールはそう信じていた。
確信と言ってもいいかもしれない。
目の前、すぐ手の届くところにいるこの少年なら人や国だけでなく、世界すら丸ごと救ってしまうのではないかと純粋に思う。
なるほど、魔法剣士とは良い道を見つけたものだ。
「そっか……っ!」
キリルは両手をぐっと握って何度も頷いていた。どうやら自分の進むべき道がはっきりと見えたらしい。
そしてしばらくしてから思い出したように顔を上げる。
「?」
ニールが不思議そうな顔で黙って見つめると、キリルは照れくさそうに頬を掻いた。
「……あのさ、そのためにはどうしたらいいのかな?」
ニールはこんなことが数日前にもあったな、と振り返る。【アウローラの鏡】を取りに行こうと話した時のことだ。言えばキリルに怒られるだろうから、今は心の中だけでくすりと小さな笑みを零すだけにしておく。
「まずはこの城で修行してはどうでしょうか? 剣なら騎士団だけでなく、俺やユリウス様もいますし、魔法ならエリオット様がいます。図書室には魔法に関するものがたくさんありますよ」
ぱあっとキリルの顔が一気に明るくなる。
ニールのアドバイスはとても素晴らしかった。
確かにこの城は修行に最適なのかもしれない、キリルはそう考えた。
しかし。
もし城に残ると祖父母に言ったら一体どんな顔をするだろう。反対されるかもしれないし、キリル自身、カーミス村に祖父母を二人だけで置いていくのはどうなのかと思った。だが、もし仮に三人でルアールに引っ越そうと言ったところで祖父母は決して頷くことはないだろう。
ただ、カーミス村ではこれ以上の成長は見込めないことはわかっている。
努力次第ではある程度までまだ伸びるかもしれないが、やはりきちんと基礎から学び直すべきなのだ。
だとすれば、やはりカーミス村ではなくこのデルニード城に残るのが今考えられる最善の手段だろう。
けれど、一応王子だったとはいえ育ちの良くない自分が城に残ることをローベルト国王は許してくれるだろうか。
当然祖父母と離れることも不安ではあったが、一番の問題はそこだった。
「おれはここに残りたいけど、父さんが許してくれるかな……?」
キリルが心配そうに呟くと、ニールは励ますように大きく頷いてみせた。
「きっと大丈夫です。もしだめだったら、その時はまた違う方法を考えればいいだけの話ですから」
「そうだよね! うん、後で聞いてみることにする」
ニールの心強い返答にキリルが満面の笑みをみせる。
ようやく大きな一歩を踏み出せそうな、そんな気がした。
窓から見える空はいつの間にかティーカップの中身と同じ、
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