第38話 新しい選択肢
「……よくわかったね」
キリルの今にも泣き出してしまいそうな表情に、ニールの胸が締め付けられる。
やはり一番の悩みはこれだったのだ、と今更ながらに思い知らされた。
どうしてもっと早くに謝れなかったのかと、激しく後悔する。ここ数日のキリルの姿に甘えていた自分を殴りたかった。
「……申し訳ありませんでした」
まっすぐにキリルの目を見て、ニールはそれだけの謝罪の言葉を紡ぐ。この一言にすべての思いを込めた。そして深々と頭を下げる。
しかしキリルは不思議そうに数回瞬きをし、首を傾げた。
「なんで謝るの?」
「ラウラ様との戦いの時、俺がキリル様を前線に出さなかったから、それで傷ついたんじゃないかと……」
「あー、うん……」
キリルが気まずそうに頬を掻く。
「……やっぱり、そうだったんですね」
そんなキリルの様子にニールはがっくりと肩を落とした。
「でもニールは悪くないよ!? おれに剣の才能がなくて勝手に落ち込んだだけだし!」
「……才能、ですか……?」
ニールが首を傾げる。
どうにも話が噛み合わない。
ニールはキリルに剣の才能がないとはこれっぽっちも思ったことはないし、本人に言ったこともない。まだ実際に見たことはないが、それなりに剣を扱えると思っていた。
これはお互いに何か誤解をしているのではないか、そう考えたニールが問う。
「誰かがキリル様に剣の才能がないなんて言ったんですか?」
「いや、言われてないけど。でもニールがおれを前線に出さなかったのってそういうことじゃないの?」
キリルも話が噛み合っていないことに気付いたのだろう。素直に思っていたことを話してくれた。
「俺はキリル様が怪我でもしないようにと思って前線に出さなかっただけで、ただの過保護ってやつです」
「おれは足手まといになるから前線に出してもらえないと思ってたんだけど。あ、ニールが心配してくれてたのはわかってたんだけど、それだけじゃなくて役立たずだからかなって」
「…………」
しばし見つめ合うと、次の瞬間揃って吹き出した。こんな深夜にも関わらず大声で笑い合う。
「お互いに勘違いしてたなんて……っ!」
「そんなこと、まさか思いませんよね」
心底おかしそうに腹を抱えるキリルを見て、ニールは本当によかったと思った。
キリルをさらに傷つけるようなことにはならなかった。でも。
「俺がもっと早くに話していれば……。本当にすみませんでした」
最初からキリルを傷つけずに済んだかもしれない。無駄なことで悩ませてしまった。それはやはり申し訳ないと思った。
「気にしないで。ちゃんとわかってよかったよ」
そう言って笑顔を見せるキリルに、ニールは安心したようにひとつ息を吐く。
「じゃあ、剣の悩みは消えたってことですよね」
その途端、キリルの表情にまた影が差す。そのまま俯くと、呟くように言った。
「……いや、お互い誤解は解けたけど、剣の才能がないのは事実じゃないかなって。おれは弱いんだろうなって思って」
そんなキリルに、ニールは慎重に言葉を選ぶ。
「俺はまだキリル様の剣術を見たことはありませんが、才能がないとは思っていません。魔法と同じように剣だって訓練をすればもっと上達するはずです。それに本当の強さっていうのは剣や魔法だけではないと思うんです。もちろん無詠唱魔法も強さのひとつですが、それだけじゃない。心の強さも大事なんです」
「……心の強さ?」
「はい。俺はキリル様にはそれがあると思っています。何があっても折れない心の強さがあれば、剣も魔法も絶対に上達するはずです。キリル様はまだ若いんですから全部投げ出すのには早いと思います」
「ニールだってまだ若いのに」
「俺はもうおっさんです」
ニールがわざとらしく苦笑してみせると、キリルも少しだけ微笑む。
「……おれは、これからどうしたらいいのかな?」
まるで自分の心に問い掛けるような、キリルの口調。
まだ少し悩んでいるようだが、これは誰かが背中を押してやればきっといい方向に向かうだろう。そう考えたニールはできるだけ押しつけがましくならないように、と口を開いた。
「剣と魔法、どちらも『捨てる』のではなくて、逆に『手に入れる』ことを考えればいいのかもしれません。どちらかを捨てる必要も、ましてや両方捨てる必要もないんです」
「手に入れる……?」
「そうです。どちらも手に入れた時、また新しい道が見えてくるかもしれません」
「……そっか……っ! そうだよね、何か勝手に全部捨てなきゃいけないような気がしてたけど、両方取るのもありなんだ……!」
ニールが指し示してくれた思いもよらなかった選択肢に、キリルの表情がみるみるうちに晴れていく。
どうやら無事自分の答えを見つけられたらしい。これならもう大丈夫だろう。
ニールはほっと胸を撫で下ろした。
少し押し付けに近かったかもしれないが、どちらも捨てるのはもったいない。キリルにはどちらも捨ててほしくなかったというのは、また自分のエゴなのかもしれない。
だが、それでもキリルが笑顔でいてくれるのなら、それはそれでいいことなのかもしれないとニールは思った。
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