第34話 反乱軍の解散とニールの提案

 翌日、キリルは朝食もそこそこにしてニールと一緒に城を出ると、ノエルの工房へと向かう道を急いでいた。


 雲一つない青い空が広がっていて、とても気分がいい爽やかな朝だ。


 反乱軍の動きがないことを確認してから、キリルとニールはローベルト国王についていると言ったユリウスとエリオットを部屋に残し、ニールの自室へと揃って向かった。


 それはニールの配慮からだった。


 とりあえず反乱は起こらなかったが、夜中の間はまだまだ安心はできない。キリルを一人にして何かあっては大変だ。


 配慮というよりは過保護と言った方が正しいかもしれないが、ニールはそう言って自分の部屋にキリルを招いた。


 キリルもどうせ今夜は眠れないだろうし、と考え、素直に二つ返事でその言葉に従った。


 そうして二人は夜通し、喜びを分かち合いながら談笑したのだった。


「ノエルさん、いるかな」


 そわそわと落ち着きのない様子のキリルにニールが微笑む。


「ちゃんと帰って来てると思いますよ。もうアジトにいる意味もないですし」


 二人共まだ少し眠気はあったが、それ以上にノエルに会いに行きたいという気持ちの方が強かった。


 反乱軍については、まだ実際に行動を起こす前だったということで罪には問わないことになっていた。


 そのこともきちんとノエルに会って直接話したかった。


「ここです」


 とある小さな家の前でニールが立ち止まる。


 そこは昨日御触れを出した、ルアールの中央部にある噴水広場にほど近い場所だった。

 当然、ノエルもその御触れを見たことだろう。


「ノエルさーん、いますかー?」


 キリルは飾り気のない木の扉の前に立つと、早速大きな声でノエルを呼んだ。

 が、しばらく待っても返事がない。


「……いないのかな」


 さてどうしたものか、とキリルが腕を組んで悩んでいると、中から何やら物音がしてようやく静かに扉が開かれる。


「……こんな朝早くから誰ですか。何の用か知りませんが迷惑ですよ」


 狭い隙間から不機嫌そうにちらりと顔を覗かせたのは、やはりノエルだった。



  ※※※



「……まったくもって甘い国王ですね」


 ノエルが呆れたように大きく溜息をついてみせる。


 ニールがユリウスからの謝辞が綴られた手紙を渡し、反乱軍を罪には問わない、そのことを伝えた直後のことだ。


 質素な工房の中には金属の山にそれを叩くたくさんの道具、そして金属を溶かすための炉があった。

 どうやら鍛冶屋だという話は本当だったらしい。


 そんなたいして大きくもない部屋にキリルとニール、そしてノエルの三人が円形になって木の椅子に座っている。


「でも、これでよかったんだと思います」


 ニールがノエルに笑みを向けると、彼は少し困ったように眉を寄せる。そして心許なさそうに視線を宙に彷徨わせた。


「……本当に、私のような者が許されていいものでしょうか」


 ノエルは昨日のローベルト国王の演説の後、すぐに反乱軍を解散させたのだという。


 ローベルト国王の見せた『誠意』はノエルの望んでいた以上のものだった。正直、国王ともあろう者があそこまで謙虚に頭を下げるとは思っていなかったのだ。


 そして自分のしようとしていたことの愚かさを知った。


 それらすべての結論が反乱軍の解散だった、とノエルはぽつりぽつりと話した。


 ノエルよりも過激な者もいたらしいがその者たちはどうしたのかとニールが問うと、彼らも元々は国王に対して反感を持っていなかったからか、あの演説でのローベルト国王を見て、さすがにノエルの決断に異を唱える者はいなかったという。


「確かに本来であれば重い罰が科せられるところでしょうが、今回は国王側にも落ち度がありました。その間を取った結果ですから素直に喜んでいいと思いますよ」


 反乱ともなれば、そのリーダーは処刑となっても何らおかしくはない。だが、ローベルト国王は自分にも非があったとし、反乱軍が起こそうとしたすべてを水に流そうと言ったのである。


「そう、ですね……」


 晴れない表情でノエルが俯く。まだ罪の意識に苛まれているのだろう。


 そんなノエルの様子に、ニールは右手を目の前まで上げると人差し指を立ててみせた。


「では、こうしませんか? 長剣を一本、それもとびきりのやつを俺のために作ってください。もちろんタダで」


 ニールの提案にノエルはゆっくり顔を上げると、不思議そうに瞬きをする。


「ニールさんには前に……」


 言いかけたが、途中でそれを飲み込む。どうやら何かを悟ったらしい。そして、


「わかりました」


 力強く首を縦に振った。


 キリルはどうして剣を作ることでノエルが納得したのかはわからなかったが、とりあえず丸く収まったようで安心し、今度は自分がお礼を述べる番だとノエルに向き直る。


「ノエルさん、本当にありがとうございました!」


 深々と頭を下げるキリルに、ノエルは困惑の表情を浮かべ慌てて両の手を振った。


「い、いや、私は何もしてないというかむしろ迷惑を掛けただけで……」

「でも、おれたちを無事にアジトから帰してくれたし、ちゃんと約束も守ってくれました!」

「それはそうですが……」


 キリルの純真無垢な瞳に、まだノエルは困っているようだ。


 ここら辺で助け舟を出してやらねば、そう思ったニールが切り出す。


「キリル様、もう十分に伝わってますから。ね、ノエルさん?」


 ニールは視線をノエルに向け、笑顔をみせる。その様子にノエルはうんうんと何度も頷いた。


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