第52話 それから

 高く昇った太陽の光が、窓から差し込んでいる。


 その眩しさに耐え切れず、キリルはゆっくり両目を開けた。まだ眠そうにそれを手の甲でこすると、ベッドの中で大きく伸びをする。


 ちょうど近くにあった懐中時計を手に取り、蓋を開けて時間を確認するとそろそろ昼になる時分だった。


 ベッドに入ってから大体五時間くらいは経っていたが、まだまだ寝足りない。


 イルムヒルデを倒した後、その灰やマントなどを全員で丁寧に集めて小さな木箱に詰めた。


 それを図書室の隠し部屋にあった台座に安置すると、誰かが開けてしまわないように、と封印を解くための壁をその辺にあった本でまた隠した。


 キリルが心配していたニールの怪我は、すぐにエリオットがヒールをかけてくれたおかげで傷口は綺麗に塞がり、特に痕や後遺症が残ることもなかった。


 そしてそれぞれが自分の部屋へと戻り、眠りについたのである。


 それはすでに朝日が昇りきった頃の出来事だった。


 キリルはぐっすりと泥のように眠った。


 ここ数日あまりよく眠っていなかったし、徹夜での戦いだったので疲れもピークを超えていたのだ。


 キリルはまだけだるそうにベッドから抜け出すと、着替えを始める。


 そこで腹が大きな音を立て、朝食もとらずにずっと眠っていたことを思い出した。


「お腹空いた……」


 キリルは呟くと、腹に手を当てる。


 そうしてそそくさと支度を整えると、足早に部屋を後にした。



  ※※※



 少し遅めの昼食を皆でとった後、部屋に戻ったキリルはベッドの上に寝転がり、これまでのことをじっくりと思い返していた。


 始まりは、訳もわからず騎士団に追われたことだった。


 その途中でニールと出会い、デルニード城へと強制連行されることになった。


 そこでユリウスとエリオットに出会い、自分が【救国の王子】と呼ばれる、この国の第四王子なのだと知った。また同時に、祖父母とは血が繋がっていないという悲しい事実も明らかになった。


 そして、父であるローベルト国王の呪いを解くための魔道具である【アウローラの鏡】を取りにエルデの洞窟へと向かい、地精霊のラウラと戦った。己の無力さを思い知らされた辛い戦いだった。


 無事にローベルト国王の呪いを解いた後は、反乱を収めるためにリーダーであるノエルに会いに行った。


 どうにか反乱を収めたと思ったら、今度はユリウスに自分の命が狙われた。ニールのおかげで事なきを得たが、そこですべての黒幕であるイルムヒルデの存在を知った。


 イルムヒルデとの戦いではニールが大怪我を負い、自分一人で前線に立つことになった。最終的にイルムヒルデを倒すことはできたし、自分も剣と魔法に少しばかり自信が持てるようになった。


 けれど。


 イルムヒルデは可哀想な女性だったのだと思う。


 あくまでもキリルの勝手な憶測ではあるが、最初に第四王子を殺したと濡れ衣を着せられなければ彼女はこの国を滅ぼそうとしなかったかもしれないし、永遠の命を手に入れようなどと考えることもなかったのかもしれない。


 そう思うといたたまれなかった。


 もし、もっと違う出会い方をしていれば話し合うことはできただろうか。そうすればお互いに納得する答えを導き出せたのかもしれないが、これまで私利私欲のために生きてきたイルムヒルデはやはり聞く耳を持たなかっただろうか。


 こればかりは今更言ってもどうしようもない話だ。


 そんな色々とやり切れない気持ちはまだ少し残っているが、一方で嬉しいこともあった。


 剣と魔法に自信がなくなっていた時にニールから言われたことだ。


 自分は剣と魔法、どちらも捨てなければならないと思っていたが、逆にどちらも手に入れることもできるのだと知った。


 実際イルムヒルデとの戦いでは魔法で防御をし、剣でとどめを刺した。

 そして【救国の王子】という肩書きの通り、国を救ったのだ。


 そんなことを振り返っていると、不意に扉をノックする音が響く。


 今回の来客は誰なのか、おおよその見当はついていた。


「ニール?」


 扉を開けると、予想通りの人物が穏やかな笑みで立っている。


「よくわかりましたね」

「わざわざ訪ねてくるのなんてニールくらいしかいないし」

「そんなことはないでしょう」


 ニールがわざとらしく苦笑してみせた。


「いや、本当だって」


 キリルがそう言いながらニールを部屋の中へと招くと、彼はソファーには見向きもせず、まっすぐに部屋の隅にあるティーポットの方へと向かう。


「待って! 今回はおれがやるから!」


 慌ててキリルが後を追うが、


「おや、キリル様はちゃんと紅茶を淹れる練習でもしたんですか?」


 笑顔のニールにいたずらっぽく問われ、思わず立ち止まる。もちろん、反論どころか何も言うことができなかった。


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