第36話 不穏な動き
深夜の静寂に包まれた室内。
手元の小さなランプだけが灯った部屋の中は
すでに皆はベッドに入り、今頃は熟睡していることだろう。だが、自分はそんな時刻にも関わらずまだ起きている。
ベッドに入ることなく、ソファーの背にもたれながら何とはなしに夜空を眺めていた。今日も月がくっきりと見え、たくさんの星々が瞬く綺麗な夜空だ。ずっと眺めていれば流れ星のひとつやふたつくらいは目にすることができるかもしれない。
そこに誰かの気配がして、静かに振り返った。
「……話が違うのでは?」
無言で現れた人物にそう問うと、その人物は小さく微笑む。
「結果的には問題なかったのでは?」
逆にそう問い返され、苦笑するしかなかった。
「確かにそうだが、勝手な真似は困る」
「……わかりました」
それだけの返事を最後に、その人物は掻き消えるようにして去って行く。
まったく食えない奴だ。
一体何を考えているのかはわからないが、今は素直にその話に乗ったままでいよう。
そう、自分の目的のためにも。
テーブルに置かれたティーカップを無造作に取ると、すでに冷めきっていたその中身を一気に飲み干す。
「とりあえず、目の前の問題はクリアした……次は……」
そう呟いた口元が、自分でははっきりとはわからないが、わずかに歪んだような気がした。
※※※
銀の懐中時計の蓋を開けて時刻を確認すると、針は深夜の二時を指していた。
「もうこんな時間か。そろそろ寝ないといけないよな……」
キリルは誰に言うでもなく小さく呟くと、ばたりとベッドの上に背中から倒れる。
ここはニールの自室の隣に用意されたキリル専用の客室だった。
眠らないのではなく、眠れないのだ。
これまでソファーと同じようにふかふかしたベッドに腰かけたまま、ずっと考えごとをしていた。
ここ数日はなるべく考えないようにしていたし、また考える暇がないくらい忙しかった。それくらいバタバタしていた。
しかし反乱の件が無事に収まり、平穏な一日を過ごしたところで思い出したくないことというか、考えたくないことを思い出してしまった。
ローベルト国王の呪いを解いて、反乱が起きることもなくなった。呪いをかけた犯人はまだわからないままではあったが、これについてはユリウスが中心になってこれから調査をするだろう。
まだユリウスから犯人捜しの話は出ていなかったが、多分自分はこの件に関わらせてもらえないだろう。キリルは漠然とだがそう思っていた。
つまり自分の【救国の王子】としての役目はすべて終わったのだ。
だから、明日か明後日にはカーミス村に帰してもらおうとキリルは考えていた。そしてまた祖父母との素朴な暮らしに戻るつもりだった。
だが、何か心に引っかかるものがあった。嫌な予感の続き、とでも言った方がいいだろうか。何となくすっきりしないのだ。
もしかしたら、まだ村には帰らない方がいいのかもしれない。もし帰った時に何かが起これば、今度こそ間違いなく祖父母を巻き込んでしまいそうな、そんな気もしていた。
いや、でも……。
そんなことをぐるぐると考えて、煮詰まった結果がこの時間だ。
もちろんずっとこのことを考えていたわけではなく、別の悩みもあった。
地精霊であるラウラとエリオットに言われたことだ。
無詠唱で魔法が使えるということはすごいことだし、これから訓練すればいいだけだと言われた。
確かに彼らの言う通りなのかもしれない。
でも、村で生活するには特に魔法を必要とはしないし、困ることもないだろう。これまでがそうだったのだから、きっとこれからもそれは変わらない。
それに魔法がこれから上達する可能性なんて本当にあるのだろうか。自分を慰めるための嘘ではなかったのか。無詠唱魔法の凄さというものもいまいち実感が沸かない。
キリルはラウラたちの言葉をまだにわかには信じられないでいた。
そして、剣はどうだろう。
元々は騎士団に入ることが夢で、そのために剣術の稽古をしてきた。
今でも心の隅にはやはり、騎士団に入りたいと思っている自分も少なからずいるが、ラウラとの戦いで剣についてはすべてを否定されたような気がしていた。
自分の剣ではまったく通用しない。
つまり素質そのものがなかったのではないか。ならば、これからいくら稽古をしても上達は見られないということだろう。もし万に一つでも可能性があればそれに賭けるということもできなくはないが、きっとその可能性すらないのだ。
自分が前線に出してもらえなかったのは、きっとそういうことなのだろう。
だから剣の稽古もこの機会にきっぱりやめて、これからはその分もカーミス村でごく普通のひとりの村人として、畑仕事に精を出そうかなどとぼんやり考えていた。
しかし。
「……どうしようかな」
考えがさっぱりまとまらず、ベッドの上でごろごろ転がりながらひとりごちる。
自分はこんなにも優柔不断な人間だっただろうか。
広くて高い天井を仰ぎながらそんなことを考えるが、正直これ以上は今の自分の力では無理だと思った。誰かに『こうすればいいよ』と、優しく背中を押してもらいたかった。
そんな時に聞こえた、控え目なノックの音。
キリルはすぐさま身体を起すと、扉の方へと向かう。
「……はい」
そっと扉を開けて目だけを覗かせると、そこにはよく見知った顔があった。
「こんばんは。やっぱりまだ起きてたんですね」
「……ニール?」
こんな真夜中に何の用だろうとキリルが首を傾げると、
「何となくまだ起きているような気がしたものですから。少しだけ、いいですか?」
ニールは扉越しにそう言って微笑む。
そろそろ少し息抜きでも、と思っていたキリルは快く首を縦に振るとニールを部屋に招き入れた。
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