第43話 集まる面々

「こんな朝早くにごめんなさい。でも、とても大事な話なんで聞いてもらえますか?」


 そう言って最初に謝ると、キリルは集まった面々を見回し、頭を下げた。


 時計の針は四時半を回ったところで、早朝とはいってもまだ日の出前だった。


 壁にいくつかの松明が灯っただけの暗い謁見の間。

 その玉座のところにはカンテラの明かりが五つ、円を描くようにして灯っている。キリル、ニール、エリオット、ローベルト国王、そしてユリウスの五人のものだ。


 ローベルト国王は玉座に座り、そこを起点とするように残りの四人が円を作っている。


 先程ニールがエリオットを起こしに行くと、彼は何かを悟ったのかすぐに支度をしてくれた。ローベルト国王もこんな時間、しかも体調が万全ではない状態にも関わらず快く招集に応じてくれた。


 キリルの謝罪には誰一人として怒ることなく、ユリウス以外の全員がただ黙って頷いた。


 ニールがキリルの部屋を去ってから、ユリウスはキリルに危害を加えることはしなかったという。確かにあの状態のユリウスはもうそんなことを考えはしなかったと思うが、ニールはキリルに何もなくて本当によかったと心から安堵した。


「父さん。いきなりなんだけど、この国の王様って誰が継ぐの?」


 キリルが単刀直入に切り出すと、彼の隣で俯いていたユリウスがわずかに顔を上げ、息を止める。


 そんなユリウスの様子を不思議そうに見やりながら、ローベルト国王は何を今更とでも言いたげに首をひねった。


「もちろん、ユリウスだが……?」

「――――!?」


 瞬間、ユリウスは自分の耳を疑った。


 一体どういうことか。

 漆黒の魔導士が言ったこととはまったく違うではないか。


「それでは、ロランが次期王位継承者だという話は……!?」


 思わず大声を上げたユリウスがローベルト国王に詰め寄ろうとした。ニールは黙ってそんな彼の腕を取り、優しく引き戻す。


「そんな話は一切したことはない」

「僕も聞いたことがありません」


 ローベルト国王とエリオットが揃って言うと、ユリウスの顔からみるみるうちに生気が消えていく。


「そんな……っ! では私のしてきたことは一体……!?」


 そしてそのまま膝から崩れ落ちた。


 その様に、まだ事情を知らないエリオットとローベルト国王が動転する。


「兄上!? ……キリル、これはどういうことですか?」


 エリオットに問われ、キリルはそれまでユリウスに向けていた視線をエリオットに移す。


「ユリウス兄さんは、漆黒の魔導士って人に上手いこと利用されてたみたい」

「……漆黒の魔導士?」


 キリルの端的な説明に、エリオットとローベルト国王が揃って怪訝そうに眉を寄せた。


 これはユリウスから同じことを聞いた時のキリルとニールの反応と同じものだ。


 やはりこの二人も漆黒の魔導士については知らないようだ。


「……漆黒の魔導士は、少し前からこの城に滞在しているらしい……」


 床に座り込み、俯いたままのユリウスがようやく言葉を絞り出すと、全員が彼を見た。


「……だけど、キリルたちも見たことがないと言うし、父上とエリオットもないのだろう? 本当に存在しているのか、私にはもうよくわからなくなってきたよ……」


 がっくりとうなだれるユリウスの様子に誰もが絶句する。


 確かに、これまでに漆黒の魔導士を見たことがあるのはユリウスだけらしい。キリルとニールには『気配を消しているのではないか』と言ってはいたが、さすがにエリオットやローベルト国王も見たことがないと聞いて自信がなくなったのだろう。


 だが、もし本当に存在するのだとしたら、今もどこかでキリルたちの様子を窺っているのかもしれない。


 キリルがそんなことを考えていると、ローベルト国王が何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、真っ黒なマントを羽織った、全身黒づくめの人物なら一度だけ会ったような気がする」


 今度は全員の視線がローベルト国王へと注がれる。


「それって、いつ頃のこと?」


 キリルがすぐさま尋ねると、ローベルト国王は腕を組み、目を閉じた。


「あれは確か、数ヶ月前だったと思う。私の記憶が混濁する前だ。謁見に来た者の中に真っ黒なマントをフードまで深く被った者がいた」

「その人とはどんな話をしたの?」


 さらに訊くと、ローベルト国王はゆっくり首を左右に振る。


「会った記憶はある。しかしその後、何を話したのか、どうやってその者が去っていったのかはさっぱり思い出せないのだ」

「歳とかは?」

「それもわからない」


 これでは全然埒が明かないが、どうやら黒づくめの人物がこの城に来たことは事実のようだ。


 おそらくこの人物こそが漆黒の魔導士と見てほぼ間違いないだろう。


 だが、いることだけがわかっても、今どこにいるのかがわからない。


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