第42話 『キリル』という少年

「聞いた瞬間、これまで自分の思い描いていた未来が真っ黒に染まって、音を立てて崩れた。そこで王にならない道を考えた時、私には何もないことを思い知らされたんだよ。エリオットは学者になりたいと言って城で勉強をしている。ロランは……私の力になるため留学までして勉強しているらしいけれど、本当のところは違うかもしれないね。それでも自分のやりたいことをやっている。エミリアも近いうちに自分の進みたい道が決まるだろう。でも私には何もない。王になることでしか自分の道を見つけることができなかった」


「だからなの……?」

「そう、それで漆黒の魔導士の話に乗ったんだ。でもこれで私には本当に何もなくなってしまったね」



 そう言って自嘲気味に笑ってみせるユリウスに、キリルはこれ以上どう声を掛けていいかわからなかった。


 ただただ、胸が苦しくて仕方がなかった。


 自分のたったひとつの居場所を守るために必死だったユリウス。もちろんしたことは許されるものではないかもしれない。


 だが、それ以上に漆黒の魔導士のしたことが許せなかった。


 ユリウスも薄々感づいているのかもしれないが、漆黒の魔導士は彼の心の弱い部分に付け込んで上手いこと利用したのだろう。


 ニールもどうやらそのことに気付いているらしく、ずっと険しい表情を浮かべたまま黙っている。そしてやはりユリウスに掛ける言葉が見つからないようだった。


 それでも誰かが言わなくては、先へは進めない。


 決意したキリルは深呼吸をし、あえて笑顔を作った。


「そっか、ユリウス兄さんにも色々事情があったのはよくわかった。でもこれ以上の話は多分おれたちだけじゃなく、エリオット兄さんと父さんにもちゃんと話した方がいいと思う」


 キリルの言葉に、ユリウスは力なく無言で頷く。


「じゃあ、これから皆を集めてそこで詳しい話をしよう? そこでなら王位継承の話も父さんに直接聞けるだろうし」

「……もし、本当にロランが次の国王だと言われてしまったら……?」

「まだそうと決まったわけじゃないし、もしそうだったとしても、きちんと理由を説明してもらって納得してから次のことを考えればいいと思うんだ。おれの言ってること、間違ってるかな?」

「……いや、間違ってはいないな。確かにその通りだよ」


 まだ弱々しい笑みを浮かべるユリウスを横目に見ながら、ニールはキリルの行動に驚嘆していた。


 自分より年下の、まだ十六歳の少年が一回り近く違う兄に対して、きちんと正論を言いつつも責めることなく、そして慰めようとしている。


 それもキリル自身を殺そうとした相手にだ。


 自分は何を言っていいかもわからず、漆黒の魔導士に対する怒りを押し込めつつ、その場に立ち尽くしているだけで精一杯だった。きっとキリルも最初は同じだっただろう。


 それでも彼は自分なりに考え、最善の方法を取ろうとしている。


 これが【救国の王子】というものなのか。


 いや、今のキリルは自分が【救国の王子】だからとか、そんなことは微塵も考えていないのだろう。ただ、自分の思うままに良かれと思ったことをしているだけで。


 それでも、その行動は確実に事態をいい方向へと向かわせている。それだけでも称賛に値する。


 これは『キリル』という少年にしかできないことなのだろう。


 数日前に会った時はあんなに頼りなく見えて、自分が守ってやらねばと思わせた少年が今はしっかりと自分の足で地に立っている。


 このことはニールにとってとても嬉しくもあったし、同時に少し寂しい気もした。


「それじゃあ、これから皆を謁見の間に集めよう。ニール、お願いしてもいい?」


 ニールは不意に自分の名前を呼ばれ、反射的に顔を上げるとキリルを見た。そこにはとても凛々しく見えるキリルの顔がある。


 そういえば、反乱軍のアジトに行くと言った時も同じような表情で自分を見ていた。


 キリルはキリルのまま、何も変わっていないのかもしれない。


 自分が気付いていなかっただけで、キリルは最初からとても強い心を持っていたのだろう。


「わかりました」


 ニールは一言だけ返してしっかりと頷いた。そして踵を返すとそのままキリルの部屋を後にする。


 キリルをユリウスと二人きりにするのにまだ多少の不安がないわけではないが、彼が自分で大丈夫だと判断したのだろう。ならばそれを尊重してやらなければ。


 部屋を出て扉を閉めると、ニールは自分に、まだまだだな、とでも言うように小さく苦笑し、肩をすくませた。


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