第49話 戦闘開始

「エリオット兄さん、後ろはお願い!」


 言うと、キリルはまっすぐイルムヒルデに向かって駆け出した。ニールもそれに続く。


 その様子に、イルムヒルデは口元で何かをぶつぶつと呟き始めた。


「何かの攻撃が来ます!」


 ニールの言葉に、キリルが立ち止まり身構える。


 地精霊ラウラの攻撃は魔法で石や岩を操るものだったから物理障壁で防御ができたが、イルムヒルデの場合は魔導士というくらいだから直接魔法攻撃が来るのかもしれない。だとすれば、物理障壁では防げない。魔法障壁でないと無理だ。


 キリルが魔法障壁を使ったのは幼い頃に数回、片手で数えられるくらいだ。


 素質がないわけではないので使うことはできるだろうが、まともな物理障壁すら出せなかった今の自分に使えるだろうか。


 だが、今の状況ではそんな悠長なことは言っていられない。とにかくやるしかないのだ。


 もしだめなら魔法攻撃からひたすら逃げ回り、隙を見つけて何とか攻撃を仕掛けるしかないだろう。いざという時は自分が囮になって、ニールに攻撃を任せるという手だってない訳ではない。


 イルムヒルデは長剣を持っていないように見受けられた。短剣やナイフくらいなら持っているのかもしれないが、それならば接近戦に持ち込めばどうにかなるかもしれない。


 後はニールとの連携だが、これについてはきっと大丈夫だろうとキリルは信じていた。


「――向かえ、氷の刃」


 イルムヒルデの口から発せられた言葉に応じるように、彼女の目の前に多数の氷の塊が生じた。その氷の先端はどれもが鋭くとがり、キリルたちの方へと向いている。


 それらはすぐさま、キリルとニール目がけてまっすぐに飛んできた。


 やはり魔法での遠距離攻撃だ。


 規則的にまっすぐ飛んでくる氷の刃を避けるのは容易たやすい。数は多いが、ここは魔法障壁がなくてもやり過ごせる。


 そう判断したキリルは横に飛びのいて氷を簡単に避けた。ニールも同様に避けてみせる。


 次の瞬間、キリルたちがいた場所に大量の氷の刃が突き刺さった。


「これくらいは避けてもらわないと困るわ」


 キリルとニールの様子に、イルムヒルデは満足そうに微笑む。どうやら今のは小手調べだったらしい。


 少し崩れてしまった体勢をすぐに立て直すと、キリルはまた駆け出す。


 この程度の攻撃ならば正面から向かっても避けられる。自分にできるのだからニールはさらに余裕でかわすことができるだろう。


「でもこれはどうかしら?」


 またイルムヒルデが口元で何かの術詠唱を始める。


 次は先程よりも威力のある攻撃が来るのかもしれない。いつでも避けられるようにキリルとニールは警戒する。


「――隆起せよ、氷柱ひょうちゅう


 イルムヒルデの言葉に呼応するように、今度はキリルたちの足元から氷の刃が突き出してきた。


 キリルたちは咄嗟に揃って後方へと飛び、それを避けようとする。


 しかしニールは軽々と避けることに成功したが、キリルは避けるのに精一杯で着地に失敗してしまった。


 攻撃を避けることはできたが、着地点で体勢を崩し尻餅をついてしまったのだ。


「キリル様!」


 思わずニールが声を上げる。


 キリルは慌てて立ち上がろうとするが、イルムヒルデはその瞬間を見逃すことはしなかった。


 口早に呪文を詠唱すると、キリルに向けてそれを放つ。


「――ちよ、氷塊ひょうかい


 突如キリルの頭上に大きな氷の塊が現れた。


 このまま氷が落下すれば、体勢を崩したままのキリルは間違いなく押しつぶされてしまうだろう。


 それだけは何としてでも避けなければならない。


 そう判断したニールは、イルムヒルデに向けていた足を瞬時にキリルの方へと変える。


 ――――間に合え。


 ただその一心でキリルの方へと向かう。


 尻餅をついたままのキリルは氷の塊を前に目を見開き、身体が硬直したまま身動きが取れないでいた。


 ニールからの距離は大して遠くはなかった。後は自分と氷の塊、どちらが早くキリルに辿り着くかだ。


「キリル様……っ!」


 キリルに向けて精一杯に手を伸ばした。その声に反応するようにキリルがニールの方を向く。


 氷が落下し始めていた。


 すんでのところでキリルの身体を抱え、ニールは飛びのく。と、ほぼ同時に氷の塊は重力に逆らうことなくまっすぐ落ち、その場で大きな音を立てて粉々に砕け散った。室内が地震のように揺れ、大気が震えた。


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