第46話 漆黒の魔導士
「――――まさか、第一王子がここまで役立たずだったとはね」
自分たちの声ではないことはすぐにわかった。
聞こえたそれが高いものだったからだ。
そして自分たちから少し離れたところ――謁見の間と外とを隔てる扉、その手前に声の主が姿を現した。
ユリウスやローベルト国王が言った通り、真っ黒なローブの上から同じ色の長いマントを羽織り、そのフードを目深に被っている。本当に全身黒づくめの人物だった。
フードからほんのわずかだけ覗く瞳も真っ黒で、どこまでも深い闇の底を思わせる。
聞こえてきた声は女性のものだ。それも若い女性。
「お前が漆黒の魔導士……?」
訝し気に呟いたキリルに、彼女が視線を向ける。仰々しい仕草でそのフードを脱ぐと、全員が言葉を失った。
唯一、彼女と接点を持っていたはずのユリウスも同様だった。
どうして今まで声で女性だと気付かなかったのか。いや、気付かなかったわけではない。つい先程言い掛けていたのだ。『漆黒の魔導士は女性だ』、と。
ただ、女性だとは知っていたがその容貌をはっきり見たのは初めてだった。
声で何となくではあるが、自分と近い年齢の女性だろうと予想はしていた。しかし、この場合は悪い意味でと言った方がいいだろうか、それを裏切られたのだ。
マントや瞳と同じく、真っ黒で艶のある長い髪の毛。切れ長の双眸に、薄い唇には鮮やかな紅が差されている。妖艶な表情を浮かべる様はもの恐ろしさを感じるほどのものだった。
ユリウスはここまでの美貌を持った人物だとは微塵も想像しなかったし、その威圧感はこれまでに感じたことのないものだ。
見知らぬ者の威圧感と恐怖が謁見の間を支配していた。
「……あたしの名前はイルムヒルデ。とは言っても、今はこの名前を知ってる人間はいないけどね」
「どうしてこんなことを……っ!」
キリルは恐怖で
「今からずっと昔――もう二百年近く前になるかしら。あたしは当時の【救国の王子】を殺したとあらぬ疑いをかけられ、この城だけでなく国からも追放された。実際には彼は病死だったって後から風の噂で聞いたけど、あたしには何の謝罪もなく、国に戻ることもできなかった。だから、その復讐のためにこの国を滅ぼしてやろうと思ったの。まあ、それはついでの目的でメインは今の【救国の王子】であるキリル、あんたを殺して永遠の命を手に入れること」
イルムヒルデの言葉にキリルが息を呑み、同時に両の拳を握る。
目の前にいるイルムヒルデは、この国を滅ぼし、自分を殺すために二百年近くも生きてきたのか。それもただ私利私欲のためだけに。
「……二百年も生きてるんだったら、お前はすでに永遠の命を手に入れてるんじゃないのか?」
イルムヒルデをきつく睨み、唸るような声でキリルが問うと、彼女はわずかに目を見開いた後、さらに笑みを深めた。
「そうね、確かに長生きはしてるけどそれは魔法のおかげなの。若いままで歳を取らない、とても素敵な魔法よ。でもこの魔法には欠点があって、一回きりしか使えない。そしてその効果は永遠ではない。残念ながらそろそろ効果が切れそうなの」
「……おれを殺しても、永遠の命なんて手に入るわけがない」
「随分とはっきり言い切るのね。だけど、あんたたちが見つけた古書――それには最初から一部のページが抜けているの。気付いてた? その数ページがこれ」
イルムヒルデがまた大袈裟な仕草で懐から数枚の紙切れを出して見せると、
「そんな……!」
キリルの後ろにいたエリオットが目を見張り、愕然とした。
キリルやニールだけならともかく、エリオットですら古書の一部が欠けていることには気付いていなかったのだ。
イルムヒルデまでの距離が遠く、紙切れに書いてある内容まではわからないが、おそらく嘘やはったりの類ではないだろうことはその場の全員が雰囲気で察した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます