第40話 迫る死

「なかなかやるね」


 しばらくするとユリウスが、肩で大きく息をしているキリルに向かって感心したように言った。剣を構えたままの彼には当然、息を切らせている様子などどこにもない。


 気付けば、キリルは壁際まで追い詰められていた。


 そしてさらにユリウスの剣を受け続けた両手だけではなく、両腕にまで痺れが広がっていることに気付く。もう何度攻撃を受けたかは覚えていなかったが、かなり早い時期から限界を訴えていたらしい。それでもキリルは腕を酷使し続けたのだ。


 長剣に対して、短剣で攻撃を受け続けるのは少しどころか相当不利だろう。短剣では分が悪すぎるというものだ。これまで受けられたこと自体が奇跡だったのかもしれない。


 ここまではどうにか凌いでこられたが、これ以上は無理かもしれないとキリルは思った。一度動きを止めてしまった腕はもう言うことを聞いてはくれないだろう。


 それでも。


 壁を背に、残った力を振り絞って短剣を両手で構える。やはり両腕が震え、なかなか言うことを聞かない。剣先にまで伝わったそれがカタカタと嫌な音を鳴らすが、そんなことに構っていられるだけの余裕はない。


 そんなキリルの様子にユリウスが大袈裟に嘆息してみせた。


「よくそんな状態で頑張るね。大人しく降参すればいいものを」

「……そういうわけにはいかない」

「そう。……では、そろそろ終わりにさせてもらうよ」


 相変わらず冷たい口調のユリウスが長剣を上段で大きく構える。


 泣いても笑ってもこれが最後の一撃になる。そうキリルは直感した。


 長剣が振り下ろされる。その様はキリルの瞳にとてもゆっくりに映った。


 少しずつ、だが確実に自分へと迫ってくる刃。


 ――――もうだめだ。


 キリルは思わずきつく目を閉じ、後ろの壁に背を預けた。


 そして。


 次の瞬間、キリルの周りの空気を震わせたのは大きな金属音。


「…………?」


 一体何が起こったのか。


 不思議に思ってキリルがそっと目を開くと、その視界に入ったのは自分の短剣ではないものがユリウスの長剣を受け止めている光景。


 訳がわからずにぱちぱちと瞬きを繰り返していると、よく耳になじんだ声が頭上から降ってくる。


「キリル様! 大丈夫ですか!?」


 声のした方へとゆっくり顔を向けると、そこにあったのはキリルのよく知った顔だった。


「……ニール!」


 思いがけない人物の登場にキリルが声を上げ、破顔する。


 ユリウスの剣を間一髪で受け止めてくれていたのは、隣の部屋にいたはずのニールの長剣だった。


 気付けば、部屋の扉は大きく開け放たれていた。どうやら隣の部屋から駆けつけてくれたらしい。きっと扉の開く音も聞こえたのだろうが、生きるか死ぬかの瀬戸際にいたキリルにはわからなかったようだ。


 キリルは一命をとりとめたことに安堵すると同時に全身から力が抜けて、ずるずるとその場に座り込んだ。右手に握られていた短剣がするりと抜け落ち、床の上に転がる。


 そんなキリルの様子にユリウスは大人しく剣を引くと、一歩後ろに下がった。


 ニールはまだ剣を構えたままでキリルを守るようにして前に立つと声を荒げ、ユリウスをきつく睨みつけた。


「キリル様の部屋から何かおかしな音がするからと思い来てみれば……! ユリウス様! これは一体どういうことですか!?」

「どういうことも何も、見ての通りだよ」


 ユリウスは悪びれもせず、淡々と答える。しかしそれが癇に障ったのか、ニールはさらに大声でユリウスに食って掛かろうとした。


「まさか本気でキリル様を殺すつもりだったんですか!? だったら、俺はたとえ相手がユリウス様であろうと手加減はしません!」


 また長剣を構え直したニールに、ユリウスはやれやれと言わんばかりに大きな溜息をついてみせる。


「さすがにニール相手ではこちらが不利……か」


 呟くようにそれだけを口にすると、苦笑しながら静かに剣を鞘に納めた。


 おそらくユリウスはニールの剣の腕が自分より上だと認めているのだろう。ニールは前に、ユリウスと一緒に稽古をすることもあると言っていた。つまりお互いが相手の力量を知っているのだ。


 だがまだ構えたままのニールを見て、ユリウスは肩をすくめる。


「キリルだけなら殺せると思ったのだけどね。まさかこんな時間に起きていて、あまつさえ反撃すらしてくるなんて思わなかったものだから」

「どうしてキリル様を殺さなければいけないんですか!?」


 ニールの憤った声に、ユリウスの瞳の奥がわずかに揺れる。


 ややあって、ユリウスは絞り出すようにしてゆっくり口を開いた。


「……この国の次期王位継承者は誰か、知っているかい?」


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