第48話 正しいことの証明

 彼女は本気でこの国を滅ぼそうとしている。


 もちろん疑っていたわけではないが、ここまではっきり言い切られてしまうと、誰もこれ以上は何も言えなかった。


 しかもそれを彼女は子供のように無邪気に言いのける。


「……人間の敵は、やはり人間だったということか……」


 ローベルト国王が落胆したように低い声で呟いた。


 するとその声に反応したらしいイルムヒルデは、


「あたしはこの国を追われた時から人間であることを捨てたの。二百年近くも生きてきた時点でもう人間じゃない。そのくらいはあんたたちだってわかるでしょう? でもこれから永遠の命を手に入れて、あたしは神を超える存在になるのよ」


 ちらりとローベルト国王に視線を投げた後、すぐに射貫くような視線をキリルに向けた。


 キリルは一瞬だけ息を呑み、イルムヒルデを鋭い瞳で見返す。


 二人の視線が交差した。


 やはりどうあっても自分を殺すつもりなのだ。


 これまで生きてきた大事な国や自分の行く末まで、他人に勝手に決められてたまるか。


 キリルは憤慨するが、ここでその怒りのままに動けばきっとイルムヒルデの思うがままになってしまう。


 できることならば剣や魔法を使うことなく、話し合いで解決したかった。


 でも彼女には話し合いなんて生易しいものは通用しない。そのことはこれまでの彼女の言動からも明白だった。


 キリルはこれまで握っていた拳にさらに力を込めてぐっと怒りを堪えると、絞り出すように発した。


「……お前は間違ってる」

「正しいとか、間違ってるとかは一体誰が決めるの?」


 笑みを絶やすことのないイルムヒルデに問い掛けられ、キリルは言葉に詰まる。


「それは……っ!」


 確かにそれは彼女の言う通りだった。


 何が正しくて、何が間違っているかなんて誰にもわからない。それこそ全知全能の神でもない限り。


 しかし、だからと言ってイルムヒルデの考えに同調なんてできるはずもない。


「あたしは自分が正しいと思ってる。でも、あんたたちはあたしが間違っていて、自分たちが正しいと思ってる。これじゃどこまでも平行線のままで何も解決しない」

「……だったら、おれたちはこれからお前が間違っていることを証明する」

「どうやって?」


 イルムヒルデが笑顔のまま、小首を傾げて見せる。


「ここでお前を倒す。もし神がいるのなら正しい方が勝つはずだ。だから勝っておれたちが正しいことを証明する。それにおれはまだ死ねない、お前に殺されるわけにはいかない。お前を神になんてさせない」

「なかなか面白いことを言うのね。……いいわ。だったらあたしは自分が正しいということをあんたたちを倒すことで証明してみせる。そしてキリル、必ずあんたをこの手で殺すわ」

「そんなことは絶対にさせない!」


 キリルが大声で言うや否や、腰に下げていた短剣を抜く。ニールも同様に長剣を抜くと無言でキリルの隣に立った。


 エリオットは座り込んだままのユリウスとローベルト国王の前に立ち、いつでも彼らを守れるようにと構える。


「キリル」


 背後から自分を呼ぶ声がしてキリルが振り返ると、顔を上げたユリウスと視線が交わった。


「これを使うといい」


 ユリウスは言いながら自ら長剣を差し出す。先程キリルを襲った時のものだ。もちろん切れ味はキリルもよく知っている。


 今の自分では戦力にはなれない。ユリウスはそう悟ったからこそキリルに剣を託した。この剣に自分の思いも一緒に乗せてくれ、と。


「うん、ありがとう」


 キリルはユリウスの思いと共にそれを素直に受け取ると、代わりに自分の短剣をユリウスに預けた。もしもの時はこれで身を守ってもらえるようにと考えてのことだ。


 その意味をすぐに察したのだろう。ユリウスは力強く頷くが、


「だが、私はお前が勝つと信じている。これはきっと必要ないだろう」


 そう言って、穏やかな微笑みをみせた。


 まだ少し頼りない笑顔ではあったが、キリルは久々に見ることのできたそれに安心する。


 キリルもまたユリウスに笑みを返すと、今度はイルムヒルデに向き直る。そしてその表情を硬くし、ユリウスから託されたばかりの長剣を抜いた。


 カンテラの明かりで赤く照らされた刀身はほのかに炎を纏っているように見える。それはキリルの心の中にある勇気を引き出しているようにも思えた。


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